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第23話 晩餐会

 国王から夕食の誘いを受けたリーシェは、青褪めた顔をクロエに向ける。視線を合わせたクロエは顔色を変えず冷静に、訪れたメイドに他のメンバーが誰なのかを訊ねた。


「国王陛下と王妃様、王太子殿下、ローズ様、そしてルゼオン様とリーシェ様です」

「承りました。もう結構です」

「では、失礼致します」


 メイドは坦々と答えると、挨拶をし部屋を出て行った。


「どうしよう、クロエ……」

「大丈夫です。テーブルマナーは教えた通りにできればなんとかなります。とにかく支度をしなければ。あまり時間はありません」


 クロエはそう言うと、クローゼットを開けてドレスを選び出す。その後ろ姿を見ながら、リーシェは重い溜め息を吐いた。

 

(なんで国王と夕食なんて……。まだ私って罪人の立場のはずなのに……)


 もしかしてなにか聞かれたりするのだろうか。ルゼオンがいるからきっとフォローはしてくれるだろうが、ヘマをしてしまいそうな嫌な予感しかしない。


「リーシェ様、こちらにお座り下さい。髪型を考えなければ」

「このままじゃダメなの?」


 髪はクロエが朝美しく結ってくれている。リーシェはこれで十分だと思ったが、クロエは首を横に振った。


「晩餐会ならばそれなりに華やかな髪にしなくては」

「でも私はあんまり派手にしない方がいいんじゃないの?」

「もちろんです。控えめに、慎ましく。ですが晩餐会に相応しい格好で」

「そんなことできるの?」

「わたくしにお任せ下さい」


 胸に手を当てて不敵に笑ったクロエに、リーシェは頼もしさしか感じない。

 自分ではまったく手に負えないとすべてをクロエに任せ、とにかく自分は覚えたてのテーブルマナーを頭の中に反芻させた。



◇◇◇



 日が暮れる時間になり、メイドが呼びに来る頃にはすっかりリーシェの支度は整った。

 鏡の前に立ってクロエが最後まで入念にドレスを調整してくれている。

 クロエが選んでくれたドレスは紺色のドレスだった。いつも着ているドレスとは違いだいぶ胸元が開いている。少し恥ずかしかったが、「晩餐会や夜会ではこれが普通です」と言われてしまった。

 光沢のある紺色の布には銀糸で花の模様が刺繍されており、袖や裾にはたっぷりとレースが使われている。

 髪は両サイドの編み込みに小さなパールを挟み込んでいる。後頭部には銀の葉とパールで出来た小ぶりなボンネットが付けられていた。

 同じパールで作られたネックレスとイヤリングを付けると、クロエは満足げに頷く。


「よくお似合いですよ、リーシェ様」

「これで控え目になってるの?」

「ええ。アクセサリーはすべて小ぶりなパールですし、ドレスも紺色。これなら出しゃばっては見えません」

「そうか……」

「王妃様はお気に入りの紫のドレスでしょうし、ローズ様はこういう時は大抵ピンクを着ますので、色で被ることもありません」

「被ったらダメなの?」


 長い手袋を嵌められながら訊ねると、クロエは神妙な顔で頷く。


「とても大切なことです。特にホストの方と被るのは避けなければいけません。大きな夜会や舞踏会ならば、多少被っても仕方ありませんが、少人数の晩餐会などは、ドレスの色が被らないようにするのがマナーです」

「なんだか大変ね……」


 ドレスひとつとってもそんな面倒なルールがあるのかと呆れてしまう。リーシェの呟いた言葉にクロエは微笑む。


「女性は面倒なことばかりですわね。さて、これで準備万端ですわ」


 クロエが少し離れて立つので、リーシェは鏡を見ながらその場でクルリと回転してみる。

 化粧もしているせいか、今までで一番華やかで美しい自分の姿に少しだけ見とれてしまう。


(リーシェって本当に綺麗な子ね……)


