第58話 妖怪界へ
清堂 幸輝君と紀崎 魅香ちゃん。
どうやらこの二人にはスレード隊の活躍を聞かせてあげたいと輝明さんから依頼された。
うぅん…。前世での活躍?上手く話せるかな。最期あっけなく死ぬからちょっと恥ずかしいんだけど…。
なぜこんな事になったかというと、単に家庭教師のバイトである。
学校にも知らせてないのでいいのかなぁとは思ったが、連絡しなくても良いと輝明さんから言われた。
いろいろと世間には内緒にしておきたいのだろう。いくら五頭家関係の学校だからといってわざわざ宇宙の事や五頭家のことを匂わせるようなことを知らせなくてもいいからな。
と、いうわけで僅か3日間であるが、彼らの家庭教師をすることになった。
3日間で3万円。1日1万とかどういう値段設定になっているんだよ。
予定されていた夏祭りもあの忌まわしき羽射刃暗のせいで中止になってしまったので、時間があるから丁度いい。
チッ。レイーヌの浴衣姿を秘かに楽しみにしていたのに!
そして家庭教師初日。
「よく狙って下さいね…仕留めることができると思った時に引き金を引いてください。外したら次に狙われるのは貴方なんですから」
「はい!神埼先生!」
実は家庭教師はレイーヌにも話がいったらしい。
ミューイは別のバイトという名の現代機器の強化講習をお勧めされたみたいだ。スレード隊10代組の中で実のところミューイが一番自身の能力を上げることになる。
話を戻して、現在レイーヌは幸輝君にスナイパーの授業をしている。
俺と魅香ちゃんはその隣で炎の弾を的へ当てる訓練をしている。
え?授業内容がおかしい?はっはっは。何を今更。俺達が五頭家関係の授業を受けたり教えたりをするに当たって小学校とかで習う勉強をするわけがないじゃないか。
幸輝君はスナイパーライフルを使っているが、魅香ちゃんは魔術ではなく、妖術という分類の能力で狙うらしい。俺は魔術による炎の弾を撃ち出すことを得意としているので妖術と変わらないだろうという謎理論で俺が魅香ちゃんを教える事になった。
何だよ妖術って!?
ちなみにこの場所は音熊市内ではない。
輝明さんが転送装置を用意してくれたので、別の県の山奥に来ている。
訓練場所はさすがに見られては拙いので屋内であるが、結構広い。
ターン!
銃声が鳴り響く。
「はい、なかなかいいですね。幸輝君は結構腕がいいですよ」
「ありがとうございます!」
うん。真ん中よりもちょっとズレた位置に当たっているが、7歳の子供が50m離れたところから狙撃をしてこれだけ上手く当てられるならばすごい腕前だろう。
さて、俺も家庭教師らしい事をしなくてはな。
「炎は夜ならかなり目立つ。昼間であれば出現させた炎が大きければ大きいほど目立つ。つまり、出現させてから素早く射出する事が好ましい」
「はい!前田先生!」
魅香ちゃんは元気良く返事をする。
あ、今の俺なんか教師っぽい。
「では、出現させた後、素早くあの的へ放ってみようか」
「はい!わかりました!」
魅香ちゃんはそう返事をした後、掌に炎を出現させて的へ向かって飛ばす。
バシュン!
ボゥ!
プシャー!
魅香ちゃんが放った炎は的から少しズレて壁に当たったが、攻撃方法が炎だったため的に燃え移った。そして直ぐに消化剤がばら撒かれ、炎は鎮火する。
「むむむ」
魅香ちゃんは結果にご不満な様子。
「うん。炎弾系の魔法…いや、妖術は少しでもかすれば相手に炎を燃え移らせる事ができる。これも当たり判定だ。もっとも、戦場では今回のように壁はないから外れ判定を出されるかも知れないけどね。もし、できるのであれば、魔ほ…妖術を飛ばす時に飛んでいくイメージも乗せてみるといい。命中率が上がるかもしれん」
俺はそう魔法の訓練の常識を交えながら魅香ちゃんにアドバイスをする。
はっきり言って魔法のアドバイスが妖術とかいうものに応用できるか分からないけどね。
「はい!次こそは!」
魅香ちゃんは再び火炎弾を作て放つ。今度は軌道もイメージしたようで、弧を描きながら的へ直撃した。
ボフン!
