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今日は「森の端っこのちび魔女さん」7巻発売日、です。
勢いのままその場を走り去ったナディアは直ぐに勢いを無くし、家への道をトボトボと歩いていた。
「わたしって、なんでいつもこんなふうになちゃうのかな?」
俯いているとボトボトと水滴が落ちてつま先に当たるのが煩わしくて、ナディアはグシグシと乱暴に目元を手の甲でぬぐった。
ミーシャの存在を知った時、ナディアが最初に感じたのは嫉妬だった。
村の診療所で、元の機能を取り戻すことは不可能だと言われるほどに砕けた骨を、たまたま村に帰っていたラインは繋ぎ合わせ完全に治してみせた。
その日から、ナディアにとってラインは憧れであり目標だった。
そのラインと血がつながっているだけでもうらやましいのに、はるか遠くの国から共に旅をしているという。
一族の掟で、仮成人前の自分はこの村から出る事は叶わず、気まぐれに戻ってくるラインを待つことしかできないというのにだ。
そのうえ、レッドフォード王国で実際に会ったというネル爺は、ミーシャの事をべた褒めだった。
村の長老の中でも強い影響力を持つネル爺は一見人当たりがいいが実は頑固でなかなか人を称賛する事はない。
そんな人が、「まだまだ成長途中ではあるが筋がいい」と認めたのだ。
村を離れていった女性の子供と言う事で警戒の目を向けていた大人たちも、その言葉に興味を示した。
憧れの人の側にいるだけでなく、仮成人もまだなのに薬師として人々の注目を集める少女。
羨ましくて、妬ましくて、会った事もないのにナディアは、ミーシャという少女が大嫌いだった。
その結果、初対面の時に暴走してしまったのだ。
だけど、実際に出会ったミーシャは素直でかわいい子で、少し話しただけで、ナディアは直ぐに夢中になった。
ラインというフィルターを外してみれば、村にいなかった自分と年の近い女の子というだけで、実はナディアにとっては興味を惹く存在だったのだ。
そのうえ、村の外から来たミーシャは、ナディアの知らない話をたくさん知っていたけれど、だからと言ってこちらを馬鹿にしたり威張ったりしない。
村の決まり事を教えれば素直に聞くし、些細な事でもすごいと驚いて、ナディアを褒めてくれる。
気が強くて、すぐに感情を爆発させてしまうナディアは、素直で穏やかなミーシャのそばがひどく心地よく感じていた。
水と油ほど違うように見えていた2人だったが、芯が強いところや努力家なところはよく似ていた。
それゆえに、一見違うように見えても仲良くなれたのだろう。
初めてミーシャが家に泊まりに来た時には、ベッドの上でひそひそといつまでもお喋りをして、翌朝は寝坊をして怒られたけど、ナディアにはそれすらも楽しかった。
読んだ本の感想。森で見つけた珍しい薬草。新しく習った調薬方法。
二人でいれば話は尽きることなく、時間がいくらあっても足りないくらいだった。
ナディアは、最初に感じていた悪感情をすっかり忘れて、心の底からミーシャが村に来てくれたことを喜んでいた。
だけど村中に少しずつミーシャの評判が広がり始めてから、雲行きが怪しくなり始める。
『誰もが手を焼いていたユースティの研究室を掃除してすっかり綺麗にしちゃったんだ。今じゃ別の場所みたいだよ』
『偏屈研究者に気に入られて、今では実験の下処理まで任されているんだ。彼が認めるなんて、すごいよな』
『調薬の腕も確かで、着眼点も面白くて思いもよらない意見を出すから研究のいい刺激になってるよ』
『紅眼病の時も必死に頑張ってたもんな。まだ幼いのに、大したものだよ』
森の民の隠里では身分制度がなく、村人はみな平等と言われているが、それでもやはり特別視される人たちはいる。
長老会という村の運営を任される有識者5人の集まり。
医療に必要な薬や道具を開発する研究所。
村から出て世界を旅して人々を癒し、新しい知識を集めてくる者達。
そんな尊敬や憧れを集める人が、ミーシャを口々に褒める様子を見るたびに、なぜかナディアは心の中に黒い靄のようなものがたまっていくのを感じていた。
(ミーシャはすごいな。私より年下なのに、村の外では一人前の薬師として頑張っていたんだ。まだ来たばかりなのに、村の中でもみんなに認められてるし)
ナディアは、自分と比べておちこんだ。
ナディアも幼い頃から、ラインのような医術を扱えるようになりたくて、必死に努力してきた。
森の民の村では、子供達は学び舎で計算や読み書きの他に薬師としての基礎を教わる。
将来的にそれを生かした職業に就く就かないにかかわらず、一般常識として学ぶのだ。
ナディアは外を駆け回っているのが好きな子供だった。
椅子に座ってじっとしているのは苦手だし、似たような形をした薬草を覚えるのも、細かい手順が求められる作業も面倒くさく感じていた。