 白い肌にウェーブのあるプラチナブロンド。意志の強そうな瞳は菫色。絵に描いたような美少女だ。

 それが自分だということを久しぶりに感じて、不思議な気持ちがまた溢れた。

 ぼんやりと鏡の中の自分を見つめていると、足元にガーガーと鳴きながら大福が近付いてきた。


「大福、どう? 私キレイ?」

「ダイフク? そのペットのお名前ですか?」

「そうよ」

「不思議な響きのお名前ですわね」


 この世界にはない食べ物を説明してもクロエには理解できないだろうと、リーシェは笑って返すだけにする。

 大福は興味があるのか、リーシェの周りを走り回っている。


「さ、ペットと遊んでいる暇はありませんよ。そろそろ参りましょう」

「あ、はい!」


 長い廊下を進み、城の奥へと向かう。歩く練習もしたので、高いヒールもどうにかよろけずに歩けるようになっていた。

 クロエに城の中の説明を受けながら歩いていると、正面からルゼオンが歩いてきた。


「ルゼ」


 ルゼオンもしっかり正装をしており少し近寄りがたい雰囲気ではあったが、知り合いに会えた安堵から笑みを浮かべた。

 目の前まで来たルゼオンはじっとリーシェを見ると、ふっと笑った。


「どうやら、どうにかなったみたいだな」

「なぁに? その言い方」

「クロエ。よくやってくれた」


 眉を吊り上げるリーシェを無視して、ルゼオンはクロエに声を掛ける。


「入るぞ」

「え、あ、うん!」

「行ってらっしゃいませ」


 ルゼオンに手を取られて引っ張られ、慌てて足を動かす。見送ってくれるクロエに後ろ髪を引かれる思いがしたが、覚悟を決めて目の前の部屋に入った。

 室内は煌びやかな金の装飾が施され、天井のシャンデリアと壁際に置かれた多くの燭台によってキラキラと輝いている。中央には食器類が置かれた大きなテーブルが置かれ、すでにウィルとローズが席に着いていた。

 二人がこちらに目を向けると、ウィルはあからさまに睨み付けてきたが、ローズはにこやかに笑みを向けた。その笑みにリーシェはぎこちなく笑みを返す。


(ローズは本当に気にしてないのかな……)


 自分がローズの立場だったら、自分を殺そうとした人物がまた目の前に現れたら笑顔なんて向けられないと思う。

 強がってみせているという風でもないし、本当にリーシェが犯人だと思っていないのだろうか。


「リーシェ」


 ぼんやりとそんなことを考えていたリーシェに、ルゼオンが声を掛ける。ハッとして顔を向けるとルゼオンは椅子を引いて待っていてくれた。


「あ、ごめん」


 慌てて椅子に座るとルゼオンが隣に座る。


「余計なことはしゃべるなよ」

「分かってる」


 小声で忠告されてリーシェは小さく頷く。

 4人の間に嫌な沈黙が流れたが、ほどなくして王妃を従えて国王が姿を現した。

 ゲームでは何回も登場するエルダ王妃は、艶やかな黒髪に印象的な紫の瞳が美しい女性で、少し性格がきつめだということは覚えている。

 ゲーム進行中、3回ほど王妃からは試練が与えられ、その評価が低いと叱責されるシーンもあった。

 濃い紫のドレスを優雅に揺らして室内に入ってきた王妃は、ウィルとローズを見てにこりと笑った。


「家族でこうして食事ができるなんて素敵だわ。それなのになぜその二人を呼んだのです? 陛下」


 こちらに聞こえるように言った嫌味にリーシェは胸がチクリとしたが、ちらりと見たルゼオンはまったく表情を変えない。


(こうして見ると、王妃とルゼって似てないわね……)


 ルゼオンと国王は似ているけれど、王妃とはあまり似ていない気がする。ウィルは王妃と同じ黒髪だしどこか国王とも似ているからか、妙な違和感を覚える。


「まぁそう言わず座りなさい、エルダ」


 全員に優しい笑顔を送る国王に、王妃は不満げな顔をしながらも席に着く。

 国王も席に着くとワインの入ったグラスを持ち上げ、改めて口を開いた。


「二人の大切な我が子が久しぶりに揃った。今日は事件のことは一旦忘れて、久しぶりの再会を神に感謝しよう」


 全員がワイングラスを持ち上げるのを見て、リーシェも慌ててグラスを持ち上げる。

 クロエには「とにかく周りと同じようにしていれば大抵は乗り切れますから」と言われていたのを思い出す。


「乾杯!」


 国王の言葉に全員が「乾杯」と声を続け、ワインを飲み込む。それを見てリーシェも一口飲んでみると、とても美味しいことに驚いた。


(わっ、美味しい……)


