ラーテ
ラーテ
「すげえええええええ!」
「ナニアレナニアレ!」
「あれ? どこいったの?」
「あそこあそこ! すげぇ飛んでる!」
子供達がぎゃあぎゃあと騒いでいる。
こんなにウケるとは思わなかったので、僕は若干ひいた。
僕が作ったのは竹とんぼだった。
竹が無かったので木材で作ったものだが。ナイフが早速役に立った。
僕は村で道具作りの仕事を任された。
お年寄りは村長のみ。初老にさしかかろうかという村長の息子夫婦と、後は若い夫婦達と子供達だ。総勢150人程。
なので、それほど作るものも無く、ゆるゆると生活している。スローライフ系主人公ルートだろうか。
ジャージとスニーカーは、村長宅の長持ちに保存してある。なので、今は格好も村人と同じだ。
長袖長ズボン。その上から、貫頭衣を被って腰を縛る。温暖な気候だが、重ね着をしても暑くは無かった。湿度が低いのも影響しているかもしれない。
村人達は元々もっと厚着だったらしいのだが、この場所に定住してからこの服装に落ち着いた。
足元は革のサンダル。革靴もあるのだが、村の中ではサンダルの方が過ごしやすい。靴は主に森に入る男達が履いている。
午前中延々と藁カゴや革袋等の編み物裁縫。村で使っている消耗品、道具などを作り置きして、午後は子供達と遊んだり、個人的に何か作ったりしている。
この仕事は元々村長の息子嫁さんの仕事だったのだが、最近は腰がしんどくなってきてあまり長い間座っていられないらしい。それで僕が後を引き継ぐ事になった。
僕は彼女から仕事を習った。元々手芸工作は得意だ。地球に居た頃から趣味でやっていたので、一週間もあれば一通り覚えられた。
家も与えられた。以前は村長の家に居候していたが、今は村の端の方に作ってもらった家に住んでいる。
木材でフレームを作って、森で刈ってきたススキの様な長い草を周りに巻いたり縛り付けたりする。地面に同じく草を薄く敷き詰めて、すのこの様な板を数枚置く。出来上がり。
焚き火なんかは外でやる。トイレも外だ。
村長の家と同じクオリティ。なんて良い家なんだろう。
村の家全部同じだが。
村の人達にとって家は寝るだけの場所なのでこんなものだ。
基本皆外にいる。健康的でよろしい。
僕も作業場は外だった。材料なんかは家の中の端っこに積んである。雨が降るとまずいし。
マイハウスの隣には、倉庫がある。作った物はここに保管しておいて、必要な人は取っていく。別に勝手に取っていってもいいのだが、僕が責任者という事で、一応僕に一言断ってから取っていく。確かに、気付いたら備蓄が無くなっている場合もあるかもしれないので一言声掛けは良いのかもしれない。
なお、この倉庫とマイハウス、扉以外は見分けがつかない。
作業自体は材料を持ち出して外でやる。朝起きて、朝日の陰になる方に回り込んで作業。太陽が真上に来たら家に入って昼寝。
午後は外に出て子供たちと遊んだり、朝とは逆の方に回って日差しを避けつつ再び作業。夕方になったら、それぞれ思い思いの相手と集まって食事。後は寝る。
だいぶ緩い生活だ。
・
「ミチザネすげー!」
「ミチザネって変な名前だけどすげー!」
「変な名前なのにすげーものつくれるなんてすげー!」
騒ぐ子供達。
道真ミチザネ、という僕の名前は、最初呼びにくいと不評だったが皆もう慣れた様だ。
村長さえしばらく名前覚えてもらえなかったもんな。皆が僕を兄弟とか坊主とか呼んでたのは名前が難しかったせいだと最近知った。
ぶっちゃけ、僕が帰って来た時誰も僕の名前を覚えていなかった。いつでも帰って来いって言ってたのに。
「あのなぁ、僕が生まれた国じゃ、ミチザネってのは学問の神様の名前なんだぞ?」
「「「ミチザネすげええええ!」」」
こいつら本当にわかってるんだろうか。
菅原姓も相まって子供の頃からだいぶからかわれたが、まぁ皆僕の名前を呼んで楽しんでいるみたいだし、名前を付けてくれた親に感謝しよう。
「ほら、皆の分もあるぞ」
