雀 1
基本的に、「鳩」、「鷹」、「雀」の順で話が進んでいきます。なので、次回は「鳩」の話になりますのでご了承ください。
今回は「雀」ですね。実は、私の頭の中で、彼が三人の中で一番最初に誕生しました。なのに、一番扱いに苦労したような・・・。
おまえの人生は充実していたか?そう問いかけられ、一番ドキッとしているのが私だったりして・・・
雀
頬を風が切り裂く。かまいたちでもあるまいし、実際に血が流れることはない。しかし、その風の冷たさは身を切るようだった。空を見る。星が良く見える夜だった。空気が冷たい日は星が良く見える。これは俺が思いこんでいる法則だ。
俺は潰れかけの小さな企業が集うビルの屋上にいる。双眼鏡を両目に当て、こんな田舎に似つかわしくない立派な豪邸を覗く。今日はその豪邸の持ち主の誕生パーティーが行われている。これまた小さな公園並みの広い庭に、多くのお金持ちがグラスを片手に談笑している。
俺はいつも思う。死を迎える人間は、その予兆があった方が幸せかどうか。簡単にいえば、病のように徐々に病状が悪化していき死を迎えるか、それとも交通事故のように突然死んでしまうか、ということだ。俺はまだ答えを出していない。ただ一つ、はっきりしていることがある。俺はろくな死に方をしないということだ。
時計を見る。午後七時四十分。パーティーが始まってからざっと四十分が過ぎた。そろそろプレゼント贈呈みたいなことをやらかすに違いない、と思った矢先、司会者らしき人物がマイクスタンドに立つ。近くにプレゼントの山がある。まさか一つ一つ丁寧に手渡しするわけではあるまいが、ターゲットがその近くに寄ってくれるだけで十分だ。
ターゲットがゆっくりとプレゼントの山に近づく。笑顔を振りまいてはいるが、そんなものは造り物だ。見れば分かる。俺は双眼鏡を片手で持ち、ポケットに手をやる。あと三メートル。いつもの口癖が口からこぼれる。
おまえの人生は充実していたか?
ポケットの中で握っていたスイッチを押す。わずかな手ごたえを感じると同時に、双眼鏡の向こうでスローモーション映像が流れる。
プレゼントの山が外に膨れ、抑えきれなくなり飛び散る。プレゼントの山の奥深くに潜んでいた力が、そのまま外にあふれだす。マイクスタンドを吹き飛ばし、芝を燃やす。やがて凍りついたターゲットに灼熱の爆風が襲いかかり、肉を、骨を燃やす。
風で膨らんだカーテンが、風がやむと同時に元の場所に収まるように、屋敷に静寂が戻る。そして、恐怖がその静寂を破る。その場にいた来賓の人々が叫び声をあげ、出口に向かって走る。ターゲットを心配し、いつまでも漂う砂煙の外で佇む者はごくわずかだ。哀れだな。その程度のつながりでも生きていくには必要なんだからな。
俺は双眼鏡をリュックサックにしまい、屋上を後にする。
人気のない古びたビルの裏口から出る。太腿のあたりに振動が伝わる。俺はポケットに手を突っ込み、携帯を取り出す。
「もしもし。いま仕事中?」
相変わらず底抜けた明るい声が聞こえる。
「あ、でも電話に出たってことは終わったってことか。で、上手くいった?」
「ああ。」
ふーん、よかったね、と喜んでいるのか喜んでいないのかよく分からないイントネーションで答える。
「で、今回はどのくらいもらえるのかなあ?」
「さあな。いつもどおりじゃないか。」
「あのね、分かっているかもしれないけど、君の報酬、最近少なくなってるからね。私の取り分も少なくなるじゃない。」
「そうか。不満なら他を当たってくれ。」
俺が電話を切ろうとすると言葉にならない声が聞こえてくる。「ちょっと待って」と「ふざけないでよ」と「だー待て待て待て」が合わさったような声だ。再び携帯を耳に当てる。
「君も私がいたほうが仕事がしやすいでしょ。」
「何もおまえじゃなくてもいいだろう。同じ仕事をする奴はごまんといる。」
「私も君と仕事がしたいのよ。」
急に猫が甘えてくるような、女性らしさを前面に出した