18~外の世界では(ディノアーク)
今回は主人公不在です。
歴史を振り返れば、隣国のシルバ帝国とは、建国の時代より定期的に戦争を繰り返していた。
もともと隣国とは険しい山脈が天然の壁となり、唯一大軍を進軍できそうな場所は海につながる山すその平原であった。
その平原は黒土に覆われ、農作物をつくるのにも畜産を営むのにも適した豊かな土地だった。
シルバ帝国のある西側の海は年間を通して強い風が吹き荒れ、沖に船を出すのも難しいし土地は潮風の影響で植物が育ちにくかった。
唯一ともいえる豊かな土地を争ってでも欲したのは、国を永らえさせるためにも必要な政策だった。
あわよくばそのままブルーハイツ王国の土地も手にしようとしていた欲も、国としては間違った行動ではなかった。
もっとも、平和な国を築いていたブルーハイツ王国がそれを是とするわけもなく、泥沼の争いが続くこととなる。
しかし、二百年前に大規模な噴火が起こった。地形が変わるほどの大噴火は、人同士の争いを起こしている余裕を奪う。
しかも、どんな偶然か噴火した火口はシルバ帝国よりであったうえに、流れたマグマは二国をつないでいた平原をふさぐように海へと流れていったのだ。
争ってでも奪い取りたかった貴重な平原はマグマに潰され、国中に降り注いだ灰はその年の収穫を壊滅近くまで追い込んだ。
国力を落としたシルバ帝国が国を立て直す数十年の空白期間に、ブルーハイツ王国はわずかに残された侵攻可能な平地をふさぐように長城を築き上げる事に成功した。
以来、長城は不落の砦としてシルバ帝国の侵略を幾度も防いだ。
続く敗戦に見切りをつけたシルバ帝国は、矛先を別へと変える事となった。
以来、百年以上の平和を謳歌したブルーハイツ王国は、徐々に国境の備えをおろそかにしていく。
予算も人も減らされた国境の砦は最低限の体裁を整えるのに精いっぱいとなり、端の方は城壁がもろくなり、崩れかけている場所すらあった。
それに危機感を覚えることなく、いっそ壊れかけの砦など、景観を損ねるから撤去してしまった方がいいのではないかと声が上がるほどだった。
対して、北へと侵略の矛先を変えたシルバ帝国は、じわじわとその国土を広げていく。
気がつけばカーマイン大陸北西側の二国は属国として飲み込まれ、一大勢力を築くまでになっていた。
つまり今回の戦は、天然の城塞であるレガ山脈と過去の遺産である長城に護られて平和ボケしたブルーハイツ王国には、元から勝ち目などなかったのである。
ミーシャが去った後のブルーハイツ王国で。
残されたディノアークの日々は多忙を極めていた。
レッドフォード王国と同盟を結ぶことでどうにか戦争を収束する事ができたものの、国境の砦を破られ、一度は国内に侵入を許していたため、国境付近の辺境の地は荒れていた。
ディノアーク率いるリンドバーク公爵家の騎士団が中心になりどうにか稼いだ時間で、領民たちの避難をする事ができたおかげで人的被害は比較的軽微に抑えることはできた。
しかし、踏み荒らされた田畑をもとの状態に戻すのには長い時間がかかる。
荒らされた田畑の再開拓に、そこで生きる領民に対する補償。
一度は破られて占拠された砦の補修作業。
二度と同じことを繰り返さないように、緩み切った国軍を鍛えなおす必要もある。
ディノアークには、大怪我をしてから疲れやすく本調子とは言えなくとも、横になっている余裕はどこにもなかった。
「ミーシャにこの姿を見られたら叱られそうだな」
目の下にくっきりと残るクマに覇気のない表情で、ディノアークはぐったりと椅子の背に体を預けようとして、眉をしかめた。
背中の傷が当たって痛みが走ったからだ。
傷は塞がったはずなのに、無理を重ねているせいかいまだにふとした拍子にピリッとした痛みを訴える。
ディノアークはため息をついて、行儀悪く机に頬づえをついた。
「戦争じゃなくて、戦後の雑事に忙殺されそうだ」
「笑えない冗談はおやめください」
無意識にこぼれた独り言を諫められ、そちらに顔を向けたディノアークは、自らの手でティーワゴンを押してきたあきれ顔の執事を見つける。
「軽食をお持ちしましたから、これをとったら、倒れる前に少し仮眠をされてください。さすがに働きすぎです」
「とはいってもなぁ。現状、やらなくてはいけない仕事が山積みだ。少なくとも家を焼け出された領民の補助だけでも決めてしまわないと、冬が来てしまう」
