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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
森の民の村

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152/159

1話飛ばしていたことにいまさら気づいて割り込み投稿しました(2026.2.13)

「さて、静かになったな」

 ミランダに連れられてミーシャが出ていった後、空になったカップをもてあそびながらしばらくぼーっとしていたラインは、大きく伸びをした。


「一休み、と言いたいところだが、さっさと報告書を渡しに行かないと、催促でうるさくなりそうだな」

 ため息を一つつくと、ラインは立ち上がった。

 旅をするための資金を得るだけなら、自身の力でどうとでもできるが、この村でしか手に入らない薬や器具はどうしようもない。

 手に入れるためには、面倒でも義務を果たすしかないのだ。


「口塞ぎに、できた分だけでも渡しに行くか」

 ラインは片隅にまとめていた書きかけの報告書の束からいくつかを取り出し、間違いがないかざっと目を通すと一つにまとめる。

 適当な鞄にそのまま突っ込んで、防寒具を身につければ準備完了だ。


「帰りにおれも風呂にでも入って来るかな」

 少しは楽しめそうなことも考えなければ、面倒くささが勝って、今にも自室に後戻りしそうだったラインは自分を鼓舞するように小さくつぶやいた。





 向かう先は、村はずれにある研究所だ。

 住宅地から少し離れた位置に作られたそこでは、複数の研究者が個人の部屋を持ち、日夜研究にいそしんでいる。

 研究しているのは薬や医療道具、果ては新素材までと様々だ。


 ちなみに、レッドフォード王国にネルが持ってきていた手袋も、この研究所で開発されたものである。

 紅眼病の際に、容赦なく溶かされて別の形に作り直され大活躍していたが、その時のデータも当然報告され、さらなる改良が始まっていた。


 このように、村の外に出ている人間は、研究所で新しく開発された器具や薬を預かり、実際の使用感や効果を試して報告する義務があるのだ。

 研究者たちはその報告をもとに、さらなる改良をはかり、完成を目指す。


 もちろん薬などは、実際に村の外に出す前に最低限の投与実験はしているが、村の中だけでは検証するにも症例が足りない。

 まさか薬の効果を試すために、わざと怪我をしたり病にかかったりするわけにもいかないので考えられた措置だった。

 簡単に言えば、完成品が欲しければ協力しろ、という事だ。


 ラインも義務として、いくつか新薬を預かっていた。

 効果の高い薬が開発されるのはありがたいし、自分専用に器具を改良してもらう事もあるため、研究所に協力することに反抗する気はない。

 ただ、報告書を書くのが面倒くさいだけで。


 幾度か、口頭での報告でいいのではないかと掛け合った事もある。

 しかし、言った言わないの水掛け論になったり、情報の抜けがある場合があったりするため、決まった形の報告書を提出する今の形に決まった過去があるため、聞き入れてはもらえなかった。





