17
風邪ひいてさんざんな週でした。季節の変わり目、皆さまもご自愛ください。
「こんな所があったんだ」
そこは、横に長い研究所をはさんでユースティの研究室とは、ほぼ反対の位置にあった。
村の方から真っ直ぐに、ユースティの研究室へ向かうミーシャからは最も気がつきにくい位置で、距離もそれなりに離れていたから、動物の鳴き声なども聞こえにくかったのだ。
診療室をそうそう離れるわけにはいかないし、一応研究所の施設なので勝手に入り込めないという建前のもと、ミーシャがその場所を見学できたのは次の日の午前中だった。
「ネズミが数種類、ウサギなんかはこっちで繁殖させてます。後は鳥類に犬猫、豚なんかはあっちの小屋に集められてて、こっちの長屋はそれぞれに実験中で隔離観察に使用されてます」
案内してくれているのは、動物の世話を専門に任されているという青年だった。
世話役は3人いて、青年は一番若い下っ端なのだと笑っていた。
「……実験って、どんなことをしているんですか?」
「え?僕は世話係だからあまり詳しくはないんですが、たしか何かの病気の薬とか消毒液の改良とかだったかな?あ、ユースティ先生の装具実験の子たちはそこにいますよ」
長屋の扉の一つを指さされ、ミーシャはそちらに目を向けた。
何の変哲もない無垢材の扉。
(あの中に動物たちがいるのね……)
ミーシャの脳裏に幼い頃、ラインと共に勉強のために解剖した動物たちがよぎる。
あれらには、その後食べるためだからという言い訳ができたけれど、ここにいる動物たちは違う。
薬の効果を試すために産まれ、生きているのだ。
健康な体に病の種を植え付けられ、しなくていい苦痛を味わって……。
「……どうして」
ミーシャの口から、ポツリと意識せずに言葉がこぼれた。
「どうしてあなたは動物たちが何をされるか分かっていてそんなに楽しそうなんですか?」
「どうして、って………」
あきらかに混ざる非難の色に、青年が困ったように首を傾げた。
「それが僕の仕事だから、です。君が薬師として頑張っているように、僕はこの仕事に誇りを持っているんだよ」
青年は、胸を張ってきっぱりと言い切った。
「動物たちにひどい事をしているように映るかもしれないけれど、これは必要で大切な仕事だと僕は思っています。安全で効果のある薬をつくる為には必要な過程ですから」
「でも、何かを犠牲にしてまで作らなくても……」
「そうですね。病人が出てからそれに対処してもいいのかもしれません。だけど、実際に町に未知の病が広がって、人が倒れてから慌てても手遅れになることもあるでしょう?その時に、備えていればよかったと後悔しませんか?」
青年の言葉に、ミーシャは唇をかみしめた。
脳裏にレッドフォード王国で聞いた葬送の鐘がよみがえる。
しっかりとミーシャの中に刻み込まれた、あの時の無力感と差し伸べられた救いの手の記憶が、ミーシャから言葉を奪う。
「もちろん感謝の心は忘れないようにしているよ。ごめんなさいじゃなくありがとう、てね」
黙り込んだミーシャに、苦笑した青年の目が向けられた先には石碑がある。
緑に囲まれた石碑には、色とりどりの花や果物が供えてあった。周辺に雑草の一本もなく、丁寧に手入れされている。
「……ありがとう?」
「そう。あなたのおかげでつなぐ事ができた命がありました、てね」
ミーシャはその言葉に、はっと目を見開いた。
幼い頃、ラインはミーシャに、森で捕まえた動物を使い様々なことを教えてくれた。
皮をはぎ、一つ一つ確認するように体の仕組みを教えられたのだが、ラインは解剖する最初と最後に手を合わせ頭を下げていた。
「食べられることで俺たちの命を繋ぐだけでなく、さらに知識の糧になってくれた存在に、きちんと感謝をするんだ」
その行動を不思議に思ったミーシャが、何をしているのかと尋ねると、ラインは真剣な顔で答えてくれた。
青年の言っていることは、それと同じだと感じたのだ。
「命を救う勇者……」
ポツリとつぶやいたミーシャの言葉に、青年の目が驚いたようにわずかに見開かれ、それからふわりとほどけた。
「いいよね、それ。僕も幼い頃その話を聞いて、この仕事に就きたいと思ったんだ。小さな勇者達が少しでも安らげる瞬間を作り出したいって。それが僕にできる最善だと思ったから」
(そうよ。森で捕まえた命と、ここで育てられた命のどこに差があるというの?私には、この人たちを責める資格もここにある命を哀れむ資格もないわ。だって、ずっと昔から私もその恩恵を受けているのだもの)
今だけの話ではない。
