土魔法炸裂!
土魔法炸裂!
何の事はない。
あの背中に刺さった剣や槍を使えばいい。
あれを土魔法で変化させる。
体に刺さっている切っ先に鉄量を集めて、ドラゴンの体内で伸ばすなり分化させるなりして内臓を切り刻んでやる。
一応生物みたいだし、内臓をやれば殺せるだろう。
背中まで行って直接触れて変化させたい。遠距離では精度が劣るし、単純な変化ならともかく、複雑な変化は距離が近い程いい。ありったけの魔力をぶちこんで奴の内臓をミンチにしてやる。
最低でもあの巨体に張り付くぐらいには近付きたい。
「お前、死ぬぞ?」
僕の作戦に対するエイダさんの感想はそれだった。
「でも、この方法なら多分殺せます」
僕もできれば御免被りたいのだけど、このままでは時間の問題だ。あの壁の向こうに誰もいない、後ろから襲ってくる者もいないと気付いたら、冒険者探索を再開する。そうなったら逃げきれない。
「確かに…… それなら殺せるだろう。だが奴は背後からの奇襲を警戒している。背中に張り付く前にお前は死ぬ」
ごもっともです。
「だが、ブレスは真後ろに放てない。尻尾と後ろ足さえ避ければなんとかなる…… か?」
エイダの中でわずかばかりの勝算が出た様だが、本隊も同じように思って後ろから襲いかかって殺されたんだろうな。
・
アタシはミチを残して茂みを出た。
あいつはなぜかゴブリンの毛皮を装備していた。何でそんな気持ち悪い物を着ているのがよくわからないけど、ミチはちょっと頭のおかしな奴だから、それなりに似合っているとも思える。
ゴブリンの毛皮は色も緑色だし、フードも被っていたから、アタシが飛び出した拍子に見つかるという事はないはずだ。
アタシが目の前に現れて、ドラゴンはすぐに追ってきた。
アタシはひたすら走る。重い装備は全部置いてきた。体が軽い。さっきよりも素早く動けるが、ミチがいないからブレスを警戒してジグザグに走らなければならない。
地が揺れている。背後から木々の砕ける音がする。木片や地面から掘り返された小石が飛び散って、バツンバツンと体を叩く。
ごうっと音がした。背中に熱を感じて走る方向を変えた瞬間炎が横切った。大丈夫だ。まだ避けられる。
大きく円を描く様にアタシは走った。
ミチはどんくさいところがある。時間を稼げるだけ稼いでやろう。
それにしても、アタシも焼きが回ったもんだ。
新人のために走り回っている。命に関わるってのに、結構楽しい。
さぁ、見えてきた。
結構な時間を稼いでやった。あの時燃やされた土壁が見えてきた。表面は黒焦げだが、もう炎は消えている。
ドラゴンの炎は案外早く消える。油とも違うみたいだ。ミチは『きはつせいぶっしつ』とかわけのわからない事を言っていたが。
左右には最初にドラゴンが付けた足跡が残っている。その中央には、尻尾を引き摺った跡。
僅かに土が盛り上がっている場所があった。足跡と尻尾跡の間ぐらいだ。
アタシは中央を走り抜ける。背後から熱の気配があった。このタイミングで。ミチの奴はかなりの強運が有るみたいだ。
アタシは黒焦げの土壁を飛び越えて、反対側に伏せた。
辺りが熱に包まれる。激しい炎の音が耳を塞ぐ。
それはすぐに消えた。
壁から僅かに顔を出すと、ドラゴンが左右に首を回している。攻撃した後警戒する癖が付いてしまっている様だ。本隊の連中はかなりドラゴンをびびらせたらしい。
「どうしたー! おわりかー?」
大声を張り上げた。ドラゴンを目の前にアタシは何をやってるんだか。
ドラゴンがこっちを向いた。口を開ける。ブレスで来てくれる。今更だけど、このまま突っ込まれた危なかった。ミチのやつ、作戦に穴があったじゃないか、くそ。
でも、おおむねお前の思い通りだよ。
「ミチぃいい! 今だあああ!」
アタシは激しく叫んで、壁の後ろに転がり込んだ。
炎が辺りを包む。だが、土壁はドラゴンのブレスを防いだ。
ミチは頼りない男だが、あいつが作るものは頼りになる。
・
エイダの声が聞こえた。
僕は土魔法で土をどけて地面から這い出す。
足跡も尻尾跡も無いところに隠れたが、踏み潰されるかどうかは分からなかった。
ただ、体もデカイし重そうだったので、同じルートで走ってくればだいたい同じような所に足も尻尾も付くだろうと、そう思ったのだが、地面に潜ってからそれが希望的観測だと気付いた。
幸運値も補正掛かってるんじゃないだろうか。
尻尾に刺さっている槍に手を伸ばした。
・
