27 村長襲来
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「おかえりアリー。トニーさんが来ているわよ」
「え、もう?」
マリ達と薬草採集に出かけ、お昼過ぎに家に帰宅すると、開口一番アネッサにトニーさんの来訪を告げられた。
慌てて客間に顔を出すと、すっかり我が家に馴染んだトニーさんが、まるで自分の家に居るかのように、ゆっくりとくつろいでいた。
「お待たせしてしまってすみません、トニーさん」
「お構いなく。逆にいつも急に来てしまってすまないね」
トラスト商会に、商品を卸し始めて早三か月。
アリアンナの特製化粧水&石鹸は、なんと、裕福な商人を中心に王都で大流行しているらしい。
そのうえ、トニーさんの話によれば、一部の貴族からも注文が入っており、しばらくは需要が衰える気配もないとのこと。
そして、その商品を唯一扱う商会であるトラスト商会は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長中。
古株であるトニーさんも、役職にも就き大忙しだという。
(その割には、週に一度は顔を合わせている気がするけど)
アリアンナは、口に出しかけた言葉を、寸前で飲み込んだ。
何故ならば、アリアンナにはそれ以上にトニーさんに伝えたいことがあったのだ。
「それより聞いてください、トニーさん。昨日、村長からこんな提案を受けまして」
そう言いながら、アリアンナは昨日の出来事を思い出していた。
◆◇◆◇◆
「いらっしゃい。って村長さん!?」
「え? 村長? どうして?」
アネッサの驚きの声に、レオルとともに玄関に向かうと、そこには地面に届きそうな程の長い髭をたくわえた、小柄なおじいさんが居た。
この人こそ、ミレーア村の村長であるドウさんだ。村長歴も長く、この道三十年のベテランである。
そんなドウ村長だが、アリアンナも、村内では上位の冒険者であるレオルやアネッサでさえも、面識は無かった。
にも関わらず、アリアンナ宅を訪れた理由とは……。
正直、アリアンナには、いくつか思い当たる節がある。
最近話題の特製化粧水&石鹸もそうだが、空間魔法を扱うアリアンナは、ミレーア村内では【神の愛し子】だと噂されている。その真偽を確かめるための訪問もあり得る。
もしくは、いとも簡単に(?)化粧水等の新たな商品を生み出したことで、実は前世の記憶があることに、誰かが気づいたのかもしれない。
出る杭は打たれると言いながら、わりと奔放に過ごしてきたことを今更ながら後悔しつつ、今後は少し自制しようと気を引き締める。
なんたって、アリアンナが目指す先は、有名になることでも、大金を稼ぐことでもない。
ただただ適当に、【ゆるく生きる】ことなのだから。
「だそうよ、アリー」
「え?」
なんて、自分の世界にトリップしていたアリアンナには、何が『だそうよ』なのか、全く見当がつかなかった。
「もう。人の話は真剣に聞きなさい。忙しい中来てくれた村長さんに失礼でしょう」
「ご、ごめんなさい」
「いやいや。アリアンナちゃんぐらいの年の子には、難しい話じゃろうて」
「すみません、村長」
アネッサの言うことも尤もだと、シュンと落ち込むアリアンナに、村長は「よいよい」と微笑む。だが、アネッサが出したお茶を一口含むと、表情は一変、真剣なものになった。
「頼む、アリアンナちゃん。化粧水と石鹸の作り方を教えてくれんか? 無理を言っとるのは重々承知しておる。じゃが、このミレーア村の発展には、化粧水と石鹸が不可欠なんじゃ」
「と、言いますと……?」
アリアンナの代わりにレオルが尋ねると、ドウ村長は自分語りを始めた。
村長曰く、自分が村長を務めてからの三十年間、周囲の村や町やらは順調に発展しているというのに、このミレーア村だけは停滞していた。
その原因として、ミレーア村が誇れるもがない。正確には、お隣のジョージアの町との共有となる薬草ダンジョンしかないことだと結論づけた。
そこで、ミレーア村の自慢となる何か。いわゆる特産品のようなものを開発しようと思っていたところで、王都で人気の化粧水&石鹸の生産者が、どうやらここミレーア村に居ると嗅ぎつけ、今日この場に至ったとのこと。
……頭を抱えるドウ村長には申し訳ないが、正直アリアンナには利は無さそうな話だ。
正直断ってしまいたい。角が立たないよう慎重に。
そんなアリアンナの思いを察してか、父レオルが口を開いた。
「すみません村長。詳しい話はできませんが、この商品には、とても貴重な植物を使用しておりまして。その植物が大量に入手できない限りは、特産品にするほどの生産は難しいかと」
「なんと。それは真か。そうか、そういうこともあるのか。ちなみにそれは、何という植物じゃ? ワシに協力できことがあれば、何でも協力するぞ」
「すみません。トラスト商会さんとのお約束もありますので」
「……そうか。残念じゃが、では仕方がないのう」
何度か粘りつつも、最終的には引いてくれたドウ村長。残念そうに眉を下げて帰っていった。
「驚いたね」
それは、アリアンナの素直な気持ちだった。
「あぁ。まさか、村長からレシピの提供を求められるとはな」
「えぇ。特産品にしたいなんて、これは私達が思っている以上に大事になってきているわね」
前世の記憶を使って、気軽に作った化粧水や石鹸が、まさかこれほどまでに話題になるなんて。
将来ゆっくり過ごすための資金源になれば。確かにそう思ったが、将来ゆっくり出来ても、今面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。
「そうだな。それに、失礼ながら全く美容に興味がなさそうな村長ですら、商品の開発者がアリアンナだと気づいたんだ。これはもはや、村中の人が知っていると思った方がよさそうだ」
「そうね。狭い村だものね。トラスト商会さんも何度か家まで足を運んでくれているし、それにアリアンナ達は、フラウア祭りでも目立っていたものね」
「まさか、神の愛し子に何かしようという輩は居ないと思うが、用心するに越したことはない。アリーも今後はより一層気を付けるように。何かあれば、出来るだけ、お父さんとお母さんと一緒に行動しよう」
「うん、分かった。でも大丈夫だよ。人の噂も七十五日って言うからさ」
「そんな言葉、初めて聞いたわ」
「とにかく、大丈夫だって」
アリアンナは楽観的だった。
前世ではありふれた商品だった化粧水と石鹸。
この世界では物珍しいかもしれないが、いつか類似品が沢山現れる。
だから、この慌ただしい状況も、類似品が出るまでの一時的なものだろう、と。
村の外に出るときは気を付けるけれど、少なくともこのミレーア村の中では安心していいだろう。
だって自分は、【神の愛し子】だと思われているのだから……。