そもそも、ミーシャが知る知識だって、過去の一族の努力と何かの犠牲の果てに作り上げてきたものなのだ。
そのことを自覚した瞬間、ミーシャは自分の傲慢さを理解して、羞恥に顔が熱くなるのを感じた。
顔を赤らめて再び唇をかみしめたミーシャを、青年はただ黙って見守っていた。
命の重さの問題は、この村で育つ子供たちが、一度は向き合わされる問題だった。
目を背けるもの。泣きじゃくるもの。怒りを表すもの。抵抗なく受け入れるもの。
一人一人がそれぞれの答えを見つけていく。
実験動物棟で働く職員は、動物の世話だけでなく、その問題に向き合う子供たちを見守る役目もあった。
基本的に、もっと年配の職員が担う役目だったが、ミーシャはすでに外の世界で薬師として仕事をしていた経験があるため今回は特例として青年が任された。
すでに命の理不尽さを経験しているため折り合いをつけるのも早いだろうから、むしろ青年のいい経験になるのではないかという判断だ。
その場にしばしの沈黙が流れる。
「……まずは、石碑に手を合わせてもいいですか?」
頬の赤みが落ち着き、噛みしめられていた唇から力が抜けたころ、静かな声でミーシャはポツリとつぶやいた。
「それから、中にいる小さな勇者たちに会わせてください」
「もちろん。歓迎するよ」
まだ少しぎこちない笑顔を浮かべるミーシャに、青年はしっかりと頷いて見せた。
「ラックもお嬢もすごく可愛かったです」
ニコニコと笑顔で戻ってきたミーシャに、研究の報告書を書いていたユースティは顔をあげた。
「すごいね、お嬢まで出てきたんだ。あの子は人間に虐待されていたから人間不信で、基本、人前には出てこないんだけどね」
体中傷だらけでフラフラになっていたのを、町に買い出しにいっていて見つけた一族の者が連れ帰ってきたのだ。
引きずるのが痛かったのかそれ以外の理由か分からないが、根元で千切れかけた尻尾の先を咥えて移動していた為尻尾自体はさほど損傷がなかった。しかし皮一枚でつながっていた長い尻尾は、すでに傷口が腐っていて、周辺の組織ごと切り取るしかなかった。
結果的に、実験が成功した暁には、本物と見間違うほどの尻尾を手に入れる事ができたのだから僥倖だった。
ゆらゆらと優雅に揺れる尻尾は、運命に負けなかったお嬢の勲章である。
「ラックと遊んでいたら、いつの間にか後ろにいましたよ。スリスリしてくれてかわいかったけど、膝の上でお昼寝されちゃって、足がしびれてちょっと大変でした」
最終的には、見かねた青年がおやつで気を引いて動いてくれたから助かった。
そうでなければ、いまだに実験棟から動けずにいただろう。
「尻尾も触らせてくれたけど、あれが実は木で作られた装具だなんて信じられないくらいです」
クルリと腕や足に巻きついてきた尻尾の感触を思い出して、ミーシャはうっとりと目を細めた。
「いいな。僕にもなかなか尻尾は触らせてくれないのに」
おもわず子供のように唇を尖らせたユーティスに、ミーシャはくすくすと笑う。
「今度お休みの時に、お手伝いさせてもらう約束をしたんです。ネズミの赤ちゃんやひよこもいるそうなので楽しみです」
不在の数時間の間に床に散らばっていた書き損じの紙を拾い集めるミーシャに、実験棟に向かう前の思いつめたような色はない。
(ふーん。ちゃんと自分の中で折り合いつけれたんだ。やっぱり意外に図太いよね、ミーシャって。じゃあ、あっちのお世話も任せていいかな)
特殊な木を使った装具の実験は、まだ始まって数年しかたっていないため、今後どう装具が成長していくかを観察途中なのである。
少なくとも十年、出来るなら宿主の命が尽きるまでの変化を観察したいところだ。一度結んだ共生関係は生涯続くのか?それとも宿主の意思が弱った時に乗っ取られるのか?ユースティの興味は尽きない。
そういう意味では、人間成功例の第一号が、ミーシャの知人であることは都合が良かった。
(ミーシャなら些細な変化にも気がつきそうだし、動物にも懐かれやすいらしいし、おあつらえ向きだよね)
ウンウンと心の中で頷きながら、ユーティスは頭の中の今後の頼むべきリストにミーシャの予定を書き込んだ。
「ミーシャは、研究所の動物たちに会ったみたいじゃな」
夜が早いミーシャが眠りについた後、家に使いの者が来て呼び出されたラインは、ネルの家へと出向いたいた。
そこには、ネル以外にも4人の老人が集まっていた。
それは長老会と呼ばれる村の方針を決める中核を担う者達で、それぞれに一癖も二癖もある人物だった。
「ミーシャちゃん、ショックを受けていなかったかしら?」