 ラインは家の外に出てザクザクと雪の中を進んでいく。

 雪かきされている道を使って向かう事も可能なのだが、その為には一度集会場などがある村の中心まで行かなければならないのだ。

 他の村人に遭遇して立ち話に付き合わされる気にもならないし、単純に遠周りになるため、ラインは一直線に道なき道を突き進むことを選択していた。


 正確には、小道は存在していたのだが、冬場は雪に埋もれてしまっている。

 使用頻度の低い小道をわざわざ労力をかけて雪かきする余裕はないため、どうしてもそちら方面に行きたければ雪中行軍するしかないのだ。

 降り積もったばかりの新雪は柔らかく、場所によっては膝近くまで埋もれてしまうけれど、ラインは気にせず進んでいく。


 そして、少し開けた斜面へたどり着くと、ラインは肩に担いでいた一メートルに満たない細長い板を靴に装着した。

 村は山の斜面に貼り付くようにして作られていて、ラインの家はその中でも一番頂上側にあった。

 つまり、自宅から目的地に向かって滑り降りる事が可能なのである。


 もともとは普通のスキー板を使っていたのだが、帰りの荷物になるのが面倒で板の長さがどんどん短くなり、さらにはストックも使わなくなっていた。

 バランスをとるのが少々難しいが、板が短い分小回りが利くし、木立の間も滑りやすい。

 しかし、大半の人間には熟すことが難しく危険が大きいと否定されていた。


 が、そんな批判もラインにとっては、そよ風ほどの影響もない。もともと自分が使いやすい形を追求しただけで、他人に広めようなど考えてもいなかった。

 たまたまそれを見かけた他の村人が、便利そうだと真似をして、あれこれ口と手を出していただけなのだから、否定されたところで気にするわけもない。


 軽快に滑り出したラインは、木立の隙間をすり抜け、段差をジャンプし、人手の入っていない雪山の滑走を存分に楽しんだ。

 時折張り出した木の根に邪魔されるが、それを回避するのも楽しみの一つだ。


 そして、あっという間に目的地の研究所へと到着する。


「報告書を提出しに来た」

「拝見しますね」

 建物を入ってすぐの所にあるカウンターで声をかけると、まだ幼さの残る青年が愛想よく受け取った。

 まだ自分の研究室を与えられていない成人したばかりの新人で、先輩の助手をしたり窓口業務などの雑用を交代でしているのだ。


「あ~。すみません。こちらの報告書はユースティ先生へ直接提出するように言付かっているものですね」

 複数ある報告書を確認していた青年が、そのうちの一つを申し訳なさそうな顔で返してきた。


「……直接?」

 ラインは受け取りながら、低くつぶやいた。無意識のうちにくっきりと刻まれた眉間のしわを見て、青年が少しおびえたように目線を泳がせる。


「はい。あの……。研究室の方に顔を出すようにとの事なのですが」

 消え入りそうな声で帰ってきた言葉に、ラインは思わず舌打ちをした。


「あぁ。すまない。君にいら立っているわけじゃないから、気にしないでくれ」

 ますます顔色が悪くなった青年に、ラインは慌てて謝った。


「勝手な事ばかり言うユースに怒っているだけだから。まったく面倒くさい」

 小さくため息を吐くと、ラインはそのままカウンターの横をすり抜けた。





「どうせ今もいるんだろう?渡してくるから、通るぞ」

 脅かして悪かったな、と軽く肩を叩いて奥の方へ進んでいくラインの背中を、青年は黙って見送った。


「ユースティ先生を愛称で呼んでた……。仲が良いのかな?」」

 ユースティとは、誰よりも多くの研究を同時に進め、誰よりも多くの成果をあげている研究所随一の人物である。


 飛び切り優秀で、そして、飛び切りの変わり者でもあった。

 気になる研究対象には徹底的に向き合い、徹夜も一日二日は当たり前。放っておくと食事や入浴を忘れるため、助手についたものは、研究の手伝いよりも日常生活の世話が主になる。


 というか、そもそもユースティの頭の回転が速すぎて常人ではついていけないのだ。

 何のためにその実験をしようとしているのか、説明されても理解できない事が多々あった。

 結局、細かく説明するのが面倒になったユースティは、全てを一人で用意して研究を進めるため、助手は生活の世話くらいしかできる事がなくなってしまうのだ。

 

 研究所に入る者は頭脳明晰で優秀なものが多いのだが、ユースティと会話しているとそのプライドが揺らぎ自信喪失してしまう。

 ユースティ本人にまったく悪気がないのが、また質が悪い。

 彼にとっては、なんでこんな簡単なことが通じないのかとそちらの方が分からないのだ。


 ユースティの作りだした数々の結果に憧れて研究者を目指して、師事する新人は多い。

 自分こそはとユースティの助手につき、食事の準備をするために研究所に入ったのではないと、ユースティの助手を外れてしまうまでが最近の流れだった。


 それ以外にも、ユースティの巻き起こす騒動は多い。

 異臭騒ぎは日常茶飯事で、何をどうしたのか爆発騒ぎを起こすこともあった。

 そのため、特別に離れを一棟丸々与えられている。完全に隔離措置である。


 そんなユースティが、自分に会いに来るようにと名指しする人物。

 あまり村にいないため、青年はラインの事をあまり知らなかった。


 画期的な治療法をいくつも確立させていることは知っていたけれど、青年の専門とは離れていた為、あまり興味を持っていなかったし、年代も親世代の方に近いため学校なども被らない。

