4:裏部屋
「うわぁぁぁぁぁ!!」
なんて最悪な目覚めだ。俺は落とし穴に落ちた夢で寝ていたことに気が付いた。
意識していなくても体がビクンと跳ね上がり、変な汗までかいている。つい大声を出してしまったが、これが家で起きなかったのは幸いだな。
流石に叔母さんに変な心配をかけさせてしまう。
「よっと」
俺は勢いをつけて立ち上がってみた。傷はほとんど塞がっており、体力も全快とはいかないがだいぶ回復した。これならダンジョンからの帰り道も心配ないだろう。
硬い床で寝落ちてしまったせいか、背伸びをするとバキバキと気持ちいい音がしてくる。
昔はマッサージや接骨院によく通っていたが、今は若いおかげでそんな心配はない。若いとは本当に素晴らしいことだ。
俺は部屋の中心部分まで足を運ぶと、そのまま上を見上げた。視線の先には少し暗くてわかりづらいが、赤黒くなったガラスのような物がある。
あれがダンジョンコアだ。ダンジョンのボスを倒し終わると、このダンジョンを破壊するか残すかが選べる。破壊する場合はあのコアを破壊すれば自然消滅するが、破壊せずに外に出るとまたボスが沸く。
地域によってはダンジョンから魔物が溢れ出る危険性を省みて破壊するが、魔物の素材目当てなどで破壊されないことも多い。
自然消滅したダンジョンも、年月を経てまた新しいダンジョンが別の場所で自然発生する。
ま、俺が壊そうと思ってもあの高さじゃ剣は届かないし、スルーするしかないんだけどな。
フロアを見回すように眺めていると、一部の壁が消えている場所があった。あれが話に聞いていた踏破した者に送られる宝箱と帰宅用の魔法陣がある場所だろう。
荷物を整理してそちらの方へ向かっていくと、予想通り台座の上に宝箱が置いてあった。
「ま、そうだよな」
宝箱はすでに空っぽだった。ダンジョンの踏破は最初に行った1名のみに恩恵として与えられる。
以前ここは叔父さんや父親が何度も修行に使っているぐらいだ、彼らに踏破されていたとしても不思議ではない。
期待していないと言えば嘘だったが、苦労して踏破したお土産は先程のビッグゴブリンの魔石と言う事になる。
売ればそこそこのお金になるし、今回手に入れた魔石を全部売れば剣を買い換えるには十分だろう。お釣りで叔母さんに何かお土産を買っていくか。
さらにその奥には魔法陣が淡い光を放っていた。
この魔法陣に乗るとダンジョンの入り口まで戻される。大きなダンジョンでは階層によって行き来出来る魔法陣も存在しているそうだが、このダンジョンは小さいし帰るだけになるだろう。
奥の部屋に入り魔法陣の上に乗る。光に包まれて浮遊感を感じ終わった頃にはもうダンジョンの外だ。
俺はその瞬間を見逃すまいと目を開けたまま魔法陣に乗った。
魔法陣の淡い光が地面から上へ舞い上がり俺は浮遊感が……浮遊感が……ん? あれ? 何もないぞ?
いやいやいや、待て待て待て。今さっきまであった淡い光すら消えたぞ!?
どういうことだ? え、俺に魔力がないから使えないとか!?
またあの道のりを帰らなきゃいけないとうなだれていた俺は油断していた。
淡く光っていた魔法陣の光がふっと消えた瞬間、地面の魔法陣が大きな穴へと変化した。
急な事で周りの地面に手が届くはずもなく、俺はそのまま穴の中に吸い込まれてしまった。
「うあああああああ!」
俺の声が反響して聞こえてくる。落ちた穴は捕まるような場所は一切なく、しかも摩擦が0なのか止まる気配がない。右へ左へとスライダーを滑り落ちるように抵抗できない時間が続いた。
剣を刺そうにも、硬すぎる穴の壁には剣が刺さるわけなく、実質無抵抗のまま俺は穴を落ち続けた。
「エぶしっ!」
しばらく無抵抗でいると、急に終着点に放り出された。地面に着地したのは不幸中の幸いか、トラップなどが待ち構えているわけではなさそうなのでほっと胸をなでおろす。
だがこんな地面に穴が開くトラップなんて叔母さんからは聞いてない。もしかするとダンジョンに存在する隠し部屋なのではないか?