そんなわけで、竹とんぼ教室が始まった。
最初のうちは上手く飛ばせなかったが、あっという間にコツを覚えて、竹とんぼを飛ばしてはそれを追いかけ、拾って、また飛ばして追いかけてを繰り返している。
午後暇で僕に絡んできた3人と、いつの間にかもう5人増えていた。
そして途中で大人が2人増えた。
仕事サボってきたんじゃないかこいつら。
「あ、ラーテねーちゃんだー!」
女の子達がラーテに群がった。
僕の嫁は、特に女の子に人気がある。男の子はちょっと距離とってるな。
「皆仕事はちゃんと終えたのか?」
「「「うん!」」」
子供たちの元気な声に、テーラの顔が緩む。
そして、
「ミチザネは男のくせに手先が器用なぐらいしか取り柄が無いからな。いつも家にいる。いっぱい遊んでもらえ」
キッと僕を睨む。
僕にもソフトな対応をしてくれないものだろうか。子供扱いでもいいから。
とはいえ、美人はどんな顔をしても美人だ。
さっきの子供達へ向けた笑顔もドキッとしたし、今僕を睨んでいる顔もゾクゾクする。
そう、彼女は僕の嫁。ラーテという。
・
僕に拒否権は無かった。
と言っても、嫌々結婚したわけじゃない。むしろ嬉しい。
僕はかわいい系よりも美人系が好きだ。彫りが深くてはっきりした顔立ちのラーテはドストライク。
体付きも、ぽっちゃりより痩せている方が好きだし、痩せているより鍛えられた体の方が好きだった。スポーツアスリート女子好きというんだろうか。ラーテはこれにも当てはまる。
胸の大きさについては割りとどうでもいい。これも悲しいかな当てはまる。
なので、見た目的には全く問題が無い。
残る問題は、彼女をよく知らないという事と、彼女が僕を嫌っているらしいという事。
彼女の姿は最初に村に来た時から見かけていた。話した事は無かったが、150人程度の村だ。顔を見たこと無い村人なんて居ない。
この村に残っている結婚適齢期の女性は彼女だけらしい。
村長とその息子夫婦、体力がある若い男女、まだ子供がいない若い夫婦達が新天地を求めて旅立った。
ラーテは、それに付いてきた少女だったのだ。
子供の頃から丈夫な体で性格も強情頑固。いつの間にか付いて来ていた彼女を見捨てるわけにもいかず、一緒に旅をした。
そして、この場所に辿り着いた。その当時はまだ結婚に早かった。だが、その後も貰い手が無いまま時が過ぎた。
新たな村で夫婦ができ、子供が生まれ、いつの間にか彼女1人が余ってしまった。
元から女性を多く連れてきていた。
厳しい旅と予想しながらそれはどうなんだと思ったが、村長によれば「女性が多く元の場所にいればまたすぐに人が増えて生活できなくなってしまう」という事らしい。
厳しい旅を予想していたが、意外にも死んだのは家畜のヤギが3頭。2年近く旅をして、皆無事にこの草原に辿り着いた。
そんなわけで、この村の半分の家庭は一夫多妻だ。これから一気に村の人口は増えて行くだろう。
だが、誰の嫁にもなれなかった少女が1人、いつの間にか大人の女性になっていた。
嫁入りの話はあったが、本人が全部断ったらしい。
しかし、今回はなぜか、渋々ながらも承諾した。理由は村長も知らない。
そんなわけで、村長に頼まれて、僕たちは結婚した。
結婚と言っても特にお祝いとか、そういうのは無かった。
子供が7歳になったらお祝いする。
ここでは数え歳で、年明けのお祭りが同時に、結婚祝いと出産、子供の成長祝いを兼ねている。
そんなわけで、僕達のお祝いは早くても7、8年後の年明けなわけだけど……
・
「村長、どうして僕あんなに嫌われてるんですか?」
「それは儂も知らん。男には冷たい女だったのは確かなんじゃが、お前さんにはさらに酷い様じゃの。むしろ、どうしてお前との結婚を了承したのか儂が知りたいぐらいじゃ」
僕はたまに村長とだべる。この世界の話を教えてもらうのが最初の目的だったが、最近はどうでもいい日常会話が主だ。
いや、うちの嫁の話はどうでもいい話じゃないよ?
