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第25話 口論

「ローズ」


 見たこともないほど険しい表情で入ってきたローズは、リーシェを鋭い目で睨み付ける。


「これはどういうことなの!? なぜウィル様の部屋にリーシェがいるの!?」


 ローズの激しい物言いに驚き、リーシェは慌てて口を開く。


「私はただ呼ばれただけよ」


 おかしな誤解をされては困るとそう言うが、ローズの表情はまったく変わらない。


「王太子妃の座はもう興味ないなんて言っていたけど、本心ではまったく諦めていなかったんじゃないの?」

「はあ?」

「ルゼオン様まで使って城に戻ってくるなんて、なんて執念深いの」

「ローズ! 私そんなこと、」

「大体おかしいと思っていたのよ。あれだけ選定の時はウィル様の気を引こうと躍起になっていたのに、あっさり諦めるなんてある訳ないもの」


 捲し立てるローズに勘違いも甚だしいと訂正しようするが、ローズは聞く耳を持たない。


「ウィル様もウィル様だわ! なぜリーシェを呼んだのです? まさかリーシェをお許しになるなんて言いませんわよね!?」

「ローズ、少し静かにしろ」

「いいえ! 黙ってなどいられませんわ! 私はまもなく王太子妃になる者なのですよ? 私に黙ってこんなこと許されませんわ」


 ウィルの言葉にも反発するローズを見て、リーシェはかなり驚いた。ローズはもっとずっとおっとりとした性格だったはずだ。それがこんなに気が強いなんて知らなかった。


「お前はまだ王太子妃の内定を受けただけだ。それに私がなにをしようと、お前に許可を取る必要はない」

「ウィル様!!」


 ウィルの冷酷な眼差しを受けてもローズはまったく動じている様子はない。


「リーシェは罪人です。なにがあろうとそれが覆ることはありません」

「そんなことは分かっている」


 ローズの言葉にリーシェはかなりがっかりした。ローズのあの優しい言葉は嘘だったのだ。心の底では自分のことを罪人だと思っていたのだ。


(友達になれると思っていたのに……)


 楽観的に考えていた自分が悪いと思いながらも、心は落ち込んでいく。


「リーシェ、あなたも少しは自重しなさい。ここは王太子殿下の部屋です。あなたのような者が気軽に入れる部屋ではないのよ」

「そ、それは分かってるわ……」


 呼ばれて来たのだから仕方ないじゃないと言いたかったけれど、ローズの冷たい目を見るとそれ以上口を開くことはできなかった。


「いい加減にそのうるさい口を閉じろ! ローズ!!」


 それまで優雅に座っていたウィルが怒鳴りながら立ち上がった。その声にリーシェもローズもビクリと身体を竦ませる。

 ウィルは怒りを露わに目を吊り上げ、ローズに歩み寄る。その手が振り上げられて思わずリーシェは立ち上がると、二人の間に割って入った。


「ちょ、ちょっと!!」

「なんだ」

「女の子に手を上げるなんて最低よ!!」

「なんだと!?」


 ウィルの冷えた目を間近にして怖ろしくはあったが、それでもそのまま見ていることなどできない。

 背後に庇ったローズは怯えて震えている。


「もういいわ。私のせいでケンカになっているならもう帰るから。それでいいでしょ?」

「お前……」

「もう一度言っておくけど、私は王太子妃の座なんて全然狙ってないし、興味もない!」

「ならば、なぜ帰ってきた」


 そう言われてリーシェは少し考えると静かに答えた。


「私はただ、真実を知るために帰ってきたのよ」


 リーシェの言葉に二人は押し黙る。ウィルもローズも妙な表情をしてそれぞれ視線を逸らしている。

 その表情の意味が分からずリーシェは小さく首を傾げたが、とにかくもうこの部屋を去ろうと足を動かした。


「お邪魔しました!」


 呼び止められないことに安堵しつつ扉を開けると、それだけ言って廊下に出る。急いで扉を閉めると、大きく息を吐いた。


(はあ……、怖かったぁ……)