一度だけそんな事が書いてあった本を読んだ覚えがある。その本に出てきた冒険者に連れられてもう一度ダンジョンに向かったところ、そんな場所は存在していなかったとあったが。
もしかしたら一度は行ったら次はないのかもしれない。少しワクワクしながらあたりを見回してみた。
俺が到着したのは薄暗い通路だ。奥の方に道が繋がっており、壁などは今までと同じ様子で今までよりも光量が少ない。
注意しながら歩いていくと、大きな広場に繋がった。
「うおぉ……これは……」
今まででも一番明るい部屋だった。天井はそこまで高くなく、壁に埋め込まれた小さいランタンのようなもので灯りが隅々まで届いている。
先ほどのビッグゴブリンを倒した部屋よりも一回り以上大きく、走り回るには十分な広さを有していた。
そして一番気になるのは、部屋の中央にある台座だ。部屋からは魔物の気配がしないが、警戒しながらその箱に近づいていく。
台座の上には四角い箱が置いてあり、蓋などは一切されていない。その箱の中には俺は生前よく知っていた物が一振り、静かに横たわっていた。
「これは……日本刀……か?」
忘れるはずがない。俺が毎日振り続けてきた日本刀と全く形が同じだ。銃刀法違反で捕まらないように外へ持ち出したことはないが、いつか腰にさして歩きたいと思っていたあの日本刀だ。
鞘から抜かれた刀は美しい艶を醸し出している。手に取るのも躊躇うような名刀。しかし刀身も鍔も柄巻も黒い日本刀など見たことがない。それに相反するように鞘は純白のようだ。
刀身に目を凝らして見てみたが銘はない。余程の腕利きが仕上げなければ、ここまで美しさを兼ね備えた名刀を打つことは出来ないだろう。
刃渡りに至っては、一般的な刀よりも少し長い。
「…………」
生唾を飲み込んでしまった。このダンジョンの隠し部屋に来た褒美なのだろうか。もう一度周りを見回したが、やはりここには俺以外の気配はない。
意を決して刀を手に取ろうと伸ばした時に、近くに文字が彫ってあることに気付いた。
「黒刀……斬魔……? えっ? なんだこれは!?」
そこに開いてある文字を俺はそのまま読むことが出来た。日本語、さらには漢字を使って書いてある文字だ。
この世界に来てからこんな事は一度もない。日本語を見ることなど一切なかったが、今ここで始めて日本語と対面した。
この世界には俺以外の日本人がやってきた事があるのかもしれない。でなければ日本語も日本刀の説明すらつかないからだ。
もし同じ日本人がこの刀を使っていた……もしくは鍛え上げたのなら、俺にも使いこなせるかもしれない。
黒い柄を握り、鞘と一緒に刀を取り出した。
「凄い……馴染む、馴染むぞ!?」
手に吸い付くように馴染む。まるで俺が今まで慣れ親しんだかのような感覚。
さらには刃もしっかりした作りの癖に軽い。2、3度素振りをしてみたが、片手で扱うに申し分ないほどの軽い作りになっていた。
鞘にしまおうと腰に当てた時、周りのランタンが急に消えて薄暗くなり始めた。
警戒するように周りを見回す。そうだよな、こんな素晴らしい逸品がタダで手に入るとは考えにくい。
このダンジョンの裏ボスが待ち構えているのだろう。俺は手に入れたばかりの黒刀を正面に構え、何が来ても対処できるように精神を集中させる。
薄暗くなった所為で遠くまでは見えないが、周りの音はよく聞こえてくる。
不意に斜め後ろから何かが飛んでくる音がした。
俺はすぐに横へ飛んで飛翔物を避ける。足元に着弾したのは魔法だ。小さな爆発とともに地面に焦げ跡が出来ている。
避けると同時に物音がした方へ構えると、そこに裏ボスらしき者がいた。
全身を黒いローブのような物で包み込み、顔や肉体には一切の肉が付いていない。ドクロの目には赤い光が宿っており、骨身の両手には赤と青の炎を準備している魔物。