ふがっ、と間抜けな声が聞こえた。ミチかと思ったが、ドラゴンだった。
炎を吐いた瞬間飛びつかれるとは思わなかった様だ。
壁から顔を出してみると、尻尾に登ったミチが見えた。
剣や槍を手掛かりに、背中の方へ上がっていく。あ、まて、矢を掴むのはやめろ! 折れる。
矢に伸ばしていた手を途中で引っ込めて、隣の剣を掴んだ。あぶねぇ。見てるとヒヤヒヤする。
ドラゴンは後ろ振り返ろうとして、ぐるぐると体を回していた。
あの体の構造じゃ背中に張り付いたのを引っぺがす事はできないだろう。
本隊もそうしたはずだ。だが、本隊はやられた。
飛ぶまでが勝負だ。奴が飛んで空中で一回転でもすれば人間なんて簡単に振り落とされてしまう。
アタシもこうしちゃいられない。
・
「ふおおおおおおおっ」
どんな絶叫マシーンだこれ。そんなにスピードが乗っているわけでもないのに横Gが凄い。
ドラゴンは尻尾から上がった僕をどうにか落とそうとぐるぐる体を回している。尻尾を追いかけるイヌか。
革手袋のグリップ力を借りて、近くの剣や槍を伝って背中を進んでいく。
大丈夫だ。これぐらいならまだ振り落とされない。
一番先にある剣がドラゴンの背中辺りだ。あれを変化させれば内臓に深刻なダメージを与えられるはず。
ごばっ、と音がしてドラゴンが翼を広げた。
翼膜は穴だらけで、飛べそうに見えない。だが、飛んでいるところを直に見たのだ。
もしも飛ばれて宙返りでもされたら僕なんてあっさり落ちてしまう。ぶら下がるだけならまだしも、回転にGまでかかってしまったら耐えられない。
「くそっ」
僕は両手で握っている2本の槍を変化させた。
槍の穂先を木の根のイメージでドラゴンの体内に伸ばす。
空気が震えた。ドラゴンの激しい咆哮。耳がキーンと鳴って他の音が遠い。
なんとか飛び立つ事は食い止められた様だが、ドラゴンは激しく暴れている。飛び立たなくても振り落とされそうだ。
僕は二本の槍を両手に握りしめ、大の字に寝そべってドラゴンの腰辺りに張り付いている。突き刺さった武器を頼りに匍匐前進で前に進む。
ふと、剣や槍が突き刺さっている部分に目がいく。
ウロコが砕けて刺さっていた。ひび割れたドラゴンのウロコは陶器の様な質感だった。よくこんなものに突き刺せたな。
武器自体の性能だけでなく、冒険者の技量も相当なものだったはずだ。
そんな冒険者達でも倒せなかったドラゴンを、僕が倒す? そんな馬鹿な。
今更ながら、自分のやろうとしている事の無謀さに気付いた。
「うおおおっ! こっちだ!」
エイダの声が聞こえた。
背後へ首を伸ばそうと一生懸命だったドラゴンが前を向く。体の回転が止まった。
エイダはドラゴンの正面で、四叉槍を持って気を引いていた。
諦められない。僕はエイダも巻き込んでいる。今更引き返すことなんてできない。
エイダが四叉槍をぶん投げた。
四叉槍はドラゴンの頭部に直撃し、甲高い音を立てて刃を散らせた。
元が農業用フォークだし、藁相手に作られた鉄だ。ここに刺さっている冒険者の武器の様にはいかないだろう。
しかし、エイダだってドラゴンの頭をかち割るつもりで投げたわけじゃない。
「こっちだ!」
ドラゴンの気を引いてくれている。
「ありがとうございますっ!」
僕は叫んで、僕から後ろの方の武器を全て鉄の根に変えた。距離があるものは細かい変化はできないが、そんな事気にしていられない。
ドラゴンの体の中に侵入している部分に鉄量を集め、そして体内に広げた。
剣の柄や、槍、短剣、矢の柄が支えを失ってドラゴンの背中に倒れ、カラカラと地面に落ちていく。
傷口からじっとりと血がにじみ出てきた。ドラゴンの血も赤かった。赤黒い血が傷口から湧きだしてウロコの輪郭を伝っていく。
ドラゴンはさらに悲鳴を上げた。僕の鼓膜はもう限界だ。僕も思わず叫んだ。外からの大きな音を内からの大きな音で打ち消そうとしたのか。自分でもよく分からない。感情が高ぶっていた。
ドラゴンのくせにロデオマシンみたいに揺れている。
ザリザリと妙な感覚があると思ったら、目端に緑色の毛が飛び散るのが見えた。
あぶねぇ。ドラゴンのウロコあぶねぇ。生身か薄着だったら体がずたずたになっていた。
ゴブリンの毛皮を用意してくれた村長に感謝。
揺れるドラゴンの背中で何度も腹を打つ。痛い。でも大丈夫。振り回されてくらくらする。でも大丈夫。進む方向は分かる。いける。
「おっ? いいね」
思わず口にする余裕もある。
