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第11話 まずは着替えから

 翌朝目が覚めると一瞬ここがどこか分からなかった。


 見慣れない木の天井。硬いベッド。差し込む朝日。数秒ぼんやりしてようやく思い出す。そうだ異世界だ。昨日冒険者になったんだった。


 夢オチを少しだけ期待していた自分がいたが現実は変わらず異世界のままだった。まあいい。覚悟は決めた。


「さーて、二日目!」


 体を起こして大きく伸びをする。煮込みのおかげかぐっすり眠れた。体も軽いしやる気は十分だ。


 一階に下りるとマーサさんが朝飯の用意をしていた。約束通り宿代に朝飯が付いている。パンと目玉焼きみたいなものと温かいスープ。昨日の煮込みほどではないがこれも普通にうまかった。


「よく眠れたかい?」


「ばっちり。マーサさんの飯のおかげかな」


「調子のいいこと言うねえ」


 マーサさんは笑いながらも満更でもなさそうだった。


 飯を食い終えてさて今日はどうするか考える。


 昨日は薬草採取で銅貨二十枚。半分が宿代と飯で消えたから手元にあるのは銅貨六枚。心もとない額だ。今日も依頼を受けて稼がないといけない。


 でもその前に。


 自分の格好を見下ろす。よれよれの寝間着。泥だらけ。さすがにそろそろこれはまずい。冒険者というより不審者だ。昨日からずっとこの格好で街中で浮きまくっていた自覚はある。


「マーサさん、服ってどこで買えるの? あと冒険者っぽい装備みたいなのも」


「ああ、それなら東通りに行きな。古着屋と防具屋がある。新品は高いからまずは古着で十分だろ」


「サンキュー、行ってみる」


 マーサさんに礼を言って宿を出る。


 東通りはすぐに分かった。色んな店が並んでいて朝から賑わっている。その中にごちゃごちゃと服が積まれた古着屋を見つけた。


 店に入ると店主らしきおじさんが暇そうに座っていた。


「いらっしゃい。おや、ずいぶんと変わった格好だな」


「うん、まあ色々あって。動きやすくて丈夫な服が欲しいんだけど。安いやつで」


「冒険者か。なら、こっちだ」


 店主が奥の棚を指す。そこにはいかにも冒険者が着ていそうな服が並んでいた。丈夫そうな布の上着、動きやすそうなズボン、革のベルト。一通り見繕って値段を聞く。


 全部合わせて銅貨五枚。


 手元の六枚から五枚が飛んでいく計算だった。痛い。痛いがいつまでも寝間着でいるわけにもいかない。これは必要経費だ。


「これ、もらうわ」


 銅貨を払ってその場で着替えさせてもらった。


 よれよれの寝間着を脱いで冒険者らしい服に袖を通す。少し大きめだったが動きやすい。古着だから多少くたびれているが寝間着よりは百倍ましだった。


 鏡を見る。


 お、と思わず声が出た。


 冒険者っぽい。ちゃんと冒険者っぽく見える。さっきまでの不審者がそれなりに様になっていた。服が変わるだけでこんなに気分が変わるものか。


「いいじゃん俺、冒険者っぽい」


 ひとり鏡の前でポーズをとってみる。店主が呆れた目で見ていたが気にしない。気分が上がるのは大事だ。


 脱いだ寝間着は店主が「処分しといてやる」と言ってくれた。一応地球から持ってきた唯一のものだったが、もう着ることもないだろう。少しだけ名残惜しい気もしたが未練がましく持っていても仕方ない。