そして、その中には心配そうに眉を寄せる図書室の主、ドリーの姿もあった。
ミーシャにはあえて名乗っていなかったけれど、ドリーも長老会の一人だったのだ。
若い頃は研究所の職員として、新薬の研究に携わり、最終的には研究所長まで勤め上げた。
古い文献を読み解き薬に役立てる事を得意としていて、村の外に出て各国の書物を読み漁っていた経験から、一線を退いた後は後進を育てるために教師をしたり図書室の主として子供たちを導いたりしているのだ。
「もともと森での生活で命を扱う事になれていたからな。自分なりに心の整理をつけたみたいで、特に問題なさそうだ。というか、そんなことを聞くためにわざわざ呼び出したのか?」
「それもあるが、前にお主が精霊に託されたという物の解析がひと段落ついたから、その報告と改めてその時の状況を聞こうかと思ってのう」
あきれ顔のラインに、それだけではないのだと、ネルが首を横に振った。
スッと老人のうちの一人が手をあげる。
背中が曲がったがっしりとした体格の老人の名はベドッグといい、いまだに現役のガラス細工の職人である。
実験に使うガラス製の道具をつくらせれば他に追随を許さず、複雑な構造のものの彼の手にかかれば生み出せないものはないと言われている。
ちなみにユースティの実力は認めているが、すぐにものを壊すので天敵のように嫌っていた。
「鍛冶屋のやつと確認したが、未知の金属が使われているな。さらに、箱の内側に他の聖遺物と同じ刻印が認められた。精霊たちが護っていたという話とも合わせて、黒様が旅の途中で無くしたものに相違ないじゃろう」
「あと、その洞窟の位置関係から見て、ご先祖様達が通った精霊の道の入り口じゃないかと思うの。初代様の残された日記からそれらしい描写を確認したわ」
ベドッグの言葉に被せるように、ドリーが補足する。
その言葉に、ラインの眉が寄った。
(やっぱりか。洗練された滑らかな形に、ありえないほどの切れ味。箱も金属にしては軽いが固かったしな)
旅の途中で登ったリュスト山の山中でミーシャとはぐれた時に、再会したミーシャが手にしていたものだった。
旅の間、ミーシャが持ち運んでいたけれど、村についてから再びラインが受け取って、長老会へと提出していたのだ。
村には、先祖が残したと言われる不思議な道具がいくつかあった。
村に伝わるご先祖様の話しの中に出てくる、記憶喪失の男は、実在していたのだ。
その男が発見された時に持っていた荷物の中に医術の道具があった。
村の聴診器やメスなどの数々の道具はそれを見本にしたり、男の残した知識を基に再現されたものだった。
仮成人の儀式の際に教えられる村の秘密の一つであり、遺物として見せられた道具にミーシャが託された小箱は似ていたため、ラインは村に着いた時にその小箱を提出することを決めたのだ。
「それで、もう一度詳しく発見した状況を聞きたいと意見が出たのじゃ」
「状況といわれてもな。不思議な霧に惑わされて、ミーシャを見失っていた時の出来事で、俺が見つけた時はすでにミーシャが手にしていた。精霊石がいたる所にある以外は、普通の洞窟だったな。枯れた小川があったが、ミーシャが見た時には水が流れていて、突き当たりには大きめの淵があったそうだ。
何者かに呼ばれて、その中に落とされたが、水の中なのに息ができる不思議な場所だったと言っていた。たぶん、精霊の世界へと引き込まれていたんじゃないか?」
ライン自身もミーシャからの又聞きのため、要領を得ない返答しかできないでいた。
「やはり、本人からも聞き取りをしたいのう」
「ですが、仮成人前に村の秘密を教えるのはご法度です。賛同できません」
首を傾げるネルを、長老会の中では一番若い男が止めに入る。
厳しい顔をしている男に、ネルが鼻を鳴らした。
「相変わらず、お前は融通が利かんのう、テレス」
「ネル様が適当すぎるのです」
テレスと呼ばれたのは、もう働くのは嫌じゃ~と長老職の一人が引退を宣言し、最近村人の投票で長老職についたばかりの男だっだ。
適当だった前任とは違い、真面目を絵にかいたような人物だ。ちなみに仕事は村の運営の会計を任されている。幼い頃より数字と決まりが大好きなテレスには、自他ともに認めた天職である。
「初代様や黒様の事は、適当に濁して聞けばよいではないか」
「決まりは決まりです。小さなことをなおざりにしているといつか足元をすくわれますよ」
唇を尖らせるネルと諫めるテレスのやり取りを残りの三人は苦笑しながら眺めている。
