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第9話 仁と明子

絵美の自宅

絵美と源治が話している時に、突然、八神純子が現れた。


『絵美さんにはいつも、お世話になっています。』


純子が源治に向かって頭を下げた。


『お初にお目にかかります。ワシは絵美の祖父で源治と申します。かねがね絵美がお世話になっているそうで・・・』


『いえいえ、お世話になっているのはこちらの方です。お孫さんを私事に引き込んで申し訳ございません。』


幽霊同士が頭を下げ合っている。

世にも不思議な光景だ。


既に絵美は純子のことを源治に話していた。

源治は少し不安がっていたが、


『人に優しくしてあげなさい。徳を積みなさい。』


と日頃から言っていたのは源治の方だから強くは反対できなかったのだ。


「どうしたの?純子さん。何か進展があったの?」


絵美は純子を見つめた。


『ええ、進展というかなんというか・・・私、人に憑依(ひょうい)できるようになったんです。』


「憑依?」


『ええ、元々私、生前から霊感というか霊力というか、不思議な力が強かったんですが、絵美さんと出会ってから、益々その力が強くなって・・・ほら・・』


そう言うと純子は目を閉じて何かに集中し始めた。

純子の体から紫の光があふれ出した。


その光はやがて純子の全身を包み込んだ。


『この状態になった時に、生身の人間に話しかけたら、生身の人間がなにかしらの反応を示すようになったのです。このあいだまでは絵美さんとだけしか意思疎通ができなかったのに・・』


「何かしらの反応って、何です?」


『人それぞれの反応なのですが、ある人はビクッと体を震わせるだけだし、ある人は私の声が明確に聞こえるらしく、『何?誰?』などと音声で反応を示します。そして最も強く反応を示した人に、私が触れようとしたら・・・』


「うん。」


『私、その人の中に入ってしまったのです。』


絵美も源治も驚きの表情を示した。


「入ってしまったって・・・」


『説明するのは難しいのだけれど、その人の魂の隣に割り込むというか、同居するというか、私が、体に入ると、その体を自分の体のように感じることができたのです。街の空気の匂い、目に写る夕焼け、手に触れる建物の壁、生きていた時の感覚を思い出しました。』


「つまり、その人の体を乗っ取った。憑依・・・って事ですね。」


『ええ、そのとおりです。でも人の体を乗っ取るのはすごく罪悪感があって、ほんの数秒ですぐに離脱しました。』


「つまり、今の純子さんは他人の体に出入り自由ってことなの?」


『いいえ、誰にでも憑依できるということでは無いです。憑依できるのはその人の魂というか、霊力が弱っている人に限ります。具体的に言えば酔っ払いとか、精神的に落ち込んでいる人とか・・・たぶん病人にも憑依できると思います。』


「実際に何人くらいに憑依してみたのですか?」


『今のところ3人です。酔っ払い二人と、自殺志願者一人。』


「自殺志願者?それでどうなりました?その人。」


『駅の構内で電車に飛び込もうとした人を見つけて、あわてて私が憑依しました。そして私が体と心を操って、自殺を思い留まらせました。受験に失敗した学生さんでした。』


絵美と源治は純子の話を聞いて安堵した。

「憑依」という言葉からとても暗くて悪い現象をイメージしていたからだ。

しかし実際に純子が行った行為は悪いことどころか人の命、魂を救う行為だった。


「よかった・・・」


『ええ。そして、自殺志願者を救った後、この体を包む光が強くなりました。霊力が強まった気がします。』


黙って聞いていた源治が身を乗り出した。


『徳を積んだという事じゃろうな。』


絵美は源治を見た。


『絵美ちゃん。ワシがいつも言うておるじゃろう。徳を積みなさいと。この人は陰徳をつんだんじゃ。』


「陰徳って?」


『誰にも知られず、褒められず、それでも良い行いをするのが陰徳じゃよ。そしてその徳はやがて徳を積んだ人に返ってくる。因果応報ともいうがね。』


「つまり純子さんの良い行いが結果として純子さんを強くしたということね。」


『うむ。そのとおり』


「それじゃ私も陰徳を積めば強くなれる?」


『なれるはずじゃよ。きっと。』


絵美は何かを決心したような表情だ。


「それで、今日ここへおいでになったのは?」


『はい。今すぐでは無いですが、この私の力、憑依を使えば、れいの作戦を実行できるのではないかと・・・』


「元旦那さんの殺人の証拠を掴む計画ですよね。でも普通の人には憑依できないんでしょ?」


『はい。福田に取り憑くのは無理でしょう。霊魂になった今ならわかるんですが、あの男の魂はとても汚れているし私では近寄りがたいほど強いです。それに福田には得体の知れない何かが先に憑依しているようで、私が入り込む隙間がありません。』


「何かって?」


『いつも福田を観察している私にも、それが何なのかわからないのです。ただとても邪悪な存在で、福田の悪、魂の汚れは、その何者かの影響を強く受けているはずです。』


福田のことを話題にした途端、純子の紫がかった光、オーラとでもいうのだろうか、その光の色が紫から黒に近い色に変化した。


「それじゃ、どうします?」


『福田は無理でも、あの女、西森茜(にしもりあかね)なら、取り憑けるかもしれません。あの女、ジャンキーですから、薬物で酩酊(めいてい)しているときなら容易に取り憑けると思うんです。』


「わかりました。純子さんがその女に取り憑く時には連絡を下さい。私が証拠品を受け取るようにします。」


『はい。お願いします。私はもう少し憑依の練習をしてから、もう少し強くなってから計画を実行します。その節にはよろしくお願いします。』


「わかりました。それと、お子さん達、大丈夫ですか?」


『はい。(ひとし)明子(あきこ)も、健康とは言いがたいですが、なんとか生命を維持できる状態にはあります。それにまだ保険はかけられていないので、すぐに命の危機に陥ることは無いと思います。』


