第53話 容赦はしない
5分後、俺の携帯電話が鳴った。表示にはリズリーの今世の名前が書いてあった。
早速出てみると、
「<やぁ、前田君。まさか前線にいるとは思わなかったよ>」
という声が電話越しに聞こえてきた。
リズリーにしては声が低い。
この声は…。
「輝明さん?」
声の主がリズリーでなかったので一瞬戸惑ったが、話し方で誰だか良く分かった。
「<はは。まさか君からも我々と同じような考えを聞かせてもらえるとはね。あ、電話越しだから前田君と呼ばせてもらうよ>」
まぁ、誰が聞いているかわからない状態で『スレード君』なんて呼べないだろう。
「そうでしたか。すると…」
「<あぁ、既に準備は整っている。問題はそっちの協力体制だったんだよ。基本的に民間人には"攻撃装備"は渡せない。だけど"防御装備"ならばよろこんで。だよ>」
「そうでしたか。直ぐに話をして見ます。あぁ、そうだ」
と、ここで思い出した事を伝えておく。
「こっちに佐々木刑事がいましたよ。校舎に入って一緒に立て篭もっています。学校派の人たちとの話し合いに苦労していたようでした」
「<なるほど。わかった。ではリズリーから佐々木刑事に連絡をとってもらおう。ちなみに負傷者は何人かわかるかい?>」
「重傷者が15人。軽傷者が27人です。反学校派の人数を入れると何人かは分かりませんが…」
「<うぅん…やはり結構な数だな。学校の屋上はヘリを着陸させるだけのスペースは無いようだし、今はそれしかないか…。わかった。準備を進めておくよ>」
「了解です」
俺はそう言って輝明さんとの通話を切る。
急いで会議室に向かうと、既に佐々木刑事が携帯で電話をしていた。おそらくリズリーから電話を貰っていたのだろう。
一応竜也や純ねぇちゃんには話しておこう。
そう思っていると、先ほど佐々木刑事と激しく口論していた髭面の男が近付いてきて。
「おう、どうだって?」
と、聞いてきた。
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺は苗木原 重隆っていうんだ。今から12年前の卒業生だ」
と、髭面の男、苗木原さんが自己紹介をしてくれた。
「えっと、前田 竜也の弟、前田 竜生です」
と、俺も名を名乗った。
「では、話した結果をお伝えいたします」
俺は輝明さんと話した内容を伝えた。
「それじゃぁ、武器関係は使うっていうか借りる事はできないんだな?」
と、苗木原さん。
「そうです。防御用の道具についてはある程度かしていただけるようなので、それで対応していただければとおもいます」
俺はそう補足をする。
「ふん。しかし、敵側の連中も助けろってのが気に入らんな…」
苗木原さんはその点は納得していなかったが、
「先輩、私らはむやみに死人を作ろうとしているわけじゃないんですよ。あいつらと違ってね」
そう純ねぇちゃんが言った。
「こちら側の人員を優先って事にすれば問題ないでしょう?」
と、学校派の誰かが言った。
学校派は何人かのリーダーで構成されているようであり、指揮系統もばらばらである事が悩ましい点である。ぎりぎり佐々木刑事がまとめているという状況だ。
それは反学校側にも言えることであるが…。
「私も上から連絡を受けた事は前田君から話してもらった内容で間違いありません。私達が道を開きますので、どうか皆さんには負傷者の搬送をお願いしたい。くれぐれもタンカで運ばなきゃいけないような方は慎重にお願いします」
そう佐々木刑事が皆に向かって言った。佐々木刑事を合わせ5人の警察官でどこまでできるかはわからない。腕や足を骨折したり頭を強く打って負傷はしているが動けるといったような警官もあわせれば10人いるらしいが、戦力と数えるのは難しいだろう。
ピピピピピ!
佐々木刑事の携帯が鳴った。
「ん?そろそろ屋上に荷物が届くようです」
佐々木刑事はそう言って天井を指差し、屋上へと向かって行った。
バババババババ。
ババババババババババ。
ヘリコプターは2機やってきており、ヘリコプターから4人の特殊部隊のような格好をした人間が降りてきた。
続いてもう一台のヘリコプターからは"武器"や"防御装備"が降ろされる。
俺達はその光景をただ黙って見ていると、先に降りてきた人の一人が俺達に近付いてきた。
真っ先に佐々木刑事へと近付くと、近付いてきた人物はガスマスクを外し、佐々木刑事と対面する。
「あ、貴方は!?貴方でしたか…」
と、佐々木刑事は慌てた様子。いったい誰が来たんだ?
すると、佐々木刑事に挨拶したらしきその特殊部隊の人は俺のところにも来た。
僅かに身を強張らせていると、見知った顔が目に入る。
「あ、紀崎 鬼一郎さん!?」
そう、紀崎家のお偉いさんといわれている鬼一郎さんが居たのだ。
この人がいれば百人力である。何せ銃で撃たれても死なないのだから。
「前田君…まさか君兄君共々がこのような場所にいようとは…。父君も母君も心配しておられたぞ?」
と、鬼一郎さんが口を開く。
「はぁ、すみません。学校に入るのは簡単にできたんですが、出て行くことが難しくなっちゃって…」
と、俺は頭を下げる。
「まぁよい。ご両親はナード…いや、近藤殿が保護している。安心なされよ。この後の事もな」
そう鬼一郎さんは言った。ナードって、ナードレーと言おうとしたのか。となると『パルクス・ナードレー』。パルクスが父と母を保護してくれたって事か。
とにかくこの人が一緒に戦ってくれるってんなら安心だ。
「あぁ、藤造殿。ありがとう」
と、鬼一郎さんは藤造と呼ばれた人から武器をもらっていた。
この武器が負傷した人を脱出させる為に必要となる。
あれ?そう言えばどこかで藤造って名前聞いたな。どこだっけ?知っている人かな?
