ドラゴンブレス
ドラゴンブレス
モンスターの襲撃が少し多くなった気がする。
数でいえば、午前中で4回。それほど増えたわけじゃない。だけど、モンスター達が何やら興奮している様だった。
ぽつぽつと新しい煙が上がっていった。
「気を抜くな」
とエイダに言われるぐらいに山の方が気になってしょうがなかった。
2つ、3つ、4つ、山の麓付近から上がった煙の筋が空に上がっていく。
昼前には新しい煙が上がらなくなった。
「ドラゴン倒したんですかね」
「そうかもしれないし、なんとか逃げ切ったのかもしれない」
エイダはもう一つの可能性を言わなかった。
僕達4人、うっすらと気付いている。
本隊がドラゴンに襲われ、全滅。
誰もそれを言葉にはしなかった。
・
新しく煙が上がったのは昼になってからだった。
またしてもサースラが先に気付いた。
僕達がオークを殺して牙を抜いている間に、2本の煙が空に伸びていた。
森の中はまばらに高低差があったが、おおむね平坦だ。遠くの煙を確認するのは木々に阻まれてもいるから難しい。
だが、素人の僕でもわかった事がある。
「近付いてませんか?」
煙の太さが違う。
そして、それが視界に入った。
翼をゆっくりとはためかせて空に浮かぶ何か。
そいつは小さく旋回してから、東側に飛んだ。そして森の中に降りた。
「あれって……」
「ドラゴンだな。サースラ、見えたか?」
「うん…… 翼竜。でも…… 空を飛ぶのは…… 得意じゃないみたい」
あれがドラゴン。僕には大雑把な影しか見えなかったけど、奴が煙の上がっている場所から飛んで、また別の場所に降りたのは見えた。
奴は何をしているんだ。
「ドラゴンはお怒りの様だ。本隊は失敗したな」
エイダの言葉に足が震えた。
あの煙。木も燃えてはいるだろう。だが、ドラゴンがわざわざ木だけを燃やして回っているわけじゃないというのは簡単に予想が付く。
「逃げましょうよ! だって、あれ…… 他の冒険者が……」
手が震える。
「ミチ、それは無理だ」
「え? そんな、今ならまだ遠いですし、今すぐ逃げれば」
「ここから南はお前の村がある。アタシ達が来た南南西には街がある。アタシ達が逃げれば、ドラゴンは逃げる冒険者達を辿って人が住む場所へと行くだろう」
あれが村や街に行く?
サースラは、あのドラゴンは飛ぶのが得意じゃないと言ったけど、城郭がある街はともかく、僕の村にあんなのが来たら村人はみんな殺されてしまう。
いつもうるさい子供達の顔が頭に浮かんだ。
「街や村を見捨てて逃げるってのも手だが、無理だろうな。ドラゴンは狙った獲物は逃さない」
「そんな…… どうすればいいんですか?」
逃げられない。かと言って本隊が負けた相手に僕達が勝てるとも思えない。
「なぁに、本隊の代わりをすればいいのさ。援軍が来るまであと1日か2日ってとこだろう。その間、ドラゴンを引き付けながら逃げる。それしかないだろう」
ちっ、とエイダが舌打ちした。
「特別報酬ぐらいもぎとってやらないとな」
また煙が上がった。まだ距離がある場所だ。あそこにも冒険者がいたのか。
装備の確認と点検をした。
四叉槍やパイプ矢は、先が丸くなってしまっていたり曲がったりしていたので、土魔法で修正した。
ルルの装備をキャリーカートからいつもの背負いバッグに移した。鍋や道具類はキャリーカートに入れたまま放置。討伐部位を入れた袋はアースホールで地面に埋めた。これを取りに帰る事ができるのはいつなのか。
何度もラーテの顔が頭に浮かぶ。
「ドラゴンってのは体が大きいやつほど激しく動ける時間は短いもんだ。逃げまわるのはそんなに難しい事じゃない」
エイダが声をかけてくれる。
冷や汗が止まらない。手は微かに震え、足が棒の様になってしまって上手く歩けない。
・
そしてとうとうその時は来た。
準備を終えて水を飲んだり話をしながら時間が経った。
思えばその時からおかしかった。モンスターの襲撃が全く無かったのだ。
僕が水を飲み干した後、ごうっ、と強い風が木々を揺らした。
森の中で突風? と思った次の瞬間、今度は地震が来た。
足元が揺れ、中腰でバランスをとった。
地震が収まり、顔を上げるとそこに奴がいた。
・
この森の木は枝葉が大きく広がって空を隠している。だが密集してはいない。
とはいえ、いくらなんでも無茶しすぎだろう。こんな巨体を森の中に降ろしてくるなんて。
自らの目の前で確実に僕達を殺そうという執念の様なものを感じた。
体高3mはある。頭をあげれば5mは超えるかもしれない。長い首、長い尻尾、太い前足。
コモドドラゴンがそのまま巨大化した様な形をしている。尻尾も含めれば全長15mは超えているだろう。
光沢のある真っ赤なウロコに、灰色の腹。体中に黄色い楕円のまだら模様。
明らかにこの辺の動物の色合いじゃない。今も森の風景から完全に浮いてしまっている。
そして、その背中からはコウモリの様な羽が生えていた。どんな生物だ。
前足に後ろ足もあるのに、背中から別の肢が生えている。翼の先と中央あたりには爪まである。六本足の動物って地球にはいたか? 虫か?