「なんか…… 僕が道具作ってるのが気に入らない感じなんですよね。邪魔したりはしないんですけど、ちょいちょい文句言ってくるんですよ」
「ああ…… たしかにな…… 男で物作りというのは珍しいからの。村の男達は皆森に狩りに行っとるし」
「やっぱそれなんですかねぇ」
男らしくないという自覚はある。
これでも多少体は鍛えていたつもりだ。街で肉体労働もしていたし。
でも、村の男たちのワイルドなボディに比べたらかなり見劣りする。
それに、狩りとか…… そうか、狩りか。
「村長、僕、狩りに行こうかと思うんですが」
「狩りに? やめとけやめとけ。お前さん、ウサギに襲われても死にそうじゃ」
「でもやっぱり、男が狩りに行かないってのは、変なんじゃないですか?」
「そうじゃのう…… 儂みたいな年寄りになると、色んな物を見たり聞いたりしてるもんじゃて、手先の器用な男というのもアリじゃと思うが…… 難しいところじゃのう」
流石にラーテがおばあちゃんになるまでそのままというわけにはいかないだろう。
「狩りって、皆どうやってるんですか? 弓で?」
村の男たちの装備を思い出す。
腰には棍棒。手には木槍で、弓矢を背負っている。武装過多にも見えるし、どれが決め手か分からない。
「獲物によるじゃろ。鳥なら弓矢じゃし、遠くの獲物もそうじゃな。獲物を棍棒で叩いて失神させれば綺麗な皮を剥ぎ取れる。槍で囲めば大きな獲物も狩れる」
獲物は一種類じゃないし、攻め方も色々で全部持っているって事か。
「とは言ってもの。儂らはここに来て数年じゃ。これが正しい狩り方なのかわからん。元々草原にいたしの。弓矢ばかり使っておったわ」
「罠とか使った事無いんですか?」
「罠とな? ……はて? そういえば使った事が無いの。草原にいた時から罠なんぞ使った事ないわい」
「罠自体は知っているんですよね?」
「まぁな。しかし作り方も知らんし、どんな罠があるのかも知らん」
「う~ん。ちょっと作ってみようかな」
「それは良いかもしれんの。お前さん向きじゃ。罠を仕掛ける時と見に行く時に護衛をつければいいじゃろう」
そういう事になった。
・
「分かるか? これは獣道だ」
「え? どこ?」
「ははは、すぐに分かるものじゃないさ」
太陽が登ってすぐに、僕と護衛の若い衆3人はざくざく森に入っていく。
午前中は皆仕事をする。
男は狩りに出かけ、女は川から水を汲んできたり、畑、ヤギの世話。そして、色んな作業を行う。
パン焼きなども晴れた日に村の中央広場の竈でまとめて行う。小麦粉は数ヶ月に一度の街への買い出しの時に買ってくるみたいだが、基本が肉食であまり重要視していない。
午後は皆思い思いに過ごし、夕方に食事をとって暗くなったら眠る。眠れない夜は夫婦の営みだ。なお、声が筒抜けだった。びっくりしたが、それが普通で別に気に止める者も居ないらしい。
そういう夜には子供達を他の家庭に預ける。実際、うちにもお隣さんの子供達が泊りに来た。声が筒抜けなのに気付いたのもその時だった。
聞こえるといっても、やはりそれほど大きく聞こえるわけではないし、子供達はぐっすり眠っていた。
僕はといえば、興奮とはちょっと違う、恥ずかしさや焦りに似た感情でなかなか寝付けなかった。
・
使っていないサイズのロープが大量にあったので、それを使ってくくり罠を作った。
このロープ、使っている草の性質なのか強度もかなりある。しかし細すぎて掴みにくいとか言われ不評だ。僕はこれ太いと思うんだが。だって、指より太いぞ? 地球じゃ十分ロープのカテゴリーだと思う。
他に使ってくれる人もいないので、惜しみなく罠に使った。
森を回って10箇所に罠を仕掛けたらもう昼になっていた。
「仕組みは凄いと思うが、こんなもんで本当に獲物がかかるのか?」
やはり皆半信半疑だ。というか、僕もあまり自信が無い。
「さて、わかりません。午後にまた回って見たいと思います。お願いします」
「ああ。まかせろ」
「あ、そうだ、カゴあるか? うちのもうボロボロで穴開いちまって」
「ありますよ。帰ったら渡しますね」
村人達は、僕が男なのに道具作りしているという事につていは特に何も言わないし認めてくれている。