 二人の剣幕が本当はかなり怖かった。それでも咄嗟にローズを庇ったことは後悔していない。

 ローズがウィルに叩かれるところなんて絶対見たくない。


「帰ろ……」


 なんだかどっと疲れてしまったリーシェは、とぼとぼと廊下を歩きだす。だがふと目を向けた先、廊下の角にアリエスが佇んでいるのに気付いた。

 こちらと目が合った瞬間、さっと目を逸らされて違和感を感じたリーシェは、そのままアリエスに近付く。


「アリエス、久しぶりね」

「は、はい……。リーシェ様……」


 目を合わせようとせず、それでも小さく腰を落として挨拶をするアリエスをリーシェはよく観察する。

 明るい茶色の髪に同じような色の瞳。小柄で大きな瞳がとても可愛らしい印象だ。いつもローズに付き従い、ゲームの進行を助けてくれるキャラだ。

 今は怯えたような様子で、居心地が悪そうにリーシェの前に佇んでいる。


「ねぇ、昨日私を見ていた?」

「え?」

「ルゼが、えっと、ルゼオンがあなたが私を見ていたって言っていたの。なにか用でもあった?」

「え、いえ……、そんなことは……」


 狼狽えたように視線をさ迷わせるアリエスに、リーシェは首を傾げる。


「ごめんね、あなたを怖がらせたなら謝るわ」

「謝るなど……そんな……」

「でも安心して。私はローズのこと絶対に傷付けたりしないから」

「リーシェ様……」


 アリエスは頑なに目を合わせようとしない。下を向いたままの顔を少し覗き込むと、だいぶ青褪めているように感じた。


「アリエス?」

「リーシェ様……、私……」

「なにをしているの!!」


 アリエスが何かを言おうとした瞬間、遠くから激しい声が上がった。驚いて顔を向けると、廊下に出てきたローズが目を見開いて立っている。


「なにをしているの!!」


 もう一度同じ言葉を叫んだローズが走り寄ってくる。その様子にアリエスは怯えたように数歩下がった。


「リーシェ! アリエスから離れなさい!!」


 リーシェはまた怒らせてしまったと慌ててアリエスから離れると、目の前に来たローズがアリエスの腕を掴み引っ張った。


「なにを話していたの?」

「なにも。ただ挨拶をしていただけよ」


 本当に何もかも誤解されてしまうと嫌になりながらも答える。ローズはリーシェの言葉を信じなかったのか、厳しい視線をアリエスに向けた。


「本当なの?」

「は、はい! ローズ様。リーシェ様は久しぶりだとご挨拶をされただけです……」


 慌てて答えたアリエスに疑うような表情を見せたローズは、そのままの表情でリーシェを見た。


「私の侍女に気安く声を掛けないで」

「ご、ごめん……」

「行くわよ」

「はい!」


 吐き捨てるように言ったローズは、アリエスを従えて歩き去って行った。

 誰もいなくなった廊下にポツンと取り残されたリーシェは、またも深く大きな溜め息を吐くと、今度こそもう部屋に戻ろうととぼとぼと歩きだした。

 やっと部屋に戻り扉を開けると、クロエが立ち上がる。


「お帰りなさいませ、リーシェ様」

「ただいまぁ……」


 ぐったりとした声で挨拶を返すリーシェにクロエが近付く。


「どうなさったのです?」

「それがさぁ……」


 どう説明していいか考えながらソファに近付く。そのままバタンとソファに倒れ込むと、そこで寛いでいた大福が驚いてバサバサと羽を広げた。


「大福ぅ……聞いてよぉ……」


 逃げようとする大福を捕まえてふかふかの身体に頭を乗せる。ガーガーと文句を言う大福を無視して目を閉じる。


(ルゼの言う通り……、なにかあるんだわ……)


 ルゼオンの言葉を信じていなかった訳ではない。それでもこれはゲームで、ゲームの内容を覆すことなどできないと思っていた。けれど、それは間違っていたようだ。

 ウィルもローズもアリエスも、何かを隠している。

 そう確信したリーシェは、重苦しい気持ちから目を逸らすように、ギュッと目を閉じた。

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