地面に降りた今はほとんど折りたたまれているが、たわんだ翼膜にはいくつも穴が開いているのが見えた。
飛ぶのが得意じゃないのはこのせいかもしれない。
木が密集していないとはいえ、この巨体では隙間を縫うようにしか移動できないだろう。僕達は全力で走ればいい。
「散れ!」
とエイダの声がかかった。
決めておいた通り、僕とエイダ、ルルとサースラで左右に分かれた。
震えていた足に血液が流れ、足の裏が焼ける様な感覚がある。
この世界に来てからだいぶ体力がついた。そんな僕の全力疾走は、恐怖に押し出されていつもより早かった。
これなら余裕なんじゃないか? と思った。
凄まじい地鳴りと破壊音がして、振り返る。
ドラゴンの走る姿というのは滑稽だ。今の位置からは正面からしか見えないからでもあるが、前足で地団駄を踏んでいる様に見える。
だが、笑えない。
僕の胴体程もある木がバキバキとけたたましい破壊音を立てて砕けている。折れるどころじゃない。ドラゴンの体がぶつかった木は砕け、枝葉が宙を舞う。
「なにしてるんだ! もっと早く走れ!」
エイダがだいぶ前の方にいた。
僕よりずっと重装備なのに、僕より早かった。足が早くなっていると感じたのは錯覚だったか。
いや、エイダは鍛えているし、足の長さも全然違うし。
「くそおおおおお」
思わず叫んでしまう。呼吸が乱れるから本当は良くないのだが。
ドラゴンは鈍いように見えるが、大きな体に見合うだけの筋力と歩幅があった。
ドラゴンとの距離が詰まる。
エイダに聞いたドラゴン情報では、体が大きい分長くは走れないらしい。だが、ドラゴンの短距離は僕達人間にとってどれぐらいのものなのか。
先に走り出した分僕達が先行していたが、ドラゴンが追いついてくる。
ドラゴンが足を地に落とす度に僕達の足元が不安定になる。近付けば近付くほど揺れが激しくなる。
「くそっ」
僕はエイダに追いついてしまった。重装備な分エイダの方が揺れの影響を受けやすかったみたいだ。
ドラゴンはもう、すぐ後ろにいる。
エイダが振り返り、叫んだ。
「ブレスくるぞ!」
僕は前方にアースォールを作った。技名を叫ぶ余裕も無い。
全力アースウォールは腿程度の高さだった。だが、堀も含めれば腰ぐらいはある。
アースウォールをハードル競技の如く飛び越え、反対側に転がり込んで身を伏せた。
少しでも壁の外に身が出ない様に、2人で強く抱き合う。
ごう、という音がして、熱が体中を叩いた。
空気が熱い。
炎の音を間近で聞く。
「あああああああっ」
なぜだか叫んでしまう。
炎の音が消えた。
僕は恐る恐るアースウォールの端からドラゴンを覗いてみた。
ドラゴンはそこに立ったままだが、首を左右に回している。
トカゲの親戚の様な姿をしているくせに、肉食哺乳類の様に目は前方に付いている。ああしないと周りが見回せないのだろう。だが、どうして周りを見ているのか。
「なるほど。本隊の奴らは結構頑張ったらしいな。奴の下半身の方を見てみろ」
エイダの言葉に従って視線を移す。
ドラゴンの後ろ足付近、脇腹に何本かキラキラと光る棘が刺さっていた。剣と槍だ。この位置からは見えないが、背中の方にも刺さっているかもしれない。
「多分、本隊が今のアタシ達と同じ方法でドラゴンに襲いかかったんだ」
少数でドラゴンの気を引き、背後から大人数で襲いかかる。
「最初は追ってきたが、お前が壁でブレスを防いだ。その瞬間、本隊にやられた時の事を思い出したんだろう。その時も一度攻撃した後の隙をつかれたはずだ。ブレスは連続して放てないからな」
というドラゴン知識を聞きつつ、僕は壁の横の方に気を取られていた。
辺りにぽつぽつと火が上がっている。茂みから上がっている火もあるが、草が燃えている様にも見えない。火の周りの草は根本の方から焦げていた。
「他の冒険者達も同じ様な作戦で奴を攻撃したのかもしれない。トカゲのくせにそこそこ頭がいい。学習してやがる。だが、そのお陰で逃げられる」
エイダは僕の手を引いた
「いくぞ!」
堀から出た。
今度は横に逃げた。
振り返ると、アースウォールのドラゴン側表面が燃えていた。
土が燃える?
