アリス 14歳 ⑤
港で見るよりも海獣の数は多かった
この一隻どこらか艦隊を組もうが、どうにかなる数ではないと思う
船に向かってくる海獣に攻撃魔術を放つ
そして放つ
また放つ
断言出来るけど、わたしが居なければこの船はとっくに沈んでいた
どれだけの数魔術を放てばいいのか、騎士達も応戦してはいるが陸に棲む生き物と水中に棲む生き物では分が悪い
王子はふんぞり返っているだけだし、ヴィンセント君も海獣の群を望遠鏡で見ているだけ
この損な役割どうにかしてくれない?
ズルいでしょ!
でも、この船に魔術師が少ない気がする
海獣は剣や槍でどうにかなる相手じゃない
「アリス様。海獣の中に人魚がいます!」
ヴィンセント君が指差す方に望遠鏡を覗くと、海面の上に薄いピンク色の髪と魚の尾をした少女がいた
「クリス代わって!防御に徹してくれたらいいから」
なにやらごちゃごちゃと文句を言ってはいるが聞いてなんかいられない
さっきまで側にいたケルベロスも王子の側に行った
「あの人魚、鎖に繋がれてませんか?もしかして…」
そのもしかしてが当たるとまずいと思う
海面から鎖が伸びの人魚に首輪が巻かれていた
…当たってしまった
種族間協定違反
力を借りるための召喚術は認可されているが、使役のための召喚は違法だ
その証拠があの鎖
人魚はあの場から動くことが出来なくなっているみたい
きっとこの海獣騒ぎはあの人魚のせいだと思う
人魚の言葉は陸上の種族と違って独特で難しい
そのためなかなか人魚と会話することが出来ず、交流が進んでいなかった
埒が明かない
これは非常にまずい
召喚術を使うのは大抵人間だ
人魚を討伐などということになれば言い逃れは出来なくる
下手をすればこのままでは人魚と戦争になってしまう
しかも王子がこの船に乗っているし
「私が話しましょうか?」
はい!お願いします!
って、ヴィンセント君話せるの?
「学校の書庫に読んだだけですけど、大丈夫だと思いますよ」
こんなすぐ側に会話出来る人がいるなんて…
「期待はしないでくださいね」
いやいや、期待するでしょ
浮遊魔術の術式を組み、ヴィンセント君の手を取った
船のことを王子に任せ、人魚の側へ向かった
ああ、やっぱり怒っているでしょ
あの鎖を一生懸命引き千切ろうとしていた
召喚魔術における鎖は間単に切ることは出来ない
ヴィンセント君が声を掛けると人魚はこちらに顔を向けた
物凄い睨み付けてきた
「あの鎖、わたし切ることが出来るって伝えて」
ヴィンセント君も人魚は驚いていた
どうやらわたしが使役に来たと思ったらしい
わたしは力なんて借りなくても十分にある
鎖を切る間人魚は大人しく、海獣達を静めてくれた
この人魚素直な子なんだろうな
鎖から解放されても人魚は怒っていた
なにを話しているのかはわからないが、ヴィンセント君が宥めているのはわかる
段々ヴィンセント君の表情が冷たくなっていく
あれって、冷静になっているってことだろうか?
かわりに人魚はどんどん熱くなっている
人魚は最後に尾を跳ね上げ水飛沫をあげて海に帰っていった
「取り敢えず大丈夫です。でも、彼女は召喚者に処罰を求めています」
当然だと思う
ん?そいつを探さなきゃいけないの?
そういう面倒事はお断りですよ
なにもなくても面倒な王子がいるのに
「おい。どうなった?」
ケルベロスが王子を連れて来た
このバカ犬…
経緯を聞いた王子はケロベロスに召喚魔術の残思を食べさせた
そうすることで召喚者が誰だかわかる
悪魔だからなせる技だろうな
港では海獣退治の宴が用意されていた
王子がいることもあってかなり盛大なものになっていた
「殿下自ら海獣を静めていただけるとは大変有り難く存じます」
今までなにをしていてたのだろうか?