「おれも、出来る事ならミーシャをまだ関わらせたくはないな。下手に情報を与えたら、勝手に真実を掘り起こしそうだ」
「ミーシャのトラブル体質は本物そうですものね」
ラインの言葉に、ネルたちの言い合いを止めるタイミングを計っていたドリーが肩を落とした。
なぜかミーシャの周りでは事件が絶えない。
それは、ラインとの旅路を聞いた全員の総意だった。
良くも悪くも事件を引寄せる人間はいるが、ミーシャの確率は異常だ。
「そういえば、母さんもその気があると聞いた事があるから、遺伝かもしれないな」
「いやな遺伝じゃのう……」
「本当にあれ並みにトラブルが起きるなら、少し周囲が気の毒になりますね」
言い合いをしていたはずのネルとテレスまで黙り込む。
「私はあなたの母親とは一つ違いだったので、何かと組まされることが多かったのですが、大抵ひどい目にあいました」
過去を思い出したのか、テレスがうんざりしたような顔をする。
「不思議と目的は果たされるのですが、そこに至るまでの過程が……。命に係わる怪我などがないのが不思議なくらいでしたよ」
「詳しく聞きたいような、聞きたくないような……」
豪快で細かい事は気にしない母親を思い出せばさもありなん、とラインはテレスへ同情の目を向けた。
下手に身体能力が高く、度胸もあったため着いて行く方は大変だっただろう。
男女反対なら良かったのに、と良く言われていた父母だった。
「話がそれましたね。結論としては、小箱は黒様の残した遺物に間違いないが、なぜミーシャに託されたのかは不明という事で良いですね」
それまで発言していなかった最後の長老がまとめに入る。
長い真っ直ぐな髪は色を失い、瞳は閉じられている。中性的な雰囲気を持つ老人は、カリオンと言った。
幼い頃に事故で視力を失ったけれど、非常に記憶力が良く、指先も器用だった。
人の話を聞きだすのがうまく、カウンセリングを得意としている。
心が弱ると体も弱るという考えを理論的にまとめあげ、精神病という概念を確立した立役者でもあった。
「一応、春になったらライン達が見つけたという洞窟を探すように手配済みではありますが、そこまで精霊の気配が強い場所なら、おそらくたどり着けないのではないかと思います。これまでも初代様の痕跡を探して、近辺は探索していましたしね」
「そうじゃな。ミーシャを連れていけばもしかしたらとも思うが、……未成年に危ない橋を渡らせるわけにはいかんしのう」
ネルがテレスに睨まれて、途中からごにょごにょと口を濁す。
ネルとて、ミーシャを危ない目に合わせたいわけではないのだ。ただ、好奇心の方が勝ってしまっているだけで。
「二年後にはミーシャも仮成人だ。それまでは村を出る事もないし、その間にいろいろと見極めればいいだろう」
ラインは小さく肩を竦めて、立ち上がる。
「それじゃあ、一人残しているミーシャも心配だし、俺はお暇させてもらいますよ」
形ばかりとはいえ、一応頭を下げると音もなくその場を辞したラインを誰も止めず、ただ静かに見送った。
「しかし、今代の精霊のお気に入りは彼女で決まりですかね?」
「村の外で生まれた人間が、ですか?」
その姿が消えて、しばらくしてからカリオンがポツリと呟き、テレスが複雑そうに眉をひそめる。
精霊のお気に入り。
それは言葉の意味のままで、定期的に村に生まれる存在だ。
初代様と言われる、森の一族をこの場所に導いた少女がそうだったと言い伝えられていた。
精霊の声を聞き、貴重な薬草を見つける事ができる。
時に、危険から守ることもあり、村人をこの地へと不思議な道を通して運んだのもその恩恵だった。
「まあ、それを含めて見極めましょう。まだ時はあります」
カリオンの静かな声に一同は頷き、本日の長老会の会合は終わりを告げたのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
ちょっと心情的に苦しい話でした。
入れるかどうか悩んだし、どう表現したらいいのかも、悩みました。
結果、ちょっとフワッとした感じになってしまいましたが・・・・・。
言い方は悪いですが、必要悪、みたいなものかな、と作者は考えています。
そして、やっと出せました。長老会。
作者のネーミングセンスのなさが光ります(笑)
皆さん、一癖も二癖もある方々ですが。その後は出てくるかな?どうかな?
無駄に裏設定はあるんですけどね……。生かされる事がない裏設定って意味があるのでしょうか?
作者が楽しいから良いんです!
ちなみに皆さん60~70代の中、テレスだけが50代前半です。




