7:夢と現実
ここはどこだ。ーー何も見えない。
俺は死んだのか? 真っ暗な空間に俺だけが浮いているような感覚だ。
手足はーーある。動かしてみるが、特に違和感はない。
夢……か? いや、夢にしてははっきり意識がある。という事は……あの衝撃を受けたんだ。俺は死んだのかもしれない。
ーーなんだ、死ぬというのはこんな感覚なのか。
1回目は気付いたら転生していたからな。死を体験するのは貴重だが、あまり気分はよくない。
ーー父親と母親、そして妹のマナはどうなったんだろうか。
つくづく俺は親不孝者だな。親よりも先に死ぬとはーー
ん? 向こうに光が見えるぞ?
どうやったらーーお、ほうほう。手足を泳ぐように動かせば進むのか。オリンピックでみた自由形と同じ動きがしっくりくる。
なるほど、これなら移動は楽そうだな。
光がどんどん強くなっていく。俺はその光に飛び込むようにして体を放り投げた。
そこに広がる光景はーー戦場だ。草木は枯れ、地面には大きな穴。閃光と爆撃音がけたたましく鳴り響いている。
だがこれは俺が知ってる戦場ではない。なんだこの違和感は。
その瞬間この世のものとは思えない悲鳴が聞こえてきた。全身を悪寒で包み込むような肌寒さと脳に響く警戒音。
この先でなにかが起きているーー声の聞こえた方を見渡すと、爆煙が引いて誰かがそこにいるのが見えてきた。
人数は2人。1人は地面に片膝をつき、もう1人は空中に浮いている。
俺のことは見えていないのか、特に警戒されている様子もない。近場の岩陰に移動すると、その構図がよりはっきりと見えてきた。
片膝をついている人物ーー軽装の男は頭から血を流していた。さらに左腕は千切られたように無くなっており、片目で目の前にいる空中に浮かんだ人物を見据えている。
そして周りには多くの人間の死体……首がない者や胴体が別れた者、その他にも魔物の死体などが大量に打ち捨てられており、この戦闘が非常に激しかったのがよくわかる。
その中で唯一の生存者なのだろう。
対する空中に浮かんだ人物は女性だった。長い黒髪で普段なら綺麗であろう顔をしておりスタイルもいい。しかしその顔は苦痛で歪んでおり、すぐ後ろにいる真っ黒な影と一緒に叫んでいる。
その原因となっている事……それは、白く輝いた剣が女性の胸を貫いていたのだ。
「終焉を唄う魔女リリア……これで……終わりだ……」
男が女を睨みながら言葉をこぼす。息も絶え絶えだが、瞳に宿る炎は消えていない。
どうやら男が魔女をまさに今打ち倒さんとしているのだろう。多大な犠牲の上で、敵を倒すーーまるでいつか読んだ本の内容にそっくりだ。
叫び続けていた魔女が言葉を返し始めた。
『まだ……だ。まだ終わらせぬ……』
その声は二重に重なるように聞こえてきた。魔女と後ろにいる影が同時にしゃべっている。
『悠久の時を超え、時代を超え……妾は必ずーー復活してやる』
「……! させ……るかぁ!」
男がなんとか立ち上がり、魔女に突き刺さった剣を目指して歩み寄る。もう一度剣をより深く突き刺そうとしているのか。
しかし男は魔女に近付く前に吹き飛ばされてしまった。
『妾は決して滅びぬ。生なき人形の力を受け継ぎし者が現れる時、妾は必ず全てを飲み込む……』
魔女の口は止まらない。苦しそうに口から血を流しながらも、この世を全て憎んだような声を発し続けている。
『全ての魔力を携え、今度こそこの世を浄化してやる。この世界を救済するのは妾しかいないのだ!』
その瞬間黒かった影が光を放つと消え失せた。そこに残ったのは魔女と呼ばれた女だけで、その魔女も全てを失ったかの様に空から落ちてくる。
それを男が片手で包み込むように受け止めた。
男の目には涙が浮かんでおり、悲痛な顔で魔女の名前を叫び続けていた。
ーーーーーーー
「……ル! フィル!」
「んはっ!」
気付くと俺は見慣れないベットの上にいた。
何か夢のような物を見ていた気がするが……全く思い出せない。