絵美の表情が険しくなった。

怒っているのだろう。


「子供に保険って・・・」


『あの男ならやりかねません。でも、それだけは、それだけは何としても防がねば・・・』


高層マンションの一室。

暗い部屋で幼子が肩を寄せ合っている。


「お兄ちゃん。お腹すいた。」


「うん。僕も。少しまってね。」


男の子が足首に巻かれた鎖を手に持ってドアに近づく。

ドアの向こうから良い匂いが漂ってくる。


ドアを少し開いて隣の居間を見るとガラステーブルの上にはピザの箱が置かれている。

香ばしいチーズの匂いが仁の鼻をくすぐる。


「ギュー」


仁の腹が鳴る。

痛いくらいの空腹だ。


居間には誰もいない。

テーブルの上のピザを手に取りたいが仁の足の鎖は、ピザまで届く長さでは無い。

仁は以前、福田からの逃走を試みた。

その結果、容易く福田に取り押さえられ、足に鎖が巻かれるようになった。

逃走の代償は高く付いた。

幼子の足に鎖。

まるで中世の奴隷時代のような有様だ。


明子の体は自由だが、明子は幼すぎて一人で逃げ出すことは出来ない。

何よりも兄の仁を一人残して逃げるなんて出来ないのだ。

福田はそのことをよく知っているから仁にだけ鎖をつけたのだ。


明子ならピザのあるテーブルにたどり着くことはできるが、そのピザを食べてしまうと明白な証拠が残ってしまう。


その結果は容易に想像できる。


玄関のドアが開く音がする。

男女が笑いながら部屋に入ってくる。


仁は慌ててドアを閉めて明子の元に帰った。

男女は居間に入ってきた。


「なんだ、これ?食わせてなかったのか?」


福田の声だ。


「アハハ、忙しくて忘れてた。」


女の声、福田の愛人、西森茜だ。


「何が忙しいだ。どうせまたラリってたんだろう。言っただろうが、近いうちにガキ共の診断書がいるんだよ。栄養失調ってことになったら保険に入れないだろうが・・このバカ女!!」


「わかったわよ。食わせるわよ。そんなに怒鳴らないでよ。私、ガキ共の家政婦じゃないんだからね。ふん。」


「つべこべぬかさず、さっさとやることやれ。」


女の足音が仁達の部屋に近づく。

女が乱暴にドアを開け、照明を点す。


仁と明子は部屋の隅で肩を寄せ合い怯えている。

(あかね)が仁に近づく。

仁は震えている。


茜は仁の足を乱暴に持ち上げ、仁の足の鎖に付いている錠前を外して、仁を鎖から解き放った。


「持って来たり、かたづけたりするの、面倒だから、こっち来な。」


仁は茜が何を意図しているのかわからない。

茜からは、ことある度に身体的な暴力を受けてた。

用便のために雅を呼ぶと、茜は面倒そうにやってきて常に悪態をついた。

時には拳を振るわれた。

だから今もなにをされるかわからないと怯えているのだ。


「メシいらねぇのかよ。せっかくピザとってやったのに。食わねえなら捨てちまうぞ。」


先ほどから匂ってくるピザの香り、仁はまさかそのピザが自分達の為に用意されているピザだとは思っていなかった。


食事と言えばいつも食パンと牛乳。

もちろん食パンは袋に入ったまま。

トーストするとか、チーズやハムを乗せるとかは夢物語だった。

それが、今はあの良い匂いがするピザを食べろと言っている。

戸惑いながらも仁は明子の手を引いて居間のテーブルの前に座った。


その様子を福田がジロジロと眺めている。


(ちょっと痩せちまったな。少しは太らさないと・・・)


仁と明子はピザを前に固まっている。


「食いたくないのか?」


福田が仁に声をかける。

仁は首を横にふる。


「じゃ、食えよ。ヒトシ。」


「本当に食べて良いの?オジサン。」


ヒトシの言葉を聞いて福田の顔に怒りの表情が現れる。


「オジサン、じゃねぇ。お父さんと呼べ。いつもいっているだろうが!!ああん?特に人前ではお父さんと呼ぶんだ。わかったか。あん?」


福田と仁は戸籍上確かに親子だ。

保険金の受け取り人として必要欠くべからざる事項だ。

それより何より、保険金詐欺を疑われないようにするためには義理の親でも仁を溺愛していたという客観的事実、他人の評価が必要なのだ。

幼い子供の死亡保険金の受け取りは福田にとって最難関だ。

しかし福田にはインプがついている。


(今回もあいつの指示通りにすれば何とかなるさ・・・)


福田は楽観視していた。

仁達の目の前にあるピザもインプの指示なのだろう。


仁と明子は福田の許可を得て目の前のピザに手を伸ばす。

二人共、夢中でピザをほおばる。

ピザが喉につかえたために慌てて飲んだ牛乳がこぼれ落ちる。


茜が雑巾を仁の顔めがけて投げつけた。


「このバカガキ。慌てなくても取り上げないからゆっくり食え、カーペットを汚すな。」


仁はあわてて雑巾で床を拭く。


「お兄ちゃん。美味しい。」


明子が微笑む。


「うん。美味しいね。」


たかがピザでこれほどの笑顔をみせるのは日頃の逆境が容易に想像できるというものだ。

そんな二人を見ながら福田が言った。


「おう。たんと食え。しばらくの間はうまいモノ食わせてやるぜ。アハハ。」


立ち上がる福田のシルエットには禍々しい尾っぽと、羽のような影が付いている。

福田の影は成長しているようだ。


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