いくらブルーハイツ王国がカーマイン大陸の中では南方に位置するとはいえ、年を越す頃には毎年雪が降り積もる。
それまでには、どうにか仮住まいの家でも冬を越せるように手配しなくてはと、ディノアークは焦っていた。
「それでしたら、国王様からの使者がいらして、書状を預かっております」
どこからか取り出した盆の上には、刻印を押された真っ白な封筒が置かれていた。
「なに!?聞いていないぞ?」
慌てたように伸びてくるディノアークの手を、ひょいっと執事が避けた。
「おい、ふざけている場合ではないだろう?」
「まずはお食事と仮眠を。それが終わらなければお渡しできません」
眉間にしわを寄せて険しい表情をつくるディノアークにも怯むことなく、執事は冷静な態度を貫いた。
「わたし程度に逃げられるとは、お体が弱っている証拠です。数時間ほど手紙を読むのが遅れたところで、いまだ平和ボケから抜けられていない中央の貴族どもは気にしませんよ」
「……お前なぁ」
飄々とした態度のまま毒を吐く執事に、ディノアークはため息をつくとティーカップを受け取った。
ふわりと爽やかな香りが鼻先を擽る。
「ミーシャお嬢様が残された、疲労回復の効果がある薬草茶のレシピです。お嬢様手づからのものは飲みつくしてしまったので、城の薬師によるものですが、なかなかおいしいですよ」
「……あぁ、森の家でも良く飲んでいたものだな」
温かな湯気を楽しんだ後、ディノアークはそっとカップを傾けた。
温かなお茶が体を中から温めてくれる。
心まで癒されるような優しいお茶に、ディノアークはホッと息を吐いた。
そして促されるままに軽食を口にする。
少し甘実をつけたパンケーキに、塩気のあるハムと葉野菜をはさんだ軽食もまた、森の家の定番だった。
「ミーシャは元気にしているかな」
レッドフォード王国に行ったと思ったら、国を揺るがすはやり病に巻き込まれた。
心配しているうちに追いかけていったラインと合流し、何がどうなったのか母親の故郷で勉強しなおしてくると手紙が来たのが、夏の終わりだ。
その後も、ぽつぽつと届く手紙には驚かされる内容だらけだったが、元気でいる事は伝わってきた。
「そういえば、森の家も冬支度をしておかないと雪に埋もれてしまいそうだな」
「そちらは、手配のものを送っておきました」
人がいなくなった家は放っておき過ぎると森の獣に荒らされてしまう。
という建前のもと、定期的に人を送っているが、実際はミーシャが旅の途中で知り合ったお友達が居候中だ。
「しかも、追加の一行が向かっているようです。どうやらご両親のようですよ」
「……そうか、ご両親、かぁ」
うっすらと笑顔を浮かべてさらなる爆弾を投下する執事に、ディノアークは引きつった笑顔を浮かべた。
遠く離れているはずなのに、娘のトラブルメーカーに着々と巻き込まれている現実に、少し頭が痛くなる。
「まぁ、そろそろレイアの故郷にたどり着くころだろうし、これ以上のトラブルは起こらないだろう」
軽くこめかみを揉んでいると、クワッとあくびがでた。
「腹が満たされたせいか、眠いな……」
ぼんやりとする頭では小難しい事を考えても解決を思いつくのは難しそうだと判断して、ディノアークはしぶしぶ重い腰をあげた。
「二時間ほど横になるから、時間が来たら声をかけてくれ」
「かしこまりました」
そのまま執務室の横に誂えられた仮眠室へと消えていくディノアークを見送り、執事はそっと息を吐いた。
「ミーシャお嬢様の薬草茶の効果はてきめんですね」
ミーシャに渡された薬草茶のレシピは数種類に及んだ。
疲労回復。ストレス解消。安眠に胃腸の働きをよくするものなど。
その中でも「父さんが無茶している時にこっそり飲ませてね」と渡されたものは疲労回復をベースに軽い睡眠導入の効果がある薬草が入っていた。
いう事聞かないなら、強制的に眠らせてしまえというわけだ。
今のところ明らかに疲労が溜まっている時にしか使っていないため、ディノアークは疲れのせいだろうと思っているようで特に疑っている様子はない。
「万が一効果がばれた時は、ミーシャお嬢様の許可付きですと押し切りましょうかね」
軽く肩を竦めると、執事は静かに食器を片付け始めた。
お読みくださり、ありがとうございました。
国のもろもろを、ちょっとだけ確認でした。
お父さん、がんばってます。
そして、ミーシャちゃん。
執事さんと手を組んで、すごい置き土産をしてました(笑