目の前にはハルバートが突き刺さっていた。重さもあるかもしれないが、こんなものをよく突き刺せたな。
鉄量だ。鉄量が豊富だ。
腰の辺りに刺さったそれに集中する。魔力を一気に汲み出した。
ハルバートは柄も鉄製だった。どんな冒険者が使っていたのか。僕なら振り回しただけで腰が折れる。
ハルバートが視界から消え、巻かれていた布や革が落ちる。
元ハルバートの鉄塊を木の根の様にドラゴンの腰に放った。
がくん、と、ドラゴンの腰が落ちた。
やはり僕には幸運値の補正が掛かっている。
横を見ると、ドラゴンの後ろ足が地面に放り出され、弱々しく痙攣している。
脊柱神経を傷つけた様だ。
揺れが少しマシになったと思ったら、再び耳をつんざく爆音。ドラゴンは激しく咆哮する。
帰ったらしばらく静かな所で過ごしたい。
この短時間でドラゴンの言葉が理解できる様になったのかわからないが、驚きを含む咆哮だと感じた。
再び翼が広がった。
そりゃそうだろう。後ろ足が効かなければ飛ぼうと思うだろう。僕でもそうする。僕には翼が無いのでドラゴンが飛んだら地面に真っ逆さまだが。
「くそっ!」
悪態をついたが、どうする事も出来ない。
そこにエイダがロングソードをぶん投げた。
ドラゴンの目の辺りに当たって、跳ね返った。折れはしなかったが、刺さりもしない。
しかし、お陰でまた少し時間が稼げた。
エイダは茂みに置いてある装備から武器だけ持ってきた様だ。鎧は着ていない。
命知らずだが、僕のためにやってくれている。代わりに僕がエイダの命を守らなければならない。
やっと辿り着いた剣にしがみつく。ここが終着点だ。
「さぁ、ハラワタをぶちまけろ!」
傷だらけの決めゼリフを叫び、全力で魔力を解き放つ。
僕の周囲の武器がドラゴンの背中から消えた。カラカラと音を立てて武器の柄が転がっていく。
ぶちゅっ、と傷口からわずかに血が飛んだ。
魔力アンテナ用の僅かな鉄針のみがドラゴンの皮膚から付き出ている。
ドラゴンの皮下に鉄が集まった。
「ぬあああああっ!」
気合と共に、もう一度、魔力を解き放つ。
変形した鉄が木の根の様にドラゴンの内臓をえぐる。
変形した勢いで僅かな鉄針さえもドラゴンの体内にめり込んでいく。
空が裂ける様な咆哮が響き渡った。
もう鼓膜割れてるんじゃないだろうか。耳が凄く痛い。
続いて、地の底から響く様なうめき声。
ばしゃばしゃと水音が聞こえた。
ドラゴンが吐瀉物を撒き散らしている。どす黒く、ところどころ赤い粘液が水音を立ててそこら中に飛び散っている。ムッと広がる酸っぱい臭いと鉄の臭い。
時折光るものが見えた。限界の鼓膜に金属音が聞こえてくる。
食ったんだ。コイツは。
内臓を損傷して胃の内容物を吐き出した。
これで終わったかと思ったその時、またドラゴンが翼を広げた。
逃げる気だろうか。それとも、距離をとって戦う事にしたのか。
どっちにしても不味い。だけど、もう武器は全部体内だ。
ドラゴンの体内で鉄を変化させようとしてみたがダメだった。せめて体の外に出ている部分に触れられればいいが、変形させた勢いで魔力アンテナ用の鉄針まで全部埋まってしまっていた。
「ちくしょう!」
まさかここまでやって死なないなんて。
ドラゴンの生命力を甘く見ていた。
鳥肌が立つのを感じる。
魔力の流れも感じた。これは風魔法だ。
被ったフードの中で髪の毛まで逆立った。これって……
ごう、と、翼の周りに風が発生した。
「くそ!」
だが、ドラゴンは飛び立てなかった。
風魔法が吹き荒れる中、一本の矢がドラゴンの目に突き立った。
あの矢は知っている。僕が作ったものだ。
「サースラ!」
姿は見えないが、彼女に感謝した。
ふっと、風魔法が掻き消えるのを感じた。
そしてまた咆哮。耳が馬鹿になったのか、もうあまりうるさく感じない。
「おおおおおおお!」
感情が高ぶれば人は叫ぶ。叫ばないと代わりに心臓が破裂しそうだった。
いまだかつて無い程のバランス能力を発揮して僕は走った。
ドラゴンの背中を走り抜け、首を登って頭の上に滑り込んだ。
ドラゴンの頭上に張り付く。
うまい具合にゴブリンの毛皮がウロコに挟まって体を固定してくれている。
ドラゴンの目に刺さった矢に手を伸ばす。
届かないが、これだけ近ければいけるだろう。
「届けっ!」
矢の鉄量は少ない。それをなんとか細くドラゴンの頭の中へ伸ばしていく。わずかでも良い、脳に届いてくれ。
ドラゴンが激しく痙攣した。
脳に達した様だ。届く!