「まさか……リッチか!?」
アンデッド種族の魔法に特化した魔物であるリッチ。物理攻撃に耐性を持っていて、手数や火力が高い魔法で圧倒して倒すのがよいとされる。
中級の魔法使いであれば難なく倒せるが、駆け出しの冒険者などでは全滅する危険性もある相手だ。
そして俺には最悪な相性である。手に持っているのは黒刀だけ、俺自身には魔力もない。
しかしリッチがいかに物理攻撃に耐性があると言っても効かないわけじゃない……筈だ。やるしかない。
リッチの両手から魔法が放たれ、それを俺は回り込むように避けながら隙を探していく。だが、両手から間髪入れずに放たれる魔法に俺は逃げ回るだけだ。
妹のマナにも放たれたことがない大きさの魔法を叩き落とす自信はない。いや、むしろなんだこの速度は? 俺は逃げ回るのが精一杯で、反撃のチャンスなんて一切ない。
それでも倒さなければ、俺が生きて帰る道がなくなってしまう。
「うおおおおお!!」
俺は無理やり前に走り出した。相変わらず激しい魔法だが、リッチまでの道が無いわけではない。
奴は左右同時に魔法を放った後、僅かな間だけ魔法をチャージする時間がある。その隙を突いて前に出て、一撃を与えたらまた距離を取るしかないだろう。
ヒットアンドアウェイで時間をかけていくしかない。魔法の速度は確かに早いかもしれないが、手のひらから目線を切らなければ発射するタイミングは見える。
よし、後数歩でリッチに剣が届くーーーー
「オゴァッ!?」
急に地面から現れた魔法に俺は腹を撃ち抜かれた。設置型のトラップ魔法……俺の行動はリッチに読まれていたんだろう。
その衝撃で俺は後ろに吹き飛ばされ、二度三度転がってしまった。背中まで走った衝撃だったが、幸いなことに穴は空いていない。
立ち上がろうと体に力を入れると、目の前には絶望が広がっていた。
「うそ……だろ……」
色とりどりの魔法球体が、リッチを隠すように……いや全て俺に狙いをつけて浮かび上がっている。
大きさも、量も、俺を葬り去る事が出来る程……オーバーキルと言っても過言ではなさそうだ。
奥のリッチが生気のない顔で俺が立ち上がるのを待っている。たとえ俺がこの魔法を叩き落としたとしても、誘爆や物量に圧倒されて詰むだろう。
くそっ!! せっかく日本刀を手に入れたのに、ここで俺は終わりなのか?
この黒刀斬魔の斬れ味も試せず……いや、待てよ? 斬魔??
「はっ、賭けてやろうじゃねーか。いいぜ、こいよリッチ!!」
どうせ死ぬならこの刀に賭けてやる。俺の考えの通りならまだ勝つチャンスはある筈だ。
黒刀を握り下段へ構える。やはり日本刀はいい。何百、何千、何万と繰り返して来た型を思い出させてくれる。
足も腕もまだ動く。久しぶり日本刀を使った命のやり取りだ。後悔だけは残させねぇ。
リッチが両手を大きく広げて魔法を動かしてきた。同時に真っ直ぐ3発の魔法が俺に突っ込んでくる。
なぶり殺しにでもするつもりか? なら、それを後悔させてやる!!
「斬心夢幻流下月、始ノ型」
魔法が俺に当たる刹那、刀を魔法へと振り抜き真っ二つにする。その剣筋は何の抵抗もなく魔法を切断し、俺自身への被害は一切ない。
むしろ切られた魔法がそのまま消滅し、跡形も無くなっている。
「これが……斬魔の力……」
奥に見えるリッチが焦っているかのような動きをしている。いや、ドクロなので表情は読めないが、自身が想像した未来と違っていささか驚いているのだろう。
俺のことを最上級に警戒し始めたのか、今度は全ての魔法を俺にぶつけてくるらしい。
なにかを叫びながらリッチが俺に向かって手を広げた。
「ははは、悪いな。もうお前の魔法は……怖くない」
今度は俺が追い詰める番だ。
刀を握り、リッチを真っ直ぐに見据えた。