そもそも、目指しているのは医師であり薬師ではないという思いがあるため、やる気を保つのは難しかった。
それでも、いまだに自分の体にうっすらと残る傷跡を眺めては、もう二度と自分の足で走る事は叶わないという絶望から、自分を救い出してくれたラインのようになりたいという幼い誓いを思い出して、努力を続けてきたのだ。
基礎の基礎ともいえる薬学で躓いていては、お話にならないからだ。
努力の甲斐があって、ナディアは筋がいいと教師にも認められるほどの成績を収めていた。
しかし、医術の世界は甘くなかった。
学校で一般的な授業を受けている時はまだ良かったのだが、見習につき現場の空気を感じながらより専門的な知識を学び始めてから、ナディアは再び壁にぶつかっていた。
教科書を読んでも、先生に解説してもらっても、理解が追い付かない。
一つ覚えても次に進むうちに前に覚えていたはずの知識が抜け落ちて、何度も同じようなところで躓いていしまう。
教科書での勉強ばかりではつまらないだろうと、紐を使って縫合に使う結び方を教えてもらったが、そちらも進捗は思わしくなかった。
結び方ひとつとっても数種類あり、左右どちらを上にするなど細かい決まりがあった。
苦労して結び方を覚え、どうにか紐で完璧に結べるようになったけれど、実際はその数十倍細い糸を専用の器具で操り結ぶ必要がある。
食用肉を使って縫合の練習に進んだのだが、もともと細かい作業があまり得意でないナディアにとっては、苦労の連続だった。
上手く結んだと思っても締め付けがゆるくほどけてしまったり、逆に強すぎて皮膚が盛り上がってしまう。
そもそも細い針を、器具を使って上手く操ることが難しかった。
たった一針縫うだけでも非常に時間がかかるし、集中し過ぎて目も頭も痛い。
上手くできない事にイライラして、癇癪を起しそうになるのをこらえる日々だった。
どうして理解できないのか。
どうして忘れてしまうのか。
どうしてこの指先は、自分の思う通りに動いてくれないのか。
悔しくて、もどかしくて。
それでもナディアは、勝手ににじむ涙でぼやける教科書を、睨みつける様に読み返した。
たとえどれだけ辛くとも、ここで努力することまで止めてしまえば、本当に夢に手が届かなってしまう。
少なくとも、自分があきらめない限りは、終わりではないはずだとナディアは信じていた。
「患者が少ないから、勉強ばかりでつまらない」
ミーシャにこぼした言葉は嘘ではなかったけれど、半分は見栄だった。
傷口を消毒するくらいはさせてもらえても、ナディアにそれ以上の治療行為を任せるには、まだ熟練度が足りないと師事していた医師に許可されていなかったのだ。
しかし、自分よりも年下のミーシャにそんな事がばれるのは、ナディアのプライドが許さなかった。
そのプライドを守るための言葉を否定されたことで、ついにナディアの心にたまっていたモヤモヤが爆発してしまったのだ。
驚いた顔のミーシャに少しだけ我に返ったけれど、これ以上ミーシャと一緒にいればもっとひどい言葉が飛び出してしまいそうで、ナディアはその場から逃げるしかなかった。
「ミーシャに、診療所の案内して、先生に紹介するの楽しみにしてたのに……」
ポツリとこぼれた言葉が空しく雪の上に落ちる。
ナディアが見習いをしている診療所の主は、内科も外科もこなすオールマイティな医師だった。
「器用貧乏なだけだよ。広く浅く、来るもの拒まず、という感じだね。この村なら、専門の先生はいっぱいいるから、そちらに丸投げできるし」
微笑みながら肩を竦めて見せるけれど、症状から的確に問題点を見抜けるだけでも、充分にすごいとナディアは思っていたし、周囲の反応もおおむね同じようなものだった。
「いまごろ、ミーシャは先生と話しているのかな?」
逃げだす前に、伝言を頼んだことを、ナディアは少しだけ後悔した。
真面目なミーシャは、一方的な言葉でも律義に守るために診療所に向かっただろうと、付き合いの短いナディアでも容易に想像できた。
「どんな話をしたんだろう?先生も、私よりミーシャが見習いになってくれた方がいいって思うんじゃないかな……」
どんどん嫌な想像が浮かんできて、ナディアは唇を噛みしめて俯いた。
しかし、次の瞬間、バッと顔をあげる。
「もう! やだやだやだ!! 一人で勝手に人の気持ちを想像して落ち込むなんて、私らしくない! じっとしているから、嫌な気持ちばっかり浮かんできちゃうんだわ!」
ひんやりと冷たい冬の空気を切り裂くように、ナディアは雄たけびを上げると突然走り出した。
そして、雪かきをされた道を外れて、森の中へと飛びこんで行く。
積もったばかりの雪はまだ柔らかく、たやすくナディアの足をふくらはぎ迄飲み込んだけれど、ナディアは気にせず走り続けた。そして、ある程度木々が密集している地点までくると、手近な木に飛びつき、スルスルと登っていく。