今度は全部をドラゴンの体内に入れてはいない。
鉄の部分がまだ外に露出している。そこに魔力を繋げてさらに流し込む。
「うあああああっ!」
鉄の針をドラゴンの頭の中で何度も伸び縮みさせた。
その度、ドラゴンの脳に穴が空く。
ドラゴンの体が激しく痙攣し、口から血泡をごぼごぼと溢れさせている。
スポンジにしてやる!
・
どれぐらい時間が過ぎたのか分からない。
いつの間にかドラゴンは動きを止めていた。
僕はへとへとになって、ドラゴンの頭上から滑り落ちた。
ドラゴンの頭は地面に落ちていたが、それでも2m以上ある。
ドラゴンのウロコに毛皮をがりがり削られながら減速し、おしりから地面に落ちた。
うぐっ、と声が詰まるだけで、悲鳴も出ない。
体はもう動けないぐらい疲労しているが、魔力がまだ残っているのは感じた。
こういうアンバランスはどうなんだろうか。
いや、体が動かなくても魔力だけで戦えるって事か? 魔力で動く外骨格装備でも作ろうか。体が動かなくても外骨格を魔法で動かせばいい。
そんな妄想をしていると3人の人間がかけよってきた。
見覚えがある。エイダと、サースラにルルだ。
「はははっ」
思わず僕の口から笑い声がこぼれた。
サースラとルルは泥まみれで装備の隙間に草を差していた。手作りギリースーツだ。
サースラは狩人だったらしいからこういう物の心得があったのだろう。
ドラゴンから逃げるために最善を尽くすのは当たり前だ。でも笑ってしまった。
一生懸命な人を笑うなんてかなり失礼だが、ドラゴンは死んだ。追ってこない。もう笑ってもいいはずだ。
・
しばらくすると動ける様になった。水が凄く美味しい。
ルルは「何もできなくてすみません」と謝っていたけど、しょうがない。ルルでは相性が悪すぎる。
「気にしないで下さい」
と、3人の雰囲気が変わる。
特にサースラは弓を引いて、後ろを振り向いた。
「誰だ? 出てこい」
エイダが深く響く声で言った。
僕はびびっていた。
さっきまで安堵の空気だったのに。
がさり、と茂みが揺れて、人影が3つ出てきた。深緑色のフードを深く被った3人が弓を構えている
ドラゴンを殺した後で、人に襲われる? どういう事? 獲物の横取り?
「これは…… お前たちがやったのか?」
茂みから出てきた者の1人が問いかけてきた。女だ。
「ああそうだが?」
とエイダが答える。僕はドラゴンの傍らで足が震えている。恐怖からではない、疲れすぎて力が入らないのだ。
「囲まれてる……」
サースラが小さな声で言った。
エイダが舌打ちする。
ルルは僕の前で盾になるように両手を広げていた。僕は確かにヘタレだけど、女の子の盾の後ろなんて。ちくしょう。
だが、
「そうか。皆下ろせ」
問いかけてきた女が声を掛け、3人共弓を下ろした。
サースラも弓を下ろす。
「私達はそいつを追ってきた。まさか人間が…… しかもお前たち4人だけでか?」
「いいえ。正確には、この2人が殺りました!」
強気な声でルルが答える。
「なるほど…… その男はかなり疲弊しているようだ」
僕の震える足に視線が突き刺さっている。恥ずかしい。
「ドラゴンを倒せるほどの男ですよ! 下手に手を出さない方がいいですからね!」
ルルが僕を守るために吠えていた。
ありがとう。キャリーカートの改良版を作ったら真っ先にプレゼントしなくては。
「なに。お前達をどうこうする気は無い。ドラゴンが死んだならこっちも手間が省けた。礼を言う」
フードをとり、頭を下げてきた。顔立ちから、やはり女だと分かったのだが。
その女の両耳がやたらと長かった。
「エルフか……」
エイダの声が聞こえた。
あれがエルフ?
エルフキタ!




