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鏡に咲く花を抱き、水月へと還る  作者: 雪月花


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第6話 森の王者からの依頼


 糸が張ったような静かな空気の中、鬱蒼(うっそう)としげる木々の合間に、ショリショリという音が響いていた。

 一定のリズムで奏でられるその音は、森という生き物の鼓動のようにも聞こえてくる。


 それは目の前でたしかに続いており、丸刀を滑らせるたびに木片が返事をする音だった。


 柔らかい木目に、大きな窪みを作っていく。

 丸太の作業台はあっという間に木屑で溢れ、柔らかい風に吹かれてほろほろと落ちていった。

 それが膝の上に溜まるのも気にせず夢中でお皿を作っていると、ふと目の前が陰った。


 誰かが上から覗き込んでいるのを感じて、そっと顔をあげる。

 するとそこには、毛むくじゃらの大きな獣ーー

 アムークが立っていた。


「っきゃぁあ!!」

 驚いた拍子に、私はすてんと椅子から滑り落ちてしまった。

 それを見たアムークが、鋭い爪のついた手を伸ばしてくる。


 その瞬間、家の中から白い塊が飛び出してきた。

「ナナシィ、どうしたの!?」

 すぐさま駆けつけたヨムンが、私とアムークの間に割って入り、耳を後ろに倒して威嚇する。

 アムークはビクリと肩を揺らし、一歩退いた。


「…………っ」

 2匹の間の張りつめた空気を固唾を飲んで見守っていると、ヨムンが「な〜んだ」と言って耳を立てた。

 それからくるりと私を振り返る。

「彼はここに住み始めたひとだよ」

「えぇ?」


 尻餅をついていた私は、ゆるゆると立ち上がりながらアムークを見た。

 茶色の分厚い毛に丸い耳。

 つぶらな黒い瞳をわずかに彷徨わせて、遠慮がちに私を見つめ返している。

 そんな彼は、後ろ足でしっかりと立っていた。

 深い緑色のつなぎまで着ている。


「……驚いてごめんなさい。何か用ですか?」

 私はニコリと笑ってから、スカートについた土埃をぽんぽんとはたいた。

 地面に転がっていた丸刀をさっと拾い、小さなバケツ形の革の入れ物にそっと戻す。

 すると先に収まっていた道具たちが、席を詰めるかのようにカチャリと鳴った。


「…………」

 じっとその様子を眺めていたアムークが、おもむろに革の道具入れを指差した。

 そしてどこから出したのか、丸められた鹿の革を差し出してくる。

 

「え? これは……?」

 困惑しながら私が受け取ると、彼は背負っていた弓と紐で束ねた矢を下ろした。

 中から矢を一本抜き取り、私の道具入れの縁にそっと当ててみせる。


「……??」

 私は思わず小首を傾げた。

「…………」

 それでもアムークは、手振り身振りで何かを一生懸命伝えようとしていた。


 けれど、どうしても分からない。

 ふたりしてわたわたしていると、横からヨムンの声が差し込んだ。


「矢を入れる袋を作って欲しいんじゃない?」

「あ、……そうなの?」

 私が覗き込むように尋ねると、アムークがコクリと頷いた。


「この道具入れを……長くする感じでいい?」

 今度はうんうんと2回頷く。

 穏やかな光をたたえた彼の瞳が、ゆっくりと細められた。

 その様子に、私も思わず頬が緩む。


「分かったよ。少し時間がかかるけど」

「…………!!」

 アムークが両手を高々と上げた。


 どうやらそれが、彼なりの喜びらしい。

 見た目よりもずっと柔らかなその姿に、私は小さく笑った。




 それからアムークは、のっそのっそと帰っていった。

 丸くて大きな後ろ姿を見送ると、私は大急ぎでお皿を仕上げる。

 横で見ていたヨムンが「いつになく味があるねぇ」と茶々を入れるけれど、気にしない。


 だって、胸の奥がふわりと浮き立っているもの。

 人から何かをして欲しいって頼られるのは、やっぱり嬉しい。

 しかも直すことじゃなく、まっさらな事を任せてもらえたから尚更だ。


「ふふ〜♪」

 私は鼻歌をこぼしながら、少しいびつなお皿に油を塗りこんでいった。




 そして今は、キッチンの戸棚を全て開ける勢いで見て回っていた。

「えーっと……道具入れの底の丸は、クッキーの缶で型をとったんだよね〜」

 そうぶつぶつ言いながら、私は流れるような模様の入った青い缶を思い描いていた。

 コレットさんから貰ったもので、中身はもう食べてしまったけれど、缶だけは手元に残してある。


 少し離れた床に伏せていたヨムンが、尻尾をゆるく揺らしながら言った。

「……可愛いからって、何かの切れ端を詰め込んでなかったっけ?」

 

「あ、そうだった! ヨムンありがとうっ」

 パチンと手を叩いて声を弾ませて言うと、彼は〝やれやれ〟といったようにゆっくりと目を閉じた。


 私はいそいそと作業机に向かった。

 そばにある棚の前にしゃがみ、引き戸を滑らせる。

 引き戸の奥には箱が積み重なっており、その中に青色の缶が見えた。


「あったあった。レースの切れ端入れにしたんだった」

 青い缶をぐいっと引っ張って取り出すと、上に重なっていた箱がだるま落としのようにすとんと落ちる。

 それを横目に、作業机に広げてあった革の上へ缶をコトンと置いた。


「よかった。これがあれば同じように作れそう」

 私は細い木炭を手にして、さっそく型を取っていった。




 パチパチと暖炉で薪が鳴り、椅子は私に合わせて時折り小さく軋む。

 心地良い静けさの中、私は切った革を繋ぎ合わせていた。

 先に開けておいた穴へ針を通し、糸を渡していく。

 少しずつ形になっていくそれを優しく眺めていると、ふと温もりを感じてしまった気がした。

 

 ……鹿の皮。

 かつて息をしていたもの。

 その行き先は、ここで断ち切られている。

 今作っているのは、そのための道具を入れる物だ。

 

 アムークの彼は、そういう生き方を選んだのだ。

 ……森がそれを強いたのかもしれない。


 私は手を止めて、革をひとなでした。

 それから何気なくヨムンの方を見る。


 彼は暖炉の前で、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。

 私はふっと息をつくように笑い、再び針を通し始めた。





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