 ルゼオンが塔で飲んでいたワインを飲ませてもらったことがあったが、すっぱいばかりで飲めたものじゃなかった。けれどこれはフルーティな味わいでとても飲みやすい。

 思わずもう一口飲もうとすると、隣から小さく名前を呼ばれた。

 ハッとして動きを止めたリーシェがちらりと隣を見ると、ルゼオンが小さく首を横に振る。


(あ、危ない……)


 慌ててグラスを置いて手を膝の上に置く。つい気が緩んでしまった自分を戒め、手を握り締める。


(大人しくしてないと……)


「今日はお招きいただきありがとうございます、陛下」

「公ではないのだ、父と呼んでよいのだぞ」

「はい、父上」


 ルゼオンの言葉に国王は笑う。周囲は給仕が料理を運び始め、晩餐会が始まった。

 料理が次々と運ばれ、リーシェは戸惑いながらも周囲に合わせて料理に手を付けた。

 前菜もスープも肉料理もとにかく温かくて美味しい。昼間はドレスのフィッティングのせいで碌に食べていなかったこともあり、次第に緊張が解けてきたリーシェは食欲のままに食べてしまっていた。


「そんなに慌てて食べなくても大丈夫よ、リーシェ」


 ローズの声にハッとしたリーシェが顔を上げると、いつの間にか全員の視線が集まっていた。

 リーシェは恥ずかしくなって身体を固まらせてしまう。どうやって取り繕おうかと考えている間に、王妃が口を開いた。


「なんてはしたない。レディとしての嗜みを忘れてしまったのかしら」

「王妃様、リーシェをお許し下さい。長い間遠き辺境に地で過ごしてきたのですもの、マナーを忘れてしまってもしょうがありませんわ」

「ああ、ローズ。なんてあなたは優しいの。自分を毒殺しようとした相手を庇ってあげるなんて」


 ローズの言葉に、芝居じみた調子で答える王妃。どうやら王妃はローズを気に入っているようだ。間もなく王太子妃になるのだから当たり前と言えば当たり前だが、リーシェが去ってから随分仲良くなったものだ。


「リーシェ、随分印象が変わったな」


 二人の会話にウィルが口を挟んできた。いい加減自分の話題は止めて欲しいのにと思いながらも、ウィルに目をやるとじっと見つめられていた。


「あ、えっと……、そうでしょうか」

「ああ。昔より随分優しい雰囲気になった」

「やめてちょうだい、ウィル。罪人に掛ける言葉ではないわ」

「父上」


 棘のある言葉が続く中、割って入ったのはルゼオンだった。


「なぜ今回我々を集められたのですか? ただ食事をするだけではありますまい」

「ああ……。私は二つの事件には真犯人がいるのではと疑っている」

「陛下!?」


 驚く王妃をよそに国王は話し続ける。


「王家を混乱させるための何者かの陰謀かもしれない」

「そんな……。今更なにをおっしゃっているの……」

「父上、当時の捜査をお疑いなのですか?」

「そうではない。だが巧妙に仕掛けられた罠かもしれない。王家を混乱させ貶めたい誰かのな」


 国王の言葉にリーシェは戸惑いルゼオンを見ると、顔を顰め何かを考えている様子だった。

 その後、晩餐会はどうにか終わり、国王と王妃が部屋を去ると退室を促された。

 お腹は満たされていたが、精神的に疲れ切ってしまったリーシェは早く帰りたいと廊下に出て歩き始めたが、ルゼオンに呼び止められた。


「リーシェ」

「なに? ルゼ」

「明日なんだが……」


 そこで言葉を止めたルゼオンの視線が、リーシェから逸れた。自分の背後を見ているのかと振り返ると、ちょうどローズがメイドと共に廊下の角を曲がるのが見えた。


「どしたの?」

「リーシェ。ローズの侍女を知っているか?」

「ああ、さっきの子? あの子はアリエスよ」

「ふぅん……」

「なに? アリエスがどうしたの?」

「なんでもない。それより明日は朝から俺の部屋に来い。いいな」

「分かったわ」

「今日はよく頑張ったな」

「当然の結果よ」


 フォローしてもらったことを棚に上げて胸を反らせると、ルゼオンはやれやれと肩を竦ませてから苦笑して頷いた。

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