少しでもドラゴンの行動を邪魔するために、木々が密集している方へと入っていく。
もうどの方向に進んで居るのかわからない。
もしかして南下しているんじゃないだろうか。すぐ近くに村があったらどうしよう。
多少は効果があったようで、少しドラゴンの足が遅くなった。と言っても僕達と変わらないスピードだが。
飛び散った木片や土塊がバタバタと体に当たる。
結構痛いがドラゴンに踏み潰されるよりましだ。
ふと隣のエイダを見る。
ただでさえ怖い顔がもっと怖くなっている。
エイダだけなら先に逃げる事もできるかもしれないのに、僕に合わせてくれている。
「エイダさん、先に行って下さい。二手にわかれましょう!」
僕の決死の決断に、
「あほか! お前が居なきゃブレスが防げないだろ!」
思ったより合理的判断で僕に付いて来ていました。
いざとなったらアースウォールでブレスを防ぐ手筈にはなっていた。しかし、実際に試してみるまで防げるかは分からなかった。
防げたので利用しようという事だろう。
良かった。僕でも役に立つ事がある。
ぼひゅっ、と僕の横を炎が踊った。
「うおおおおっ」
突然ブレス攻撃。走りながらでもできるじゃん。
毒蛇は口の中に毒を作って溜め込む部分がある。あのドラゴンもそういうものがあるのだろうか。毒ではなく可燃物を作り出す器官が。
だったら首を落とせばブレスは吐けないはずだ。
それができれば苦労は無いが。
背後で空気の震える音が響いた。鳴き声か?
続いて、背中に熱を感じる。
「ああああすうぉおおおおるっ」
今度は言えた。
前方にニョキッと壁が生える。
さっきと同じ様に2人で飛び込み、伏せる。
壁の端から炎が飛び散った。
心臓の音がうるさい。
距離があるからできた事だろう。接近されたら隠れる前に焼き殺される。
「行くぞ!」
エイダは行動が早い。僕はエイダに手を引かれて堀から這い出た。
すぐ隣の高い茂みの中に転がり込んだ。
草は僕の肩ほどの高さで、頭を下げれば隠れられる。
身をかがめて素早く進む。
振り返ると、草の隙間からドラゴンが見える。
もう誰も居ないアースウォールにブレスを吐いていた。奇襲攻撃を恐れて目を離したのかもしれない。僕達を見失っていた。
何年か分の運がまとめて使われたんだと思う。一生分かも。
エイダが、
「これ以上動くな。下手に動くと見つかる」
と言って、僕の体を上から押さえた。
ドラゴンはすいっと周りを見回して、またブレスを吐いた。だいたい10秒ぐらいの間がある様だ。
今度はハッキリ見えた。口から確かに液体の様なものが出ていた。蛇が毒を飛ばす映像を見た事があるが、あれに似ていた。
地球の毒を飛ばす毒蛇と違うところは、ドラゴンの方は霧状に噴射しているらしいという事だ。
だから、水滴の様に凝結してしまった飛沫は結構な距離飛んでいるが、正面の大きな炎は空気中で燃え上がって早く進まない。お陰で助かったけど。
一気に燃やすためにああいう散布方法になったんだろうか。
壁が燃えているのは、スプレーを壁に吹き付けると水滴が付く、みたいな事か。
それはもちろん、人体でもそうなるだろう。
ブレスが当たる対象が無い場合は空気中で燃え上がって蒸発する。それなりに環境を配慮した攻撃なのかもしれない。
だが、どうやって火を点けているのか。空気に触れただけで発火する? そんな危険なものを体内で作って溜めているとも思えない。
可燃物なのは間違い無いはずだが、火花の様なものも見えない。奴は、
「ドラゴンって魔法が使えるんじゃないですか?」
僕は小さな声でエイダに聞いた。
「魔導士達はそう言ってるが、アタシにはわからん」
そもそも、あんな巨体の生物があの程度の大きさの翼で空を飛ぶわけがない。しかも、理由は分からないが翼に穴が開いている状態だ。あれでは翼で飛ぶ事自体難しいだろう。
風魔法か何かで補助をしているはずだ。
今はドラゴンの体を横から見ているので、背中や尻尾側もよく見える。
下半身、後ろ足の周りや背中、尻尾などに剣や槍、矢などが刺さっていた。ところどころ短剣や斧も刺さっていた。持っている武器を全部突き刺したみたいだ。
本隊は結構な数で襲いかって、全力で攻撃した。
だが、それでも倒しきれなかった。
あのドラゴンブレスに焼かれてしまった。
「見つかったら…… 逃げるぞ」
小さな声でエイダが言った。
「逃げ切れますかね……」
エイダの手に力が篭った。押さえつけられている僕の肩が痛い。
「逃げるんだ。それしかないだろ」
だが、他の冒険者達はやられた。煙の数は何本あっただろうか。彼らだって逃げようとしたはずだ。
蛇の親戚なら鋭い嗅覚もサーモセンサーも付いてるはずだ。目の前の炎に夢中で今のところ見つかってはいないが時間の問題だろう。
空を飛んで獲物を探していたので、猛禽類と同じように目も良いかもしれない。最強生物じゃねぇか。
「エイダさん、戦うのは無理ですかね?」
「は? 何言ってるんだミチ」
エイダの声が僅かに大きくなった。
「上手くいけば、多分倒せます」
そうだ、倒す方法はある。