目の前には涙を浮かべ心配そうな顔をした母親と父親の姿が。俺が目を開けると同時に母親が俺を抱きしめてきた。
「よかった……! よかったフィル!」
「……母上……。父上も」
「……よかった。もう2日も目を覚まさなかったんだぞ」
俺は死んだんじゃなかったのか。記憶を辿ると、あの司教とやらに突っ込んだのまでは覚えている。
だが、その瞬間に魔法をぶち当てられ壁際に叩きつけられた……。
そうだ、俺はその時にーー
「マナは……マナは!?」
俺は大きな声を出してしまった。その瞬間に頭が割れるような痛みが襲ってくる。
母親が優しく俺の事を抱きしめてくれているが、その手は震えていた。
父親も俺の顔を見ようとはしない。やはり、マナはーー
「今は王国が兵を集めている。マナだけじゃなく、多くの教会関係者と魔術師がこの国……いや、世界から消えたんだ」
「えっ?」
父親が言うには、今回マナだけではなく多くの優秀な魔術師達が消えたそうだ。それは研究所にいた魔術師も例外ではなく、さらに手際の良さからも用意周到だったのだろうと推測されている。
今までも魔女を崇拝する宗教が存在しており尻尾を掴むことは出来なかったが、今回の大騒動により主犯がその宗教「救済の一角」によるものだと判明したそうだ。
そこまで一気に喋り終わった父親が、今度は暗い表情へと変わる。同時に母親も同じ表情になり、沈黙が訪れた。
それは1分にも満たなかっただろう。俺の顔を見ると、もう一度父親が口を開いた。
「そして、王国から俺とティリアが召集された」
王国からの招集……それは家から出る事を意味していた。父親と母親は元々王国の魔術師団団長と副団長、その力は随一だとも聞いている。
その力は俺に継承される事なく、マナに全て受け継がれたのだろう。
俺に魔力はない。むしろ戦いに魔法が必要なのであれば、俺は全くの役立たずなのだろう。
だが……妹のマナを誘拐され、俺はこのままでいたくない……。
「お……俺も一緒にーー」
「フィル……お前は叔母さんの所に預けていく」
父親が俺の目を見ながらまっすぐ言い放った。その顔は苦しさを隠しているのがわかる。
そうだ、俺には魔力がない。もしここで親について行っても足手まといになるだろう。
自然とシーツを握る手が強くなる。
俺は無力だ。家族を作って幸せになろうだなんて考えていたが、何にもできやしない。大事な妹も守れず、力がないばかりに俺は大好きな家族とも離れなければならないんだ。
俺は……無力だ。
「大丈夫よ。私とシモンが必ずマナを救ってみせる。だから、それまでの間……我慢……していい子にして待ってて……ね?」
母親の目には涙が今にも溢れそうな程溜まっている。俺を前にして、泣くまいと必死になっているのだろう。
この2人には感謝しかない。親としても、人間としても尊敬出来る。
俺も泣くまいとしていたが、いつのまにか大粒の涙が目からこぼれ落ちていた。
数日後、俺は両親と一緒に家へと戻った。王国へ出かける日までに準備を整えるのに忙しそうな2人だったが、いつも以上に俺と一緒にいてくれた。
出発当日には今まで倉庫に眠っていた武具などを迎えに来た馬車に乗せ、俺の頭を何度か撫でると馬を走らせ始めた。
俺は父親方の叔母さんが迎えに来てくれたので、一緒に叔母さんの住んでる家へと向かう。なんでも今はもう亡くなった旦那が人嫌いだったらしく、住んでいるのは森と山に囲まれた場所らしい。自給自足しているので、生活にはほとんど困らないんだとか。
向かっている最中に叔母さんが話しくれたが、父親と母親は王国でまた軍の指揮を取るらしい。
俺も強くなりたい。魔法が使えなくても、俺は強くなって妹を助けたい。
優しそうな顔の叔母さんと一緒に、俺は住み慣れた村を離れた。
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