119話:かわいそうなブラックワイバーン
ブラックワイバーン。それはワイバーンの中でも闇属性に属するものだ。
性格は非常に残酷、迂闊に手を出せば村一つなど簡単に焼き払う……けれどドラゴンには属さない、偽竜だ。
だが、そんなものを人間が知るはずもない。世間的にはドラゴンの仲間とされるブラックワイバーンたちは、そう誤解される程度にはドラゴンと親密な関係にある。まあ、一方的な下僕扱いだが。
されど偉大なるドラゴンといることを喜ぶワイバーンはドラゴンに命令されることは至上の喜びというやつで、だからこそブラックワイバーンたちは昼夜を問わず魔法学園ヤマダを探し飛んでいた。
このブラックワイバーンも、この海域に来たのは偶然だが……その目にはしっかりと見えていた。
こんな何もない海域で煌々と輝く灯りを。空中に浮かぶ巨大な島を!
魔法学園ヤマダに間違いない、と。そうブラックワイバーンは確信する。
あんなおかしなものが幾つもあるはずがない。ならばアレこそがそうなのだと。
(くくっ……命令は見つけろ、だったが……襲うなとは言われていない。で、あれば……!)
軽く脅かしてやろうと、ブラックワイバーンは速度を上げる。
人間の悲鳴はさぞかし甘美だろう……それもまた良い土産話になるはずだ。
だから、その始まりたる咆哮を聞かせるべくブラックワイバーンは口を開けて。
魔法学園から飛んできたモノへの驚きに、思わず顎が外れるかと思ったのだ。
(な、なんだアレは! フェニックス!? 違う、あれは違う! なら何だ!?)
巨大な鳥。そんな表現では収まらない。夜闇の中でも美しく輝くエメラルドの羽根を持つ巨大な鳥のような何か。こけおどしではない、強すぎて煌く魔力と纏う風。あんなものがどうして此処にいるのか。まさか、アレこそが魔法学園ヤマダの主なのか?
「お、結構お話しできそうな感じ?」
高速で距離を詰めてきたソレの上に乗った少女……ウルの声に、ブラックワイバーンはいよいよ理解を超えて特大の疑問符を浮かべてしまう。
何故。何故こんなモノが人間の少女などに従っているのか?
分からない。意味が分からない。理解など出来るはずもない!
だが、ウルにしてみればブラックワイバーンの混乱は「お話しできる隙」でしかない。
「こんばんは! ボクはウル! ウル・ヴァーミリオン! よろしくね!」
「……グルルル」
「うんうん、ボクが魔法学園の主かって? アハハ、違うよ!」
ビクリ、と。更なる驚きでブラックワイバーンは震えた。
何故自分の言葉を理解できているのか? 人間の言葉など話してはいないというのに。
そんなブラックワイバーンの心を見抜くかのように、ウルは微笑むのだ。
「ボクが君の言葉が分かるのが不思議? アハハ、そんなの簡単だよー!」
そう、そうなのだ。魔法学園ヤマダの召喚魔法教師ウル・ヴァーミリオンにとって、それは本当に簡単なことなのだ。
「だってボク、現存するモンスターの表情の変化と言語体系……ぜーんぶ知ってるもの! 君が何を考えて、何を言ってるか……それなりには分かるつもりだよ!」
「グオオオオ!」
「えー? ホントだよー。ボク、こんな嘘ついたりしないよ?」
本気で理解されている。全く違う言語同士で会話が成立してしまっている。
ブラックワイバーンが人間の言語を理解しているのはブラックドラゴンの配下としての種族的な教養だから、それはいい。
だが、ウルが言ったことは違う。現存する全てのモンスターの表情の変化と言語体系を知っている?
そんなことは有り得ないと思いつつも、目の前の現実がそれを否定させてくれないのだ。
「で、ブラックワイバーンって確かブラックドラゴンの配下だったよね? なんて言われてきたの?」
「……!」
恐ろしい。
ブラックワイバーンが感じたのは純粋な恐怖だった。
こんな理解できない人間など初めて見た。だって、ウルはブラックワイバーンを全く恐れていない。
いや、恐れていないどころか、こちらを測っている。もし万が一があればこちらを殺すことも厭わないような、そんな目だ。
(何故だ。何故人間如きに、こんな恐怖を……!)
「そんな怖がらないでよ。ボク、何もしてない子に怒ったりしないよー?」
「グウ……」
「え、リンゴがどうしたの?」
血の気が引く。そんな感覚を味わったのはブラックドラゴンの前以外では初めてだった。
ハッタリなどではない。本気でブラックワイバーンの言語が理解されているのだ!
正直、今までの会話は雰囲気でそれっぽく装えそうではあった。だが、今のは違う。理解していなければ返せない答えだった!
危険だ。こんなものがいる場所で、何が行われているか分かったものではない。すぐにブラックドラゴンにお伝えしなければならない。
考えると同時にブラックワイバーンは身を翻し最高速で飛んで。
「もしかして、何か誤解がある? ならお話ししようよ! ボク、君と話したいこといっぱいあるなあ!」
「ギアアアアア!」
「怖くないよ。ほんとだよ?」
めっちゃ怖い。音すら置き去りにする自分の最高速にアッサリ追いついてくる緑の巨鳥も、その上に載って楽しそうに話しかけてくるウルも。そこから感じる圧倒的な実力差も。
悲鳴を上げて飛ぶブラックワイバーンとウルの追いかけっこは……その後一時間ほど続いていた。




