鳩 2
突然ですが、鳩にもいろいろいるんですね。丸々としたメタボ鳩がいたり、すらりとしたスマートな鳩がいたり。どんな動物でも、個性っていうものがあるんだなあ、としみじみ思います。
平和の象徴が、殺し屋の名前だなんて・・・。でも、物語の流れでこうするしかなかったんです。鳩のみなさん、そして鳩を愛するみなさん、ごめんなさい。
鳩
視界に入りきらない屋敷の前に人ごみができている。パトカーも何台も止まっている。警察が大声で何か叫んでいるがよく聞こえない。そりゃ、当たり前かもしれない。何しろここから200メートルは離れている。俺はバス停のベンチに座り、自販機で購入した清涼飲料水を飲む。あんな人の塊に突っ込んで行ったら、暑くて死んでしまう。
「いったいなにがあったんですかねえ。」とお婆さんに声をかけられたので「何でしょうかね?」と失礼のないように答える。「夜道には気をつけてください。」と挨拶も忘れずにする。
先程からの観察結果によると、救急車が屋敷に向かっていったきり帰ってこない。いや、正確には屋敷に向かうときのサイレンは聞こえたが、帰りのサイレンが聞こえなかった。ということは、誰かが死んだ可能性が極めて高い。あとは、その仏様がターゲットであるかどうかを確かめなければならない。
「さて、どうするかな。」
正直言って、警察の目の前には行きたくなかった。物騒なものを背中に背負っているからだ。人気がないからといって、ここに荷物を置いていくのも躊躇われる。しかし、このままでは何も確かめられない。
しばらく人ごみを見つめ悩んでいると、大きなバンが屋敷の前に数台止まり、マイクを持つ人々とカメラを持つ人々が現れた。ただでさえ暑苦しそうな風景がさらに暑苦しさを増した。
マイクを片手に奮闘する女性キャスターを眺めているうちに、俺は閃いた。携帯を開く。便利な世の中だ。俺はワンセグメントとやらでニュースを見る。臨時ニュースなのか、ちょうど黒田の屋敷が映っていた。奇妙な世の中だ。わずか二百メートル先の中継を画面越しに見ている。
「こちらは黒田達郎さんの家の前です。先程、未明にこの屋敷で爆破事件が起きました。この爆破によって黒田達郎さんは死亡。他に重軽傷者はいないようです。」
黒田達郎さんは死亡。俺は落胆する。あーあ。依頼主になんて言えばいいんだよ。
「黒田氏は爆死しました。」
「そうか。死んだならいいんだよ。残念ながら君への報酬はなくなるが、いいかね。」
「仕方がないです。失礼します。」
こんな穏やかな会話ができればいいな、と思いつつ、そんな訳ないだろと思う。俺は報酬をもらってしまった。
「黒田氏は爆死しました。」
「私は君に銃殺してくれと頼んだのだが。銃殺でなければいけなかったのだよ。それが私の依頼だったのだから。それとも何かね。黒田を蘇生させて銃殺するかね?」
こんなコミカルな会話ができればいいな、と思いつつ、そんな訳ないだろと思う。俺は蘇生術など知らない。
「君は用済みだ。」
ズドン。
それで終わり。俺はそういう人の依頼を受けてしまった。有能な奴は今後のために残しておき、無能な奴は情報漏洩を防ぐために消す。そんな世界あるわけないだろと思うかもしれない。しかし、世界は広い。そして、人の一生はそのすべてを見るには余りにも短かすぎる。知らない世界があっても仕方がない。
それで、今後の話なんだがどうするよ?俺は目の前のバスの時刻表を自分に見立てて話しかける。死ぬ前に何が食べたい?
バスの通らないバス停のベンチに座り続け、俺はその答えを待っていた。待っていると目の前に奇妙な光景が繰り広げられた。黒い上着を羽織い、顔をフードで隠した男がリュックサックを背負い、速足で歩いている。黒い上着にリュックサック。まさしく、俺だった。俺はバスの時刻表からそいつに目を移す。そいつの方が俺に見立てるのにふさわしい。俺は再び答えを待つ。
男を見ていると妙なことに気がついた。気のせいか、リュックサックの中に何か動く生物が入っているようだった。男の動きの余韻にしては変な方向に動いているように見える。
運び屋。俺は運搬専門の業者を思い出す。麻薬や拳銃、さらには動物まで運搬する業者だ。そうだとすると、あのリュックサックには、希少動物が何かが入っているのではないか。
男はいつの間にか俺の視界から消えていた。首を動かすと、男はまだ道を歩いていた。
「そんな大雑把な仕事をしているから、身を滅ぼすんだ。」
俺はペットボトルをリュックに入れ、立ち上がる。もし、運び屋のアジトを突き止め依頼主に報告したら、今回の件はなかったことにしてくれるだろうか?運び屋を直接の支配下に置くことは大きな利益をつながるだろう。そして、それを導いた俺は有能な奴、ということにならないだろうか。
俺は歩き出す。男は角を曲がる。