28 息を吸うように
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「今日はあんまり見つからないね、薬草」
「仕方ない。もう少し奥まで行こうか」
今日は子どもたち五人で薬草採集。
特製化粧品&石鹸で着実に貯蓄を増やしているアリアンナも、十日に一度のこの薬草採集には必ず参加していた。
理由は何となくだ。
強いて言えば、村の中をあちこち歩き回ることで、新しい発見があるかもしれない。
以前ツバキを見つけた時のように。
そんな淡い期待があるだけだ。
「こりゃすごい」
「大量だね」
普段よりも、少し深い場所まで探してみると、フラウアの群生地が見つかった。
三十~四十程のフラウアが咲きほこっている。
五人は興奮しながらも手際よく採集し、ものの十分程で作業を終えると、最後にはアリアンナの空間に収納した。
「遅くなったし、今日はもう帰ろうか」
「そうだね。お腹空いたし」
「俺も。お腹ぺっこぺこ。あ~今すぐからあげが食いて~」
普段と比べると、集まった薬草の数は少ないけれど、空が茜色に染まっていたことから、今日は引き上げることにした。
マリとルイのお腹の音につられて、アリアンナも何となく口が寂しくなってくる。
ルイのようにからあげとは言わないが、歩きながら食べれるような、飴とかグミとかが食べたいなぁ。砂糖なら簡単に手に入るし、自分で作ってみてもいいかもしれない。
異世界といえば、香辛料や調味料は貴重品みたいなイメージがあったけれど、この世界はそうではない。前世と比較するとさすがに少し値ははるが、それでも銅貨一枚で一キロ程の砂糖が買える。
「べっこう飴くらいなら作れるかな」
前世を含めても、お菓子作りなんて数える程しかしたことはないが、砂糖と水を温めるだけのべっこう飴ならば何とかなるだろう。そう思ったアリアンナは、いざという時の行動食として、明日にでもべっこう飴作りにチャレンジすることにした。
つい先日、両親やトニーさんから、慎重に行動するようにと注意を受けたばかりだというのに、さっそく目立つ行動をとろうとしていることに気づかないアリアンナ。
そんなことを考えながら歩いていると、真ん前を歩いていたシュナが急に立ち止まった。
「シュナ? どうかしたか」
「お兄ちゃん、右から何かくるよ。多分魔物。角うさぎかな?」
ダン君が声を掛けると、小さな声で魔物の接近を伝えるシュナ。
誰よりも警戒心が強い彼女。そのためか、まだ洗礼前だというのに、魔物の接近にいち早く気づくことができるのだ。
「ナイスだシュナ! みんな、僕の後ろへ」
角うさぎ。
その名の通り、額に鋭い角が生えたうさぎである。
大型の魔物に比べると力は強くないが、その小柄な体系を活かして俊敏に動くのがやっかいで、気を抜くと鋭い角で大けがしてしまうこともある危険な魔物だ。
「来たよ! 一匹だけみたい」
「飛び出してきたぞ!」
「大丈夫。《鉄壁》! みんな今のうちに!」
大きな盾を持ったダン君の後ろに隠れていると、茂みから「ギャッ」と唸りながら茶色の毛皮が現れた。
咄嗟に防御スキルを展開し、真正面から角うさぎの突進を受け止めるダン君。
こういうことは初めてではないようで、突進を受け止めながらも、マリ達に指示を出す余裕すらあるようだ。
「任せて! 《ウォーターボール》!」
「俺も行く! 《スラッシュ》!」
マリの攻撃魔法は惜しくも外れたが、魔法を避けようと飛び跳ねた所にルイの攻撃スキルが命中。深手を負った角うさぎは、一発で身動きが取れなくなった。
「ふう。みんな怪我はない?」
「うん、大丈夫」
「でもすっかり遅くなっちゃった。早く帰ろう」
角うさぎによる足止めで、時間を食ってしまった。暗くなる前に家にたどり着きたい一行は、早足に岐路につく。
その時。
「また気配がする」
再びシュナが足を止めた。
「また魔物?」
「……違うみたい。普通に人みたい。二人組だよ」
「じゃあ大丈夫だね」
近づく存在が魔物ではないと知り、すぐに緊張をとく一行。
だが、それは間違いだった。
バシッ
「え?」
痛い。
額に感じた衝撃に、アリアンナの思考は停止した。
(もしかして、今、攻撃された?)
「アリー? 大丈夫!? 泥が」
顔を歪めながらアリアンナに手を伸ばすマリ。その姿で、やはり自分が攻撃されたのだと悟った。
痛みを感じた額を手で拭うと、泥がべっとりと張り付いていた。
(嘘でしょう?)
誰が?
何のために?
私を狙ったの? それともたまたま?
何故? 目的は?
様々なハテナが頭に浮かぶ。
その疑問は、あっさりと姿を表した人二人組の男子によって、簡単に明かされた。
「はは。その髪色のほうがいいんじゃないか?」
「そうそう。髪が白い子どもなんて、見たことねぇよ」
アリアンナの髪色は、白ではなく桃色だ。
ただ、色素の薄い髪色は珍しいというのは事実だった。
「なんてことするの? 汚れちゃったじゃない!」
マリが大声で非難する。
「後で石鹸で洗えばいいじゃん。独り占めしてるんだろ?」
「みんな言ってるぜ。そいつが石鹸を独り占めしているせいで、村全体が貧しいんだってさ」
原因は、アリアンナの特製石鹸。どうやら、村長からの村の特産品にしたいという申し出を断ったせいで、逆恨みされたらしい。
「ふ、ふざけるな!」
「待てルイ」
掴みかかろうとするルイをダン君が止めた。
ルイよりもひと回り大きい男子二人組。はっきり言って、ルイが不利だ。
代わりに感情を出してくれたマリとルイのお陰で、やっと冷静を取り戻したアリアンナは、石鹸を使わずとも空間魔法を使えば汚れも直ぐに取れることに気づき、ルイを落ち着かせるために空間魔法を展開した。
「大丈夫だよ。だってほら、《収納》。これで綺麗さっぱりだよ」
アリアンナの言葉通り、泥が瞬時に消えて、ルイは振り上げた右腕をゆっくりと下ろした。
しかし、今度はその様子を見ていた男子二人組が、慌てふためく。
「ば、化け物だ」
「空間魔法だと? まさかこいつ、噂の神の愛し子!?」
「そんなわけあるか。だとしたら俺達は神の愛し子を怪我させたってことになるじゃないか! いいや、そんなはずはない。こいつはきっと別の何か……。そうだ死神。こいつはきっと死神だ」
「死神か。どうりで! うおおおお死神退散! 《ロックショット》!」
恐怖に駆られた土魔法が放たれる。
その魔法がアリアンナまで届くのは、まさに一瞬だった。
「アリー!」
「逃げろアリー!」
「まずい、間に合わない!」
「……」
とっさに悲鳴を上げるマリ。
叫ぶルイ。
盾を構えて走るダン君。
立ち尽くすシュナ。
誰もアリアンナを助けることは出来ない。
そんな中でアリアンナが選択した行動は。
いや、無意識に取った行動は。
「《収納》!」
これまで何度も、唱えてきた空間魔法。その相棒とも言うべき魔法を、息を吸うように詠唱したのだった。




