そのよん 【結】
がむしゃらに走り続け、気づくとユータの姿は後ろになかった。自転車を止めて荒くなった呼吸を整えながらいま来た道を見つめていると、立ち漕ぎでユータはやって来た。
「ひい、ひい。ちょっと……待ってよ。急に走り出すんだもん。ふう」
そう言うと水筒を取り出してぐいっと飲んだ、がすぐに口から離すと耳の横で振った。
「もう空っぽだ。参ったなあ」
「あそこに店があるから何か買おうよ」
僕は前方にある店を指差した。その店は駐車場が無いタイプのコンビニのような外観をしていたが、どうやら個人商店らしく、どこか薄暗い印象だった。通りに面したガラスには色褪せたお祭りのポスターなどが貼ってある。僕らは自転車を押してその店に向かった。
店の中には誰もいなかった。清涼飲料の冷蔵ケースで買うものを選んでいると、カウンターの奥からおじさんが出てきて、レジのところで腕組みをして僕らを見ていた。僕とユータは同じソーダ水をそれぞれ手にすると、無言でそれをカウンターに置いた。
「いらっしゃい」おじさんはペットボトルのバーコードを読み取りながら言った「支払いは別々でいいのかな」
「はい」
「100円ずつになります」
僕らは硬貨をカウンターに置いた。ソーダ水を手にして店を出ようとした、そのとき。
「君たち、今日はサボりかい?」
おじさんは両手をカウンターにおいて、その顔は無表情だった。ユータは僕を見た。僕はソーダ水のボトルを両手でぎゅっと握りしめると、おじさんの目をまっすぐに見た。
「そうです」
「そうか……ちょっと待ちな」
そう言うとおじさんはレジ脇の小箱からチューインガムを取り出すと僕に放ってよこした。
「持っていきな。気を付けて帰るんだよ」
「ありがとう」頭をさげて小走りに店を出た。
僕たちは来た道をなぞるように、ゆっくりとしたペースで帰った。大きな橋をこちら側に渡り切ったときに、ユータは向こう岸を見つめて言った。
「帰って来たね」
僕はなにも言わずに川の向こうに広がっている街並みを見ていた。
見覚えのある街の景色を通り過ぎるたび、僕を取り巻く日常の気配が濃さを増していく。そうして自分の町に着いたときには夕暮れ近くになっていた。通りの先の方を大きなバッグを担いだひとりの少年が歩いていた。たかし君だとすぐに分かった。僕とユータは寄って行って声をかけた。
「たかし君、いま帰り?」
「うん、いま終わったところ。さすがに疲れちゃったよ。君たちも帰ってきたところかい?」
「うん。川向うまで行ってきた」
「そうか。で、どうだった? 面白かった?」
「えっと……」
ユータは言葉を濁し、僕を見た。その時、僕はポケットのチューインガムを思い出した。
「そうだ、いいものがあるんだ」取り出すと包装を剥いて差し出した。「はい、おみやげ」
「さんきゅー」
たかし君はガムを一枚とると紙をはがし、口の中に放り込んだ。ユータにも一枚渡し、自分も一枚取って口の中に入れた。くちゃくちゃとさせながら僕は言った。
「楽しかったよ。いろんな所を見て、いろんなことがあって」
「学校も見に行ったんだよ。授業中で静かだった」とユータ。
「へえ、面白そうだな。俺も行ければよかったな」
たかし君はにこりと笑ってチューインガムを膨らませようとしたが、すぐにパチンと割れてしまった。
「今度はいっしょに行こうよ。きっと楽しいからさ」
ユータもガムを膨らませようとしたが、やはり膨らむ前に割れてしまった。
僕はふたりの話を聞きながらガムを噛んでいた。そして、あの大きな橋は何色だったかなと思い出そうとしていた。