ここの海洋騎士団を束ねるメイブ提督が挨拶に来た
キャンキャン
ケルベロスがメイブ提督の足元にまとわりついた
そっか、こいつがあの人魚を召喚したんだ
二人も気が付いたらしい
「うわっ。なんだこの犬は?」
メイブ提督は犬が苦手なのかケルベロスを追い払おうとしている
ケルベロスは適当にまとわりついているように見えるが陣を組んでいる
「提督。人魚が海に繋がれていたけど知らないか?」
王子の問い掛けにメイブ提督は知らない振りをした
そんな事をしたって無駄なのに
ケロベロスが陣を組み終わった
「術式完了」
陣が淡い光を放ち始めた
メイブ提督は驚き、陣から離れた
「おい。人間。姫にこの仕打ち、わかっておろうな?」
陣から現れた人魚が人の言葉を話した
あれ?さっきは人魚語しか話してなかったのに
なんで話せるの?
みんな驚いている
流石悪魔の成せる技だから話せるのかな?
「なっ…」
メイブ提督は剣を抜き、殺気を放つ人魚に向けていた
「ヴィンセント。この者、妾が好きにしても良いのだな?」
「かまわない。好きなようにすればいい」
ヴィンセント君の代わりに王子が答えた
「王子クリストファーの名の元に許可する」
王子の宣誓が響く
「殿下!?それは一体どういう事ですか?」
メイブ提督は狼狽を隠すこともなく王子に聞いた
王子はメイブ提督に一瞥を与えるだけで何も言わない
「説明が必要ですか?」
ヴィンセント君の冷たい声が通る
人魚は大人しく殺気を放ち、控えていた
やっぱりこの子は素直だなぁ
さっさとやっちゃえばいいのに
「興味はない」
人魚が片手をメイブ提督に向けると、メイブ提督の足元から水柱が立ち上がり、そのまま水に溶け消えた
あまりにも呆気なく、あっという間だった
我に返ったように騎士たちは慌てて剣を人魚に向けた
その中、王子は人魚に近づき膝を折った
「この度は誠に申し訳なかった」
「本当だ。姫は憤慨している。誠意を見せよ」
人魚は腰に手をあて王子を見下ろした
どんな無茶を言われるのかな?
水の生き物だし、想像がつかない
てか、この交渉王子でいいの?
大変なことになりそうですけど?
「誠意…ですか?」
ヴィンセント君の目が細くなり
「先程は召喚者の処罰という話だったはずです。それをご自身でされただけでもよしとはしないのですか?」
「姫の怒りはそれだけでは済まない」
ヴィンセント君の雰囲気が冷たくなる
「桜姫。」
桜姫と呼ばれた人魚は言葉が詰まったのか何も言い返さなかった
あの冷たい雰囲気じゃなにも言えなくなる気持ちはわかる
「王子。ここの守護はどうなっている!?」
ヴィンセント君に勝てないと思ったのか矛先を王子に変えてきた
「さあ。知らない」
でしょうね
幾ら王子でも騎士団の配置まで把握しているはずがない
ましてや王子はまだ学生だし
「今提督は更迭の上処刑されてしまったからね」
王子はなにかを考える素振りを見せ、
「そうだ。ここの守護は君に任せよう」
なにを言い出すのかと思えば、突拍子もないことを…
「なぜ姫がここの守護をしなければいけないの?」
そりゃそうでしょ
誰だってそう思うでしょ
満面の笑みで王子は言い放った
「不安なの?それならアリスを貸してあげるよ」
「はい?」
「あ?」
貸すってなんだ?
護衛としてわたしを連れて歩くことは国王陛下よりの命令だったよね?
なに?
なんなの?
どうしてそうなった?
人魚もヴィンセント君に詰め寄っている
王子じゃ話しにならないとわかったらしい
「これで海魚が美味しく食べられる。二人ともよろしく頼むよ」
あ…これは決定だ…
なにを言ってもダメなヤツだ。