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第12話 害獣には、いないいないばぁ

 南の畑は街を出てすぐの場所にあった。


 見渡す限りの畑が広がっていて何人かの農家が作業している。のどかな風景だ。その一角で腰の曲がった初老の男が困った顔で畑を眺めていた。あの人が依頼主だろうか。


「あの、アロンさん?」


 声をかけると男が振り返った。日に焼けた皺だらけの顔。人の良さそうな雰囲気のおじいさんだった。


「ああ、そうじゃが。あんたは?」


「ギルドから来た冒険者! 害獣追い払いの依頼で来た!ソラっていうんだ、よろしく」


「おお、来てくれたか! 助かるわい」


 アロンさんが顔をぱっと明るくする。それからすぐにまた困った顔に戻った。


「いやな、最近この畑に小さい魔獣が出てのう。夜になると作物を食い荒らしていくんじゃ。せっかく育てた野菜が、もう滅茶苦茶でな」


 アロンさんが指す方を見ると確かに畑の一部が荒らされていた。土が掘り返され野菜がかじられている。これは農家からしたら死活問題だ。丹精込めて育てた作物を食われるんだから、たまったものじゃない。


「どんな魔獣なの?」


角兎ツノウサギっていう小さいやつでな。体は兎くらいなんじゃが、額に小さい角が生えとる。すばしっこくて捕まえようにも逃げ足が速くてのう」


 角の生えた兎。昨日見た光る兎の親戚みたいなものだろうか。サイズは兎くらいって言うし、そんなに怖くなさそうだ。


「群れで来んの?」


「五、六匹で来ることが多いな。一匹一匹は弱いんじゃが、数が多いと手に負えん。わしも年でな、追いかけるのもひと苦労で」


 なるほど。一匹は弱いが数が厄介。倒すんじゃなくて追い払う依頼ってのも納得だ。わざわざ殺すほどの相手じゃないってことだろう。


「了解、任せて! ばっちり追い払ってみせるよ」


「おお、頼もしいな。じゃが気をつけてな。角で突かれると、地味に痛いぞ」


 地味に痛い。なんとも微妙な警告だった。命に関わるわけじゃないが痛いことは痛いらしい。


 アロンさんの話だと角兎が出るのは夕方から夜にかけて。それまでまだ時間があるので、しばらく畑の様子を見ながら作戦を練ることにした。



 畑のあぜ道に座ってどう追い払うか考える。


 武器はない。倒す必要もない。ただ追い払えばいい。


 じゃあ、どうやって?


 ミレイさんは音を出したり棒で威嚇したりすればいいと言っていた。確かにそれが基本だろう。でもただ棒を振り回すだけじゃ芸がない。せっかくなら効率よく追い払いたい。


 そこでふと思いついた。


 動物を追い払うって地球でもあったよな。畑を荒らすカラスとかイノシシとか。ああいうの、どうやって対策してたっけ。


 案山子。あれは見た目で脅かすやつだ。あと大きい音。爆竹とか鳴り物とか。光るもので驚かせる方法もあった気がする。


 要するに、ビビらせればいいんだ。


 動物は基本的に臆病だ。びっくりさせれば逃げていく。角兎だって同じはず。問題はどうやって効率的にビビらせるか。


 うーんと考えていると、子供の頃の記憶がふと蘇った。


 近所の猫、よく脅かして遊んでたな。物陰に隠れて急に飛び出すと、猫がびっくりして飛び上がるんだ。あれ最高に面白かった。


 ……いや待てよ。それ、いけるんじゃないか?


 角兎が来たら物陰に隠れて、近づいてきたところで急に飛び出す。びっくりさせて追い払う。シンプルだが効果はあるはずだ。


 考えてみれば俺はこの手の脅かしには昔から自信があった。いないいないばぁで妹を泣かせて、よく親に怒られたものだ。脅かしのセンスにかけては、ちょっとしたものだと自負している。