瞬く間にある程度の高さまでたどり着いたナディアは、しっかりと張り出した枝をしならせて勢いをつけると隣の木へと飛び移った。
衝撃で枝に積もっていた雪がばさばさと落ちる。
しかしその頃には、体重を受けてしなった枝の反動を使い、ナディアは次の木へと飛び移っていた。
枝葉には雪が積もり、雪がない場所もうっすらと氷が張って滑りやくすなっているはずの木々を、飛び移るなど正気の沙汰ではない。
もちろん、ナディアにとっても簡単なわけではなかったけれど、前を見据えた瞳は、次に自分がどこに足を置けばいいかしっかりと捉えていたし、体も脳の指示通りにしなやかな動きを返してくる。
体重を感じさせない身軽な動きは、まるで空を飛んでいるかのようにも見えた。
もともとナディアは体を動かすのが大好きな少女だった。
ラインが治療に関わった大怪我も、年上の少年たちに交じって木登りをしている時に負ったものだ。
怪我を負うまでは猟師や護衛を目指していたし、まだ幼い少女時代だったというのに、周囲もそれが天職だろうと感じていたほどだ。
(あぁ、気持ちいい)
冷たい空気を切り裂くように、前へ前へと進んでいくナディアの目は輝きを取り戻し、ほほがうっすらと赤く染まっていく。
体を動かすことに集中することで、頭の中から余計な考えが消えていくのを感じて、ナディアは無意識のうちに笑っていた。
「ナディア、まだ帰ってないんですか?」
診療所を飛び出したミーシャは、ナディアの家を訪ねて、その不在を聞き肩を落としていた。
診療所で話し込んでいた時間はそれほど長くなかったが、家に帰りつくには十分な時間だったはずだ。
「まだ時間も早いし、診療所にいるんじゃないかしら?」
「あ……、そうですね」
不思議そうに首を傾げるナディアの母親に、ミーシャはあいまいな笑みを浮かべてペコリと頭を下げると急いでその場を離れた。
診療所にいるはずのナディアが、行方知れずになっていると知ったら心配するだろうと、気を遣った結果だった。
「……どこへ行っちゃったの?」
来た道を戻りながら、ミーシャは途方にくれた。
こんな時、どこに逃げ込むのかを予想できるほど、ミーシャは村の事もナディアの事も知らない。
その現実を改めて突き付けられて、ミーシャはなんだか泣きたい気持ちだった。
『こまってる?』
ふいに、ミーシャの耳にささやき声が聞こえた。
とても小さな声なのに、妙に脳内に響くその声は、人のものではなかった。
故郷の森の中で聞いていたものとよく似たその声に、ミーシャは足を止める。
森に棲む人ならざる者達は悪戯好きで、ミーシャも良く困らされた。
だけど、本当に意地悪な事はしないし、泣きそうになっていると助けてくれることもあったのだ。
少し考えた後、ミーシャはその声に答えてみる事にした。
「うん。ナディアを探しているの。ふわふわの髪をした女の子。知ってる?」
とたんに、ふわりと周辺の空気が変わった。
姿は見えないのに、そこらじゅうの空気がパチパチと弾けているような感覚が広がる。
『おんなのこ』
『しってるよ』
『ミーシャの友だち』
『しってるよ』
嬉しそうな声が聞こえた。
まるで反響しているかのように幾つもの声が重なって響き、消えていく。
あまりのやかましさに、ミーシャの眉間に皴が寄った。
(すっごくうるさい。けど、今は情報が欲しい)
色んな方向から飛んでくる声にミーシャはじっと耳を澄ます。
『あっちにいったよ』
『もりのおくだよ』
『おじいの木のほうだね』
『おじい、よんだ?』
『よんでない。あのこはいつもおじいのところにいくんだよ』
囁き声は、ナディアらしい人物について語りだす。
それは、もはやミーシャに教えているというより、自分たちが楽しいから話しているようにも感じられた。
「どこに行ったか知っているなら、連れて行ってくれる?」
『『『『 いいよ~ 』』』』
力強い了承の後、ミーシャは見えない力でそっと背中を押されるの感じた。
その力に導かれるまま、ミーシャは森の奥に向かって歩きはじめる。
人の足が踏み入れていない雪は柔らかく容易くミーシャの足を飲み込んだけれど、ミーシャは気にせず進んでいった。
「ナディア、待っていてね。すぐに追いつくから」
『こっちだよ』
『こっちこっち』
決意を新たに進むミーシャの周りで、いくつもの囁き声が道を示し、楽し気にくすくすと笑っていた。
お読みくださり、ありがとうございました。
改めて、ナディアの葛藤です。
ナディアは知能的には普通で、努力で底上げタイプ。
そしてチートは別にありました。
周囲どころか本人も適性は別にあるんじゃないかと薄々感じてはいます。
が、猪突猛進なナディアは夢にまっしぐら。
『森の民』自体がやりたい事をやりなさい、なスタンスなため、みんなで見守ってます。