だが、ラーテだけは気に食わない様だ。何でなんだろう。
・
帰るとラーテが子供達と遊んでいた。
子供には優しいんだよな。
罠を回るのは、夕方前を予定している。
設置には半日かかったが、見て回るだけなら2時間もかからない。
運が良ければ夕食が少し豪華になるか。
若い衆の1人にカゴを渡した後、木材を家から出してきて、趣味の木工を始めようとした。
「ミチザネ、森に入っていた様だな。獲物は獲れなかったのか?」
「あ、うん」
ラーテがいつの間にか背後に立っていて、突然話しかけられた。びっくりした。
言葉はまだ覚えていない。先にラーテの気配に気付いたが、気付かないまま話しかけられていたら翻訳魔法が働かなかった。僕に対するラーテの態度はあんな感じだから、聞き返すと睨まれそうだ。
言葉は習っているけど、まだまだ上手くはない。早く憶えないと。
僕の返事に、ふん、と息をついて、つまらなさそうに子供達の元へ戻って行く。
ちょっとは期待してくれたって事か? 気にかけてくれただけでも少しは前進なんだろうか?
・
木工を嗜んでいると、若い衆が呼びに来た。いつの間にか時間になっていたらしい。
道具と木材を片付けて、一緒に森に入った。
1つ目の罠。ハズレ。
2つ目の罠。ハズレ。
ずんずん森の奥へ入っていく。円ではなく、直線で仕掛けたのだ。どの程度深く入ると獲物が多いのかの調査でもある。
3つ目の罠。ハズレ
「こいつぁダメなんじゃねぇのか?」
「まぁこういう時もあるさ。俺たちだって獲物が獲れない時が半分だ」
と、若い衆がすでに慰めモードに入っている。
僕も結構めげているが、とにかく全部確認しよう。
4つ目の罠、
「おおお?」
声を上げたのは若い衆の1人だった。
「やったぁああ!」
僕も叫んだ。
4つ目の罠。アタリ!
くくり罠に引っかかり、空中でもがいているウサギがいた。
「すげぇ、浮いてやがる」
「ひっかかるとこうなるんだな。おもしれぇ」
「ミチザネやったな!」
お褒めの言葉を頂き光栄です。
僕はどっと疲れて、膝から地面に落ちた。
「おい、大丈夫か?」
若い衆に支えられる
「ははは…… 気が抜けちゃって。罠全部外れてたらどうしようかって…… よかったぁ」
深い息を吐く。
このくくり罠は頭上よりもずっと高い木の枝から掛けている。
やたらとしなる木が多くてこんな感じになった。
地面に埋め込む方のフックも、若い衆達にかなり深く打ち込んでもらった。試しに僕が抜こうと踏ん張ってみたが、微動だにしなかった。再利用も十分可能だ。
この森の動物はまだすれていないみたいだ。毎日の様に森の中に村の男達が入っている割に、罠に対しては警戒が薄い。村人達が気付いていないだけで、案外近くで見られていたのかもしれない。ニオイも薄いし人の姿が見えない罠を、ウサギはどう感じただろうか。
地球では動物がワイヤーの鉄臭さを避けるらしい。道具の原材料は元々この森のものなので人のニオイもあまり気にならなかったはずだ。
5つ目の罠はハズレだったが、6つ目の罠はまたウサギが掛かっていた。
だが、7つ目の罠は……
「食われてるぞ」
7つ目の罠は作動していたが、空中で肉の塊がぶら下がっているだけだった。
おそらく、罠にかかったウサギを見つけて食った獣がいるのだ。
ロープからぶら下がったウサギだったモノは空中で止まっている。食われたすぐ後というわけではないみたいだ。
若い衆が無言になり、周りを警戒する。
「どうする? 他も確認しとくか?」
との問いに、
「はい。おねがいします」
と答えた。
ゆっくりと時間をかけ、罠を確認していく。
8つ目、ハズレ。9つ目はまた同じようにウサギの体の一部のみ。
そして最後。10番目の罠に近付くと、ざりざりと妙な音が聞こえてきた。
3人は身振り手振りで僕に伏せる様に指示した。僕は身をかがめて、茂みの中に隠れる。
ゆっくりと3人が前へ進んでいき、茂みの中の僕からは見えなくなる。
ざりざりという音がさらに激しくなった。
そして、
「ミチザネ、大丈夫だ。出てこい」
若い衆の声がした。
相手の姿が無くても翻訳魔法で変換できていた。相手の存在を認識していることが重要なのか?
