第24話 ウィル
次の日、朝食を食べ終わると昨日の約束通り、ルゼオンの部屋に行くことにした。クロエと共に部屋を出たリーシェの足元に、大福が駆け寄ってくる。
「あら、大福。お散歩じゃないのよ。部屋で大人しく待ってなさい」
そう言って大福を室内へ押し戻すが、大福は文句を言うようにガーガー鳴くと、また扉の外に走り出てくる。
「もう……」
大人しく待っていてくれそうもない様子に溜め息を吐くと、リーシェは仕方なく大福を抱き上げた。
「連れて行くのですか?」
「まぁ、ルゼの部屋に行くだけだし大丈夫でしょ」
歩きだしたリーシェに満足したのか、腕の中にいる大福は打って変わって大人しくなった。
ルゼオンの部屋まで来ると、クロエがノックをする。
「おはようございます、殿下。リーシェ様をお連れ致しました」
「ああ、入れ」
返答を聞き室内に入ったリーシェは、机に向かって書類に目を通しているルゼオンに近付く。
ルゼオンは顔を上げることなく熱心に何かを読んでいる。
「おはよう、ルゼ」
「ああ、おはよう」
返事は寄越すがまだルゼオンは顔を上げない。手持無沙汰になったリーシェがソファに座ろうかと踵を返そうとしたところで、大福がガーと一声上げた。
その声に驚いたように顔を上げたルゼオンと目が合った。
「なんだ、そのアヒルは」
「え? えーと、ペット?」
「ペット? どこで拾ってきたんだ?」
怪訝そうに訊ねるルゼオンにリーシェは頭を傾げながら答える。
「拾ってきたわけじゃないわ。付いてきちゃったのよ」
「子供の言い訳か」
「言い訳じゃないったら。ホントなのよ!」
「分かった分かった。もういいから座れ」
呆れながら立ち上がったルゼオンは、リーシェにソファを勧めながら自分もソファに移動する。
実は大福のことはルゼオンに怒られるのではないかと思っていたリーシェは、少しホッとしながらソファに座った。
大人しく膝の上にいる大福を撫でていると、クロエがお茶を持ってきてくれた。
「昨日少し話したが、ローズの侍女の話が聞きたい」
「アリエス?」
「ああ。アリエスのことで知っていることを全部話せ」
「知っていることって言われたって……」
ルゼオンに言われてリーシェは困ってしまった。ゲーム中アリエスは何度も出てくるが、アリエス自身の説明は確かゲーム冒頭だけだ。
その記憶がかなりぼんやりしていて、リーシェは眉を顰めると「うーん」と唸った。
「えーと確か、年齢は15歳で、ローズとはこの王太子妃選定の前に初めて出会ったのよ」
「初めて? 元々ローズの侍女という訳ではないのか?」
「違うと思う……」
記憶ではアリエスの登場シーンは、「初めまして、ローズ様」というセリフであったような気がする。
その後、ゲームの進行の説明が話されたはずだ。
「ではアリエスは新しい侍女ということか」
「それがどうしたの? アリエスになにかあるの?」
「お前の事件の時、その場にいた者は全員疑いがある」
「え!?」
ルゼオンの言葉にリーシェは驚いて声を上げた。
「それはないわよ! アリエスはとっても良い子よ! 献身的にローズに仕えていて、優しいし気立てはいいし。毒なんて入れる訳ないわ」
「なんでお前がそちらの肩を持つんだよ」
「えー、だって……」
実際ゲームはローズでプレイしたから仕方のないことだ。アリエスはゲームの終わりまで、ナビゲーターとして寄り添ってくれるキャラだけあって、思い入れも結構あるのだ。
「昨日、廊下でアリエスはお前のことを見ていたんだ」
「私を?」
「それが妙な目つきだった」
「それはだって、またローズが殺されるかもと思っているからじゃないの?」
「そうかもしれない……」
そう答えながらもルゼは納得のいっていない顔をしている。
「まぁいい。他に思い出すことがあれば、すぐに俺に知らせろ。いいな?」
「うん、分かった……」
それでルゼオンの用事は終わりだったらしく退室を促された。
大福を胸に抱いて歩きながら、リーシェはまだルゼオンの言うことがよく飲み込めていなかった。
(毒を入れたのはやっぱり私しかいないと思うのよね……)
ゲームなのだからそれ以上はないと思うのだ。リーシェはゲーム上で断罪が確定している。それはひとえに毒を入れた犯人だと言っているのと同じはずだ。
この世界が本当にゲームの中の世界ならば、そこで発生したイベントが紛れもない事実なのではないだろうか。
「そういえば……」
ゲームのことばかり考えて歩いていたリーシェは、ふと思い出したことに足を止めた。
「パッケージの裏に……」
パッケージの裏には攻略できる男性キャラが描かれているのだが、ひとつだけ黒塗りにされた枠があったのを思い出す。
「そう、そうだわ……」