「りゅ、竜生。知り合いなのか?」
と、ここで竜也は不安そうに聞いてきた。
「ん?あぁ、知り合いだよ。大丈夫かなり強くて信頼できる人だ」
俺はそう答えた。
何せ銃に撃たれても死なない人がいるしね。
こうして装備を整えた俺達は校庭の近くへと集まる。
反学校派の人間が3~40人ってところだ。
鬼一郎さんが本気を出せば一瞬なんだろうなぁ。という事を考えた後、これからやろうとしている作戦を失敗しないように気を引き締める。
「よし、皆準備は良いか?」
鬼一郎さんは連れて来た隊員や佐々木刑事達警察の人達に確認を取った。
「「「はい」」」
「捕縛隊も良いな?」
「「「はい」」」
捕縛隊というのは俺達一般人だ。
ロープを持って準備をする。
人数的にはこっちが不利だ。早めに片付けなくてはいけない。
「行くぞ!突撃!」
「「「「「おぉぉおお!!」」」」」
俺達は鬼一郎さんの一声で作戦を開始した。
「な、なんだ!?」
「あいつら校舎の中から出てきたのか!?」
「くっそぅ、テロリスト共め!」
反学校側の連中は動揺しているようだ。
「よし、今だ!」
鬼一郎さんの合図で"武器"を持った警察組みと鬼一郎さんの部下達は一斉に攻撃をする。
ポスン!
ポスン!
ポスン!
筒状のケースに入ったポテトチップスの蓋を開けたような音がした。
発射された弾は、放物線を描きながら反学校派の連中の陣地へ落ちる。
そして、弾からは煙が出た。
お気づきかもしれないが、武器の正体は催涙弾だ。
一定間隔で広がった隊員達は射程範囲内に近付き、一斉に催涙弾を撃ったのだ。
「うわぁ!?」
「な、なんだ!?ゴホッゴホッ!い、息がっ!」
「グェッゴフ!グェッゴフ!ひ、ひぃぃ!ゲハッ!」
反学校派の連中は顔中を涙やよだれだらけになりながら転がりまくっている。
目が開けられないのでヨタヨタと歩いた後転んでしまうという行動がそこらじゅうで見られた。
「よし、捕縛組み、全員捕らえよ!」
次の鬼一郎さんの合図で俺達は転がって苦しみもがいている連中に駆け寄り反学校派の連中を縛り上げる、
「ひ、ひぃぃ。何を…ゴホッゴホッ!」
「ゴホッ、て、テロリストめぇ…」
と、反学校派の連中は次々に俺達へ恨めしい言葉を吐くが、
「どっちがテロリストだ、この野郎!」
と、学校側の捕縛組みの連中に言われる。
ちなみになぜ俺達が催涙ガスが立ち込めるこの空間で普通にしているかと言うと、単純にガスマスクをしているからだ。
30個というかなりの数のガスマスクを貸してもらったため、校庭にいる連中より若干人数は少ないが、一人辺り転がっている奴一人から二人縛り上げるだけなので楽な作業だ。
だが、時間をかけてはいられない。こうしている間にも重傷者は死へと近付いているのだ。
「よし、あらかた捕まえたぞ!」
という声が上がった。
10分ほどで反学校派の連中を無力化させる事に成功したのだ。
「救助ヘリを呼べ!後校舎内の重傷者を運ぶ準備をしろ」
と、鬼一郎さんが指示を出す。
数分後、空中で待機していたヘリ達が次々と校舎へ降りては重傷者を乗せて跳び立って行った。
それから40分後、ようやく重傷者を全員運び出せた。
辺りは安堵の空気に満ち溢れた。
「やりましたね」
俺はそう鬼一郎さんに話しかけた。
「あぁ、なんとかな。後は校門前に群がる連中を何とかしなくてはな…」
鬼一郎さんがそう言う通り校門の前には反学校派連中がいるのだ。
「えぇ…。そうですね」
俺は今だ攻防を繰り返している警察と反学校派の連中を見ていた。
ちなみに既に学校へ入って警察を挟み撃ちにしていた反学校派の連中は既に制圧されていた。後は門の前に群がる反学校派の連中だけである。
「今更ながらあそこから増援って…来られないですよね…」
こんな少人数で校庭に集まっていた反学校派の連中を相手にするなどという行為をせずに、校門にいた警官達を少しでも回して欲しかった。と思ったが、校舎へ戻って校門を見ると、そんな言葉は出なくなった。
校門前は人で埋まっていたのだ。
暴力が支配する世界。そう言い表わすのがピッタリの光景であった。
反学校派の連中はもはやなりふり構わず鉄パイプや包丁を振り回し警官隊に襲いかかっている。
警官隊は取り押さえるのに苦労しているようだ。しかし、取り押さえられる位の奴らならばいい。中には銃で威嚇したり射殺したりしなければ止まらない奴らもいるようだ。
学校に備え付けられていたテレビを見たが、中継では地獄絵図のようであったとしかいえない光景であった。