僕はそれに従い、茂みの中から出て3人が進んだ方向、10番目の罠の場所へと歩く。
3人は吊り上げられた何かに槍を向けていた。
そいつは、後ろ足の一本を罠に吊り上げられ、ギリギリ届く片方の前足で地面を引っ掻いている。
中型犬ほどの大きさのそいつは、
「何ですかコレ」
「ヤマネコだ。初めて見るか?」
「はい」
こいつがヤマネコ。虎の子供みたいなものかと思っていたが、シルエットが細い。体の割には頭が小さく見える。手足が長くてしゅっとしている。オレンジ色の毛並みに黒いまだら模様が付いていて、耳がやたらと大きかった。
地球のサーバルキャットに似ているが、鼻口が長く、爪は太い。
今もしゅうしゅうと息を吐きながら牙をむき出しに威嚇してきている。しかし、吊り下げられ続けて体力を奪われたのか、あまり勢いは無い。
本当は首や前足が罠にかかるはずなのだが、こいつはなぜか後ろ足だった。ウサギが居なかったので周りをぐるぐる回って足が掛かったんだろうか。
「罠にかかった獲物を食ったのもこいつだろうな」
「罠にかかったウサギを食って味をしめて、罠を探しまわっているうちに自分が引っかかっちまったんだろう」
「ひでぇな。ヤマネコも吊り上げちまったらこのザマか」
「強いんですか?」
「ああ。こいつらは動きもすばしっこいし、あの牙で噛まれたらヤバい。一人で森の中にいる時は相手したくないな。と言ってもそうそう襲いかかってはこねぇが。まぁ毛皮は高く売れるな」
そういえば毛皮加工の仕事してる奥さん達の1人はこの兄弟の嫁だったか。と考えているうちに、若い衆が棍棒でヤマネコの頭部をめった打ちにする。
ヤマネコはしんだ。
・
そろそろ夜というところ。
森に入った3人とその嫁の方々、僕とラーテ、村長とその息子夫婦、そして子供達で焚き火を囲む。
罠で取れたウサギは皮を剥がされ、肉を切り分けられて串焼きになっている。僕達が獲ってきた以外の獲物も串焼きでじゅうじゅう肉汁を垂らしている。村長の息子さんが鳥を獲ってきたのだ。
そして、ひときわ大きな肉の塊群。
炎にあぶられて、じっとりと脂が滲みだしている。
落ちた脂がぱちぱちと音を立てて爆ぜ、肉汁の香りが漂う。
・
ヤマネコは僕が担いで返ってきたが、多分10kgぐらいはあった。罠の枝とロープがもって良かった。踏ん張りが効かない状態だったから無理矢理ロープを引っ張る事はできなかっただろうけど、それでも暴れ続けたら切れていたかもしれない。前足が地面に付いてたから、それで頑張ろうとしたのかも。
これで子供らしい。大人はさらに一周りぐらい大きいという。
若い衆が目の前で解体してくれたが、ウサギなどと違い、大型の獣はやっぱりキツイものがある。サイズが人に近ければ近いほど、内臓を内臓と認識できてしまう。
だけど、解体も男の仕事だ。死体に襲われるわけでもないし。憶えないと。
子供達と一緒に解体の様子を観察した。
「そろそろかの」
村長の言葉に、肉を火からあげて、切り分け、それぞれの皿に盛っていく。
村長が食べ始めてから皆一斉に肉に食らいついた。
女性達は家族以外の男性に食べるところとあまり見られるのはダメらしく、それぞれの旦那の後ろに隠れて子供達と一緒に食べている。