説明書きには全員をクリアすると、隠しキャラと隠しルートが登場するとあって、自分はそれも楽しみにしていたのだ。
今まですっかり忘れていた。
「もしかして……、これがそれだったりして……」
閃いたはいいが、すぐに否定的な考えが舞い降りてくる。こんな殺伐とした内容が乙女ゲームの隠しルートに設定されているだろうか。
普通だったらものすごいイケメンが出てきて、まったく違うラブストーリーになるとかが定番ではないだろうか。
「リーシェ様?」
「あ、なんでもない」
クロエが名前を呼んで我に返ったリーシェは、また歩き出しながらも考えが止まらない。
そのまま部屋まであれこれと考えながら歩いていると、部屋の前にベルナールが立っていた。
「ベルナール?」
「リーシェ嬢」
こちらに気付いたベルナールがそばに寄ってくる。
「どうしたの? ルゼのお使い?」
今はルゼオンのそば付きになっているベルナールは小さく首を振ると、口を開いた。
「王太子殿下がお呼びです」
「ウィルが?」
どういうことだろうと不安になってクロエと目を合わせる。
「お話があるとのことで、殿下の部屋にご案内致します」
「クロエ……、行った方がいいと思う?」
「それはもちろん。王太子殿下のご命令ならば従う他ありません」
クロエの言葉と、ベルナールの強い視線に負けてリーシェは仕方なく頷いた。
「そのおかしなペットは置いて行って下さい。クロエ殿は付いてこなくていい」
リーシェはそこはかとない不安を感じながらも、大福をクロエに渡しベルナールに付いて行った。
案内されたウィルの私室は、豪華絢爛な内装だった。赤い絨毯に壁にはふんだんに金が使われている。部屋に飾られた花瓶や絵画もすべて金で縁取られていて、そのゴテゴテとした装飾は少し成金を思わせた。
ウィルはその中で、優雅に足を組んで座りワインを飲んでいた。
「殿下、リーシェ嬢をお連れ致しました」
「ご苦労。お前は下がっていろ」
「ハッ」
部屋を出て行くベルナールを横目に、何となくウィルと二人きりは嫌だなと感じていると、ウィルがグラスをテーブルに置いた。
「よく来たな、リーシェ」
「なにか……、用ですか?」
「そう警戒するな。座れ。少し話をしよう」
ソファにおずおずと座ったリーシェは、ふかふかすぎるソファに腰が落ち着かない。
そんな様子をじっと見ていたウィルが、フッと笑みを見せた。
「なにやら本当に印象が変わったな。リーシェは」
「そう、ですか?」
「以前はもっと冷たい印象だった」
「はあ……」
逆にあなたは今冷たい印象ですけどねと思いながらも、これは言わない方がいいと生返事だけをする。
「だが元気そうで良かった。あんな辺境の塔でよくも暮らせたものだ」
「ルゼがいましたから」
「人が暮らせるところではあるまい」
(なにが言いたいんだろう、この人……)
なんとなく馬鹿にされているような気がしてつい顔を顰めてしまうと、ウィルは肩を竦めて続けた。
「ルゼオンもよくもまあ長年あんな塔で暮らせたものだ。信じられない」
「人はどこでだって生きていけます。生きる気力さえあれば」
なんだか腹が立ってきてそう言い返すリーシェに、ウィルは笑ってみせる。
「身分相応の暮らしというものがあるのだよ。王族があのようなところで暮らすなどあり得ない。罪人には相応しいがな」
あからさまな蔑みにリーシェは今度こそ怒りを隠さなかった。ウィルを睨み付ける。
「くだらない話しかしないなら、私はもう帰ります!」
「そう怒るな。今日はルゼオンのことで聞きたいことがあってな」
「話すことなどありません!」
リーシェは怒りに任せて立ち上がるが、ウィルは気にせず続けてきた。
「君が知っていることを話せば王太子妃にしてやってもいいんだぞ」
「はあ!?」
突然何を言いだすんだと呆れた声を上げると、ウィルはこれ見よがしに笑ってみせた。
「君も本当はそうなりたいと思っているんだろう?」
そう嘯くウィルに、リーシェは心の底からげんなりする。
(ウィルがこんなに性格悪いなんてがっかりだわ……)
ゲームをしていた時は、格好良いし、王子様らしい発言だったしと、どちらかと言えば好意的に見ていたけれど、今はもうそれは跡形もなく消え失せた。
「私は何も知りません。けど、ルゼが国王陛下を暗殺しようとしたなんていうのは嘘だってことは分かっているわ」
「どういうことだ?」
「彼はそんな人間じゃない!」
きっぱりと言うと、ウィルの顔が憎悪で歪む。その表情にリーシェの身体が竦んだ。
(か、帰らなきゃ……)
こんなところ、もう一秒たりともいたくないと、足を動かそうとした瞬間、バタンと音を立てて扉が開かれ、ローズが飛び込んできた。