「でも、きっとあの人はユースティ先生と会話ができるってことだよな」

 その一つだけで、尊敬に値する。


「最初はちょっと怖かったけど、なんか優しそうだったな」

 ポンと肩に置かれた手の感触を思い出す。

 指が長く、器用そうな大きな手だった。


「どんな話をしてるのか、聞いてもいいかな?」

 実は、青年もユースティに憧れた一人だった。

 ご多分に漏れず、理解できなかった理論展開と破天荒すぎる行動についていけずに、一週間と持たなかったけれど。

 それでもあきらめたわけではなく、理解できるようにもっと努力しようと、下積みから頑張っている所だった。


 すでに見えなくなった背中を思い出すように、青年はしばらく誰もいなくなった廊下を、憧れの目でじっと見つめ続けた。





「入るぞ」

 渡り廊下でつながれた小さな一軒家。

 ユースティに与えられた研究室の扉を開けようとした瞬間、ボンッと何かが爆発したような音がした。


「……出直すか」

 微かに漂ってきた焦げ臭さと酸っぱい異臭にラインは踵を返した。

 あまりにも素早い判断だが、再び研究所を訪れる手間よりも、謎の爆発現場に足を踏み入れる方がリスクが高いのは、誰の目にも明白だった。


「うわあ~、煙い煙い~~!」

 しかし、踵を返した次の瞬間には、騒がしい声と共にバンッと扉が中から開いた。

 途端に噴き出してきた煙と異臭に、ラインは素早く取り出した布で口と鼻をふさぐ。


「やっぱりエンジュの粉は不要だったかぁ~。ひどい目に合った……って、あれ?ラインじゃん。来てたんだ」

 飛び出してきてケホケホと咳こんでいる青年は、顔半分を覆う大きなゴーグルをつけていた。さらに、肩まで伸びたフワフワと柔らかそうな髪がもっさりと覆いかぶさっているため、どんな顔をしているのか分からない。しかも爆発の影響か、少し前髪がちりちりになってすすけていた。


「……今、帰る所だ。気にしなくていい」

「いやいや、待って。報告書もってきてくれたんでしょ!話聞かせてよ!」

 振り返らずにスタスタと歩き出そうとしたラインの手にある紙の束を、めざとく見つけた青年が慌ててその腕を捕まえる。


「丁度ひと段落したところだし、お茶も入れるから!入って、入って!」

 細い体からは信じられないほどの強い力で、強引にラインを引っ張りこもうとする青年に、ラインの眉間のしわがますます深くなる。


「うるさい。痛い」

「ギャン!」

 掴まれていない方の手で(こぶし)を握って、ラインは相手の頭に振り下ろす。

 鈍い音が響き渡り、青年が悲鳴をあげて蹲った。


「とりあえず落ち着け、ユース。逃げるのは諦めるから、まずは部屋の換気をするぞ。いったい何の実験をしてたんだよ?」

 頭を押さえて悶絶しているユースティを見下ろしてため息をつくと、ラインはユースティからゴーグルを取り上げて装着した。


「扉開けて出てきたなら、窓も開けて問題ない実験だったんだよな?換気扇もつけるぞ?」

 確認をとるように声をかけながらもさっさと中に入ると、次々と窓を開けていく。


「これだけ異臭が起こるなら、マスクもつけておけばいいのに」

 布で押さえていても感じる異臭に悪態をつきながら、換気扇のハンドルを回す。

 途端にガタンと音がして換気扇が動き出し、煙がすいだされていった。


 この離れをつくるにあたって、場所を取られると渋るユースティに絶対に必要だとラインが力説して取り付けた巨大な換気扇は優秀で、みるみる視界が良好になっていった。


「ライン、ゴーグル奪うなんてひどいよ~。煙が目に染みるじゃん」

「だったら排煙されるまで外にいたらいいだろうが」

 文句を言いながら入ってきたユースティに呆れた視線を向けながら、ラインはハンドルを回す手を止めた。


「しかし、相変わらずの散らかりっぷりだな」

 改めて見渡した部屋はカオスだった。

 床には積み上がった本に書類の山。良く分からないものがごちゃごちゃと詰め込まれた箱。乾燥した薬草の束や木の根っぽい物。隅に押しやられたソファーの上には脱ぎ散らかされた服が山と積まれている。

 

「実験用の机の上は綺麗だから問題ないよね」

 胸を張るユースティに、ラインはため息をついた。


「それも爆発騒ぎでぐちゃぐちゃだがな。あ~、こんなに備品を壊して。ガラス屋の爺さんにまた怒られるぞ」

「やばい。一月前に雷落とされたばかりだったのに」


 怖いというより、血圧上がりすぎて倒れるんじゃないかと心配になるほどの当時の怒りっぷりを思い出して、ユースティは青ざめた。

 が、次の瞬間ケロリとした顔で肩を竦める。

 

「まあ、しょうがないか。成果を上げるための尊い犠牲だよね。そんな事より報告書ちょうだい」

 ユースティは、期待に輝く目で手を差し出してきた。すでに目の前の惨状は見えていないのだろう。


「お前、本当に一回痛い目見た方がいいぞ」

 もう一度大きなため息をつくと、ラインは目の前の鳥の巣のように絡まった頭をコツンと軽く小突いた。


お読みくださり、ありがとうございました。


研究+爆発はテンプレだと思うのです。

ユースティのマッドサイエンスぶりをきちんと書いてあげれるように、頑張ります!

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