ラーテも僕の後ろだ。僕より体大きいんだけど、ちゃんと隠れられているだろうか。
「うめぇえええ!」
「ヤマネコはじめてたべたー!」
「すげぇ! 肉すげぇ! 肉でけぇ!」
子供達は元気だな。
それをたしなめる母親達もどこか嬉しそうだった。
「ミチザネありがとー!」
「ミチザネすげー!」
「ミチザネはヤマネコよりつええんだね! あれ? でもウサギより弱いんでしょ? ウサギ最強?」
ちょっと変な子もいる様だが、概ね僕に感謝の言葉を送ってくれた。
凄く嬉しい。
「村長、すげぇぜミチザネは。こいつぁいい拾いもんしたぜ」
「ミチザネ他にも何か作れるか?」
「ミチザネさんが作る道具は良くできているのよね」
「もう教えた私よりも上手だものね」
「ミチザネこのまえヤギに突き飛ばされてたよ」
「でもヤマネコ倒したんでしょ?」
「ヤギ最強?」
などなど、男の人からも女の人からも子供からも声が聞こえてくる。
僕の評価が上がったみたいだ。
「ミチザネ、ちょっと……見なおした」
嫁もこんな感じだもの。自然に僕も笑顔になりますよ。
だが、そんな嬉しい時間は長く続かなかった。
「村長、ミチザネの罠はすごいですよ。ヤマネコさえ捕まえちまうんですから」
「あれは凄かったな。厄介なヤマネコが吊り上げられただけでああも無様になっちまうとは」
「踏ん張りがきかねぇからな。よくできた罠だぜ」
そんな若い衆の話に、すっと、僕の周りの空気の温度が下がったのを感じた。
気のせいだったら良かったんだけど。
「ミチザネ、罠とは何だ?」
冷えきったラーテの声。落ち着いた喋り方で、しかし、確実に怒気をはらんでいる。
「罠っていうのは、仕掛けておくと獲物が……」
「そういう事を言っているんじゃない!」
突然叫んだラーテに、一同がはっと黙る。子供達さえ目を丸くして口をつぐんだ。
「罠…… 罠だと? お前は罠で獲物を獲ってきたのか?」
僅かに声が震えている。
ラーテは立ち上がり、僕を見下ろしていた。
座ったまま見上げる僕をギリッと睨み……
次の瞬間、宙を炎が舞った。
それが焚き火で、僕の体が地面に倒れこんだと理解するまで少し時間がかかった。
殴られたらしいと理解するまでさらに少し。
意識がはっきりする頃、もうラーテの姿はなかった。
「……まぁ、気にすんな。テーラは昔からあんなもんだ」
「ミチザネさん、ラーテさんには私から言っておきますから」
という奥様方の言葉に、
「いえ、いいです。僕がちゃんと話をしますから」
怒りは湧いて来ない。
ただ1つ、彼女は一体何を求めているのか。その疑問だけだ。
しかし、気まずい。
姿を消したとはいえ、多分帰ったら家にいると思う。
彼女はどんな暴言を僕に浴びせた後でも、しっかり家に帰ってきていた。
お互い家の端っこに別れての就寝だが、それでもちゃんと同じ家で眠る。
彼女だってそれなりに反省しているのだろう。
ああいう性格だからハッキリ言い出せないけれど、夜は僕と一緒に眠ってくれるんだから、顔も見たくない、とか、同じ空気を吸うのも嫌、という程嫌われてはいないはずだ。
とはいえ、どうしたものか。
僕も立ち上がり、
「じゃあ、僕は帰りますんで、皆さんはごゆっくり。おやすみなさい」
「「「おやすみー!」」」
子供達の元気な声に背中を押され、家路を辿る。