ゴォォゥ!
プシャー!
直ぐに鎮火された。
「おぉぉ!すごいじゃないか!あれだけのアドバイスでここまでできるなんて!」
まさかの魔法知識の応用ができた。
「先生のおかげです!」
俺は自分のことのように喜ぶが、魅香ちゃんは冷静だった。
いや、ちょっと嬉しそうに表情を緩ませている。
ふむ。いい子だな。
この後、俺が得意とする近接戦闘をしながら時間は過ぎていった。
「こうして、俺達スレード隊は敵の難攻不落とされていた要塞を落とすことに成功したんだ。あ、難攻不落っていうのは絶対に攻め落とす事はできないだろうってことね」
現在は時間が空いたので、俺とレイーヌが前世での戦争の話を二人に聞かせていた。
二人は目をランランに輝かせながら聞いている。
「おっと、もうこんな時間か…。みんなそろそろ帰ろうか」
俺は時間が既に5時になっていることを確認し、二人を帰らせるために立ち上がった。
「え~!嫌味な敵の将軍はどうなったの!?」
「まだ最後まで聞いていおりません!」
幸輝君と魅香ちゃんは不満を言っていたが、
「大丈夫。また明日続きを話してあげるよ」
と、いって二人を納得させた。
そして、俺達4人はこの施設の人達に見送られながら神崎ホテルまで転送をする。
場所はいつもの会議室だ。
さて、今度は今日だけこの二人を一ノ瀬さんがいる屋敷に送り届けなくてはいけないみたいだ。
どうやら久々に一ノ瀬の当主様が幸輝君と魅香ちゃんと会って食事したいらしい。あの方は二人のおじいちゃんかなにかなのかな?
さて、場所は…。
ガチャ。
扉が開かれ入ってきたのはパルクスであった。
「やぁ、パルクス。送り迎えよろしく」
そう。パルクスが運転手をして、この市内にある一ノ瀬のお屋敷に行くらしい。
コクッと笑顔で頷くパルクス。
外を見るとまだ明るかった。
車内でレイーヌや子供達と雑談をしていると、妙な事に気付く。
夕焼けがすごいな…。
時間的にはもうちょっと経った後かと思っていたけど…。
綺麗な夕日であった。
オレンジ色に輝いてどこか懐かしさを感じてしまう。
そんな思いにふけっていると、
「車を止めて下され!」
と、魅香ちゃんが叫んだ。
「??」
パルクスは慌てて路上駐車をする。
「どうしましたか?魅香ちゃん」
レイーヌは不思議に思って聞いた。
すると、魅香ちゃんは車のドアを開けて降りてしまった。
「「「!?」」」
俺達スレード隊組みはその行動に驚いてしまう。
幸い他の車は往来していない。
魅香ちゃんもその辺は分かっていたらしく、左右を確認して飛び出していった。
なんと、その後に続いて幸輝君も車から降りてしまう。
俺とレイーヌは慌てて車から降りて追いかけた。
「どうしたんだ魅香ちゃん!」
俺が追いつくと、魅香ちゃんは神社の鳥居の側でジッと立っていた。
魅香ちゃんの表情は険しい。一体何なのだ?
すると魅香ちゃんは、後ろを振り返り、
「近藤さん!父上に電話してください!ここは妖怪界と繋がっております!」
と、焦ったように言った。
近藤さんって誰だ?そう思って振り向くとちょっと離れたところにパルクスが居た。あぁ、そういえばパルクスって今世で近藤さんだったね。
それよりも気になるのは妖怪界だ。
妖怪界?また変なのが出てきたぞ…。
パルクスは顔を青くして電話をしている。え?結構ヤバイ事なの?
「あ~。これは大変な事になってるね~」
と、隣に居た幸輝君がのんびりとした口調で言った。拙い状況なのかそうじゃないのか幸輝君の雰囲気では測る事はできない。
だが、魅香ちゃんの表情を見れば緊急を要する事態と言う事だけは分かる。
パルクスが電話をかけ始めると、フッと辺りが暗くなるのを感じた。
あれ?なんだ?
