123話:未来と今の話をしよう
ケイトリンの名前がケルシーに変更になりました。
「やあ、目が覚めたかな」
数分後。ケルシーは保健室で目を覚ましていた。
理由は簡単だ。オークにボロ負けしたからだ。滑りやすい油での足止めからの攻撃をするはずが、オークは滑りながらもそのパワーで地面に手をつき、そのまま勢いでケルシーに踵落としをきめてきたのだ。そしてその全部がオークのパワーで無理矢理なされ、半ば偶然も入っていただろう出来事だ。
けれど、偶然だろうとなんだろうとケルシーは負けた。それが事実だ。
「くっ……そうか。負けたのね……」
「負けても次がある仕様で良かったじゃないか。外ではそうはいかない」
「……」
「普通は負けたら、それっきりだ。次なんてないし、死ぬより辛い目に合うことだってある。合うか合わないかを知ることが出来るのも、魔法学園の良いところだと私は思うけどね」
そんなことを言う男をケルシーは睨みつける。
知っている。確かアウタール・アレス。アレス王国の第一王子であり、この魔法学園にいち早く適応した王侯貴族の一人だ。ケルシー自身、魔法に対して真摯だという印象がある。とはいえ、それはそれだ。
「分かったようなことを言うじゃない」
「保健室で学んでいるとね、色々なことを分かった気になるよ。まあ、全てを理解したと驕る気はないけどね」
なんともやりにくい相手だとケルシーは思う。此方を気遣っているようにも見えるし、からかっているようにも見える。どちらかというと前者寄りに見えるせいで、自分がとんだ小物のようにすら思えてくる。
「私は……」
「いたっ!」
ケルシーが何かを言いかけるその前に、アウタールの頭が平手で叩かれる。叩き慣れたその感じからするに、アウタールは結構やらかしているのだろう。
「まーたお前は……保健室でナンパするんじゃないと言ったはずだが」
「先生。ナンパじゃなくて勧誘ですよ。私は今回結構本気で口説きに来てるんですよ」
「猶更悪いだろうが。なんださっきの話術は、弱みに付け込む気かお前」
「な、なぐさめただけですよ人聞きの悪い!」
「おう、そうか。合う合わないの話してやがったから『そこでご紹介です!』みたいに売り込む気かと思ったよ。悪かったな」
「うぐっ」
ジト目で見てくるサリバンからアウタールは視線を逸らして。そんなアウタールの服をサリバンはぐいっと掴む。
「予想を一つも外さねえなお前は。ちょっと来い、医療魔法使いの倫理ってもんを教育し直してやる」
「あ、あ! 待ってください! 錬金魔法の才女を勧誘するチャンスなんです!」
「仲間募集掲示板でやれ」
「あの!」
アウタールを何処かに連れて行こうとするサリバンに、ケルシーはベッドから起き上がり声をかける。
勢いで止めてしまったが、アウタールの期待するようなキラキラの瞳がちょっとウザくて「なんでもないです」と言いたくなるのを……なんとか我慢する。
「勧誘って言ったけど、貴方はダンジョンの攻略を目指してるの?」
「違うよ?」
「……先生、やっぱり」
「部活だよ部活!」
部活。そういえばそんなものもあったな、とケルシーは思い返す。
部活よりも錬金魔法の講義で学ぶことのほうが面白くて、どうでもいいやと放置していた。
しかし、まさかアウタールは部活を作ろうとしているのだろうか?
「……作るの? どんな部活?」
「魔法の成果を一般市民に享受させるための研究をする部活さ! 私も医療魔法を学んではいるが、医療魔法使いを広く置こうと言ってもすぐには無理な話だ」
まあ、それはそうだろうとケルシーも思う。10人や20人育てればいいという話ではない。それなり以上の人数を育てなければ育てた人員による更なる教育も期待は出来ないし、初期の状態で引き抜かれでもしたら、いつまでたっても人材が育たないし増えない。
「私の見る限り、魔法道具の普及が国民生活の安全には一番寄与すると思う。とはいえ既存の事業の反発も考え、まずは高価格帯から始めていかないとだが……そこで生んだ資金を事業転換に回していくのが一番無理がないだろう」
勿論ついていけないものはどうこう、と強権を振るうことも出来るが……アウタールはそんなものを望んではいない。それが通用するのは何もかもが壊れ切った末世の時だけだ。そうでなければ自分だけが良ければいいという暴君の論理にしかならないし、王族がそれでは国は遠からず崩れる。
「遠大な話ね」
「国家を語るのに短期視点ではいられないさ。それで、だ! まずはこの魔法学園という恵まれた環境にいるうちに、生徒の皆を対象にした道具の研究開発から進めてみてはどうかと思ってね」
「そこに私を、と」
「ずっと誘いたいとは思っていたんだ。しかし機会がなくてね」
悪い話ではない。開発した道具の権利関係については細かく話を詰めていく必要はあるが、今後リリカとキアラの二人にアピールしていく上でも実績があるのは悪くない。本当に悪くない。
「……権利関係の話はしっかり詰めるわよ」
「勿論だ。なんなら呪魔法の先生に契約違反時にどうにかなる呪いでもかけてもらおうか」
「いいわね」
「仲がいいのは結構だがよ。それ以上の話は外でやれ」
サリバンに追い出されたケルシーとアウタールではあったが、その日サリバンはここ最近では一番よく眠れる日になったのだ。