「よし、作戦は決まりだな。いないいないばぁ作戦」


 我ながら名作戦だった。武器もいらないし金もかからない。ただ隠れて飛び出すだけ。完璧だ。


 ……いや冷静に考えると、めちゃくちゃ間抜けな作戦な気もする。冒険者が畑で兎相手にいないいないばぁ。字面がもう、ひどい。


 でも結果が出ればいいんだ。手段は問わない。アロンさんは追い払ってくれって言ってるんだから、追い払えればそれでいい。


 そうこうしているうちに空がだんだん茜色に染まってきた。


 夕方だ。そろそろ角兎が出る時間帯らしい。


 畑の隅、作物が一番荒らされていたあたりの近くにある茂みに身を潜める。ここなら角兎が来てもぎりぎりまで気づかれないはずだ。


 息を殺して待つ。


 しばらくすると畑の向こうから何かが近づいてくる気配がした。


 来た。


 茂みの隙間から覗くと、小さな影がぴょこぴょこと畑に入ってくるのが見えた。一匹、二匹、全部で五匹。アロンさんの言った通りだ。体は兎くらいで額に小さな角が生えている。なかなか可愛い見た目だった。


 角兎たちは警戒する様子もなく、のんびりと畑の野菜に近づいていく。一匹が野菜をかじり始めた。続いて他のやつらも、もぐもぐと食べ始める。美味そうだな、おい。


 こいつら、完全にくつろいでやがる。アロンさんが丹精込めて育てた野菜を、まるで自分の食堂みたいに。


 今だ。


 俺はタイミングを見計らって、茂みからぬっと立ち上がった。


「ばあっ!」


 両手を広げて、思い切り飛び出す。


 角兎たちが、びくっと固まった。


 次の瞬間、五匹が一斉に飛び上がった。ぴょーんと垂直に跳ねて、それから蜘蛛の子を散らすように四方八方へ逃げていく。野菜をくわえたまま逃げるやつもいた。完全にパニックだ。


「よっしゃ! 効いた効いた!」


 いないいないばぁ作戦、大成功だった。角兎たちはあっという間に畑の外へ逃げ去っていく。我ながら見事な追い払いっぷりだった。脅かしのセンス、まだ衰えてなかったらしい。


 ……と、勝利を噛みしめていたその時だった。


 逃げ遅れた一匹が、混乱のあまり俺の方へ突進してきた。


「え、こっち来んの!?」


 慌てて避けようとしたが間に合わない。角兎が頭を下げて、額の角をこっちに向けて突っ込んでくる。


 ぐさっ。


 角が、すねに刺さった。


「いっ……だぁ!?」


 地味に痛い。アロンさんの言った通り、本当に地味に痛かった。鋭い痛みがすねを走る。角兎はそのまま俺の足に一撃お見舞いすると、満足したのか野菜をくわえて逃げていった。


「いってえ! あいつ、最後にやりやがった!」


 すねを押さえてその場にうずくまる。命に関わる傷じゃないが、じんじん痛む。完全に油断していた。追い払えたと思って気を抜いたところに、まさかの反撃。


 でもまあ、結果は結果だ。角兎は全部追い払えた。すねの一撃は痛かったが、依頼は達成。それでいい。


「いやー、なかなかやるな、角兎」


 痛む足をさすりながら、なぜか少し笑ってしまった。兎相手にいないいないばぁして、最後に反撃を食らう。我ながら締まらない。でも、これはこれで悪くなかった。


 そこへアロンさんが家から出てきた。騒ぎを聞きつけたらしい。


「おお、追い払ってくれたんか!」


「おう、ばっちり! ……まあ、最後に一発食らったけど」


 すねを見せると、「あちゃー」と顔をしかめていた。


「やられたか。あいつら、逃げ際に突いてくるからのう」


「先に言ってよ、それ……!」


「言ったじゃろ、地味に痛いって」


 言われてみればその通りだった。地味に痛いの正体が、これだったのか。最初に聞いた時はピンとこなかったが、身をもって理解した。


 アロンさんは家から薬草を煮出したものを持ってきて、すねに塗ってくれた。ひんやりして、痛みが少し和らぐ。


「すまんかったな。助かったわい」


「いいって。これも仕事だしな」


 アロンさんが報酬の銅貨十二枚を渡してくれた。すねの一撃込みでこの額なら、まあ悪くない。薬まで塗ってもらったし、むしろお得かもしれない。


「また出たら、いつでも呼んでくれよ。いないいないばぁなら任せろ」


「いないいない、なんじゃ?」


「こっちの話」


 不思議そうなアロンさんに手を振って、畑を後にする。


 すねはまだ痛むが、依頼は無事達成。報酬も手に入った。冒険者っぽいかと言われると微妙だが、まあ立派な仕事だ。


 二日目も、なんとか乗り切った。


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