「うわ!?」
俺はいきなり何かに吸い込まれるような感覚に陥った。
いや、これは確実に吸い込まれている。
吸い込まれる方向を見ると、なんとそこには黒く禍々しい穴があった。どうやらあの穴へ俺は吸い込まれているらしい。
「な!?しまった!」
魅香ちゃんも焦っている。
「魅香ちゃん!」
レイーヌは魅香ちゃんを抱きかかえるが、急に現れた黒い穴に二人とも吸い込まれてしまった。
「レイーヌ!!?な、なんなんだ!」
俺も幸輝君を守る為に抱きかかえたところで、レイーヌと魅香ちゃんと同じく黒い穴へ吸い込まれてしまった。
パルクスの方までは吸引力は届かなかったようで、パルクスが目を見開きながら俺達を見ていたのを確認できた。
「パルクス!この事を全員に知らせろぉぉぉぉ――――」
俺は穴に吸い込まれながらもそう叫んだ後、意識を失った。
「せ――せい!せん――い!」
ん?誰かの声が聞こえる。
「せん――い!――んせい!」
子供の声か?
「先生!前田先生!」
「は!?」
俺は慌てて飛び起きた。
「な?何が起きた!?」
俺はすぐさま状況確認をする。
見慣れぬ民家。
見た感じは結構古いようだ。
傍らには幸輝君がいる。
「あの穴に吸い込まれた後、この民家に飛び込んだのか?」
俺は独り言のつもりでそう呟くと、
「ううん、違うよ!先生と僕はこの家のすぐ近くに落ちちゃったんだ!前田先生は僕を庇って気絶しちゃったから僕がここまで運んだんだよ」
幸輝君はそう言って笑顔を見せた。
え?7歳の男の子が俺を運べる程の力を持っていたのか?
最近の小学生はすごい力持ちだなぁ…。
「そうだ!レイーヌと魅香ちゃんは!?」
俺は慌てて周りを見るが、レイーヌと魅香ちゃんの姿は見えない。
「神埼先生と魅香とは離れ離れになっちゃったんだと思う。だけど、二人は僕達みたいにくっついていたからきっと二人一緒だよ!」
と、幸輝君は言った。
しかし、それはそれで焦ってしまう。
何せ女の子二人だ。
「でも、神埼先生は魅香と一緒に居るならば安全だね。何せこの世界なら魅香は僕よりも役に立つから」
幸輝君は俺の焦る表情を見て落ち着かせようとしているみたいだ。
クソッ!情けない。子供に心配させてしまったとは…。
あれ?そういえば魅香ちゃんって輝明さんや鬼一郎さんよりも強かったんだっけ?
ナイフで喉を切られても無事な輝明さん。
銃弾を浴びてもピンピンしている鬼一郎さん。
そんな二人よりも強いって輝明さんは言っていたよな…。ならば幸輝君が言う通り、魅香ちゃんと一緒にいるレイーヌは安全なのか?
俺も似た状況だが、子供に守ってもらうって…。いいのだろうか。
それはそうと、幸輝君は気になることを言っていたな。
「そうだったのか…。それにしてもここはどこなんだろうね。幸輝君はここに来る前、何か感じ取っていたようだけど、ここが何だか分かるのかな?」
幸輝君が分かる可能性は少ないと思うが、一応聞いておくべきだろう。
「ちょっとならわかるよ!多分なんだけど、ここって妖怪の世界だと思う」
「へ?」
うん。そういえば魅香ちゃんもそんな事を言っていたと思う。普通なら信じられない話であるが、パルクスのあの表情を見れば信憑性は増すだろう。それに、幸輝君がこんな嘘をつくこともないんじゃないかとも思う。
「妖怪の世界…妖怪界か…。つまり…その、カッパとか鬼とかの妖怪が居るという事でいいのかな?」
「そうだよ!」
なんてこった。最近ようやく微妙なファンタジーが入ったSF世界を受け入れられてきたというのに、今回完全に和風ファンタジーに突入してしまった。
「ちなみに脱出方法は?」
「わかんない!」
元気良く幸輝君は答えた。そうかー。わかんないかー……。
ここでパルクスが呼ぶであろう救援隊を待つか?
そもそも宇宙の超技術で妖怪界へ救援に来る事はできるのだろうか?




