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鏡に咲く花を抱き、水月へと還る  作者: 雪月花


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第10話 空飛ぶクジラは、夢を食べるのか


「ただいま〜」

 住み慣れた家の扉を開け、中にいるはずの同居人に声をかけた。

 

 ……違う、同居ギツネかな。


 シンと静まり返ったままの室内に苦笑を落とし、扉を背中で押し開けて中へ入った。

 とある荷物を抱えていたので、床に置きたくなかったからだ。


〝手伝って欲しかったのに〟とちょっぴり拗ねていると、今になって「おかえり〜」とヨムンがやってきた。

 タイミングの悪い白キツネは、パタパタと尻尾を振りながら聞いてくる。


「なに、それ?」

「森でばったり会ったコレットさんがくれたの。『いいものが手に入ったからあげる!』って」

 私は作業机にゆっくりとそれを置いた。


「……白い布?」

「そうなの。真新しいコットンだよ。ちょうどいいから、シーツを新しくしようかな」

 嬉しげにその折りたたんだ布を撫でていると、ヨムンが尻尾をピタリと止める。


「いいと思うけど、そうやってコレットさんがナナシィの好きそうな物をどんどんくれるから……作る物が追いつかなくなってるよね」

「そ、そうかなぁ?」

 私はぎくりとしながら上着をかけに行き、ついでに細々した荷物を元の場所へ戻した。


 ヨムンはそんな私をじとりとした目で追いながら続ける。

「ここだけじゃ足りなくて、2階にも置いてるよね。僕、知ってるよ。あそこお客さんの部屋じゃなかった?」

「……ま、まぁ最近は長く(とど)まるお客さんって、あんまり来ないし……」

 片付け終わった私は、誤魔化すように笑いかけてから布に目を向けた。


「綺麗でしなやかな生地。これをシーツにして眠ったら、さぞ気持ちいいだろうなぁ」

 思わずうっとり眺めていると、近くから気の抜けた声が聞こえた。


「それは僕も楽しみだけどね……ふわぁ」

 ヨムンはもう使った時を想像したのか、前足を目一杯伸ばして肩を落とし、大きな大きなあくびをしていた。




 早速腕まくりをした私は、ベッドのシーツをさっと外して、あらかじめ作業机に広げていた新しい生地の上に重ねた。

 大きさを合わせると、生地の端をパタパタと折って縫い進めていく。

「使い古したシーツはどうしよう……マットにしようかな〜」


 目の前の白い生地の上では、潜っては顔を出す針が、てんてんと足跡を並べていく。

 そうやってぐるりと縁を巡り終えると、糸をくるくる巻いて引き結び、シーツが完成した。

 

「じゃぁ次は……古い方を引き裂こう!」

 私は少しくすんだシーツを手に取り、一思いにビリビリと裂いていった。

 繊維に沿って破られたそれは短冊状になり、太い糸のようになっていく。

 これをざっくり編むと、足の裏にやさしく馴染むマットになるのだ。


「よーし、作り上げちゃおう!」

 誰に言うでもなく、私は夢中になってさくさくと進めていった。




 ーーーーーー


 マットも出来上がり、残った布で雑巾を仕立てたころ。

 順繰りに新しいものへと入れ替わっていき、最後に擦り切れた雑巾が手に残った。

「……お疲れ様。ありがとう」

 私は役目を終えたそれを、優しくゴミ箱に収めた。

 

 そばにある物が新しくなると、心まで澄んでいく気がする。

 そんな中〝私も、いつか……〟という考えがふと頭をよぎった。


「…………」

 (かす)かな胸のざわめきに眉をひそめていると、いつの間にか近くにいたヨムンが、ひょこっと視界に顔を出す。

「終わったの? 休憩しようよー」

「……うん、そうだね」

 私は軽く頭を振ってほほ笑んでみせると、キッチンへと向かった。


 トコトコと後ろをついてくるヨムンが、私の背中に声をかける。

「疲れたから、今日は甘めがいいな」

「……ヨムン、何かしたっけ?」

 私は思わず振り返って首をかしげた。




 **===========**


 暗い空が薄っすらと青みを帯び始める朝。

 目が覚めた私は、もぞもぞとベッドから這い出て、窓のそばに立った。

 霧深い木々の隙間から、いく筋もの黄金の帯が差し込んでいる。

 目を細めてその光を辿ると、茂みの中にポツポツと白いものが咲いていた。

 

 よく見るとそれは、モコモコとした手のひらに収まるほどの白い塊で、〝雲の赤ちゃん〟と呼んでいるものだった。


「今日なんだ。ちょうどよかった」

 窓に向かって呟くと、わずかにガラスが曇る。

 家にいる白いモコモコは……

 と、ふとベッドに目を向けた。

 ヨムンは真新しいシーツにくるまって、スヤスヤと眠っている。


 もしかしてヨムンはーー

 眠る時間と起きてる時間の配分が、私たちとは逆なのかもしれない。

 

 そんなことを今さら真面目に考えながら、私は階段をトントンと軽やかに降りていった。




 袋に入ったゴミを手に外へ出た私は、茂みへと近付いた。

 そして目に留まった雲の赤ちゃんのそばに立つ。

 じっとしているそれの上で、逆さまにした袋の口を開き、中身をぱっぱとふりかけた。

 すると埃や木屑、何かのカケラが、モコモコに柔らかく沈み込む。

 最後にあの雑巾がポロッと落ちると、雲の赤ちゃんはふわふわと浮いていった。


 その雲は、よろけるように左右に揺れながら空を目指した。

 霧に紛れてその輪郭が溶け出した時、どこからともなく黒いモヤのような影が木々の合間に現れた。

 音もなく忍び寄ってきたそれは、丸い先端が裂けるように開いたかと思うと、雲の赤ちゃんをパクリと挟む。

 

 まるで食べてしまったかのような様子は、ただ、そこにあったものを連れていっただけにも見えた。


〝空飛ぶクジラ〟と呼んでいる黒いモヤは、来た時と同じように、優雅に泳ぎ去っていった。

 その自然の営みをじっと見ていた私は、クジラが霧の奥に消えるまで目で追った。

 

 役目を終えたものが巡る先……


 案外、最後はパクンと食べられるのかも。




 私は踵を返すと、「寒い〜」と自分の腕を抱きしめながら帰っていった。

 家の中へ入り、その場で2階に向かって叫ぶ。


「ヨムン〜! 温めてー」


 遠くで、寝ぼけた声が聞こえた気がした。

 私は先にソファに陣取り、白い湯たんぽがしぶしぶ飛び込んでくるのを待った。

 

 


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