「ありがとな、おじさん」


 古着屋を出てすっきりした気分で通りを歩く。


 さてこれで手元の銅貨は一枚。完全に文無し寸前だ。これはまずい。今すぐにでも稼がないと今夜の宿代すら危うい。


「やべ、急いで依頼受けないと」


 冒険者っぽくなって気分は上がったが財布の中身は過去最低だった。見た目だけ一人前になっても懐は新人以下。世知辛さは相変わらずだ。


 でも不思議と焦りはなかった。昨日もなんだかんだで乗り切った。今日もきっとなんとかなる。根拠はないがそういう気がした。


 足取り軽くギルドへ向かう。



 ギルドに着くと朝から冒険者たちで賑わっていた。


 カウンターには今日もミレイさんがいる。俺の姿を見て少し驚いた顔をした。


「あら、ソラさん。今日は冒険者らしい格好ですね」


「お、分かる? さっき古着屋で買ってきた。これでようやく不審者卒業だわ」


「昨日の格好は、確かに少し目立ってましたから」


 ミレイさんがくすっと笑う。やっぱり浮いてたんだな、昨日の俺。


「で、今日も依頼受けたいんだけど。なんかいいのある? 昨日より、ちょっと稼げるやつ」


「そうですね……」


 ミレイさんが掲示板の方を見ながら考える。


「薬草採取よりは、少し報酬のいい依頼もありますよ。ただ、銅級だと選択肢は限られますが」


「読んでもらっていい? 俺、まだ字が読めなくてさ」


 そう頼むと、ミレイさんは快く何枚か読んでくれた。


「『街の倉庫の荷運び、銅貨十枚』『川辺のゴミ拾い、銅貨七枚』『畑の害獣追い払い、銅貨十二枚』……このあたりですね」


「害獣追い払い? それ、ちょっと冒険者っぽくない?」


 その響きに反応してしまった。荷運びやゴミ拾いより、なんだか冒険らしい。害獣ってことは、ちょっとした魔獣的なやつだろうか。


「畑を荒らす小型の魔獣を追い払う依頼ですね。畑の作物を食べてしまうので、農家の方が困っていて」


「魔獣! いいじゃん、それ受ける!」


「ただ……」ミレイさんが少し心配そうに言う。「魔獣相手なので、薬草採取よりは危険です。それに、ソラさん武器を持ってませんよね?」


 言われて気づく。そうだ、武器がない。昨日も今日も、丸腰だった。スライムに枝で挑んで返り討ちにあったのを思い出す。あれは武器がなかったからというより、根本的に戦力不足だった気もするが。


「武器か……持ってないな。買った方がいい?」


「魔獣と戦うなら、最低限の武器は必要です。ただ、ちゃんとした剣は高いですよ。銅貨どころか、銀貨が必要です」


「銀貨!?」


 昨日からずっと銅貨単位で生きてきたのに、急に銀貨と言われて怯む。銅貨一枚しかない今の俺には、まったく手の届かない世界だった。


「えっと、銀貨って、銅貨何枚分?」


「銀貨一枚で、銅貨百枚です」


「ひゃ……!?」


 百枚。昨日丸一日働いて稼いだのが二十枚。つまり、剣一本買うのに五日分の稼ぎが必要ってことだ。


「無理じゃん、それ……!」


 冒険者の道は果てしなく遠かった。武器を買うには金がいる。金を稼ぐには依頼がいる。いい依頼を受けるには武器がいる。完全に堂々巡りだった。


 頭を抱えていると、ミレイさんが助け舟を出してくれた。


「でしたら、害獣追い払いは武器がなくてもできますよ。倒す必要はなくて、追い払えればいいので。音を出したり、棒で威嚇したりするだけで大丈夫です」


「お、そうなの? なら俺でもいけるか」


「ええ。それに、追い払うだけなら危険も少ないです。最初の魔獣相手の依頼としては、ちょうどいいかもしれません」


 なるほど。倒すんじゃなくて、追い払うだけ。それなら丸腰でもなんとかなりそうだ。報酬も銅貨十二枚と、薬草よりちょっといい。


「よし、それ受ける! 害獣追い払い!」


「かしこまりました。では、依頼を受注しますね」


 ミレイさんが手続きを進めてくれる。


「場所は街の南にある畑です。アロンさんという農家の方が依頼主です。行けばすぐ分かりますよ」


「了解! ありがとうミレイさん!」


 冒険者証を受け取って、意気揚々とギルドを出る。


 今日のミッションは害獣追い払い。初めての、魔獣が関わる依頼だ。倒すわけじゃないとはいえ、ちょっと緊張する。でも、それ以上にわくわくしていた。


 昨日は薬草を摘んだだけ。今日は、ちょっとだけ冒険者らしいことができる。一歩ずつだけど、確実に前に進んでいる気がした。


「さーて、害獣ってどんなやつだろ」


 南の畑を目指して、足取り軽く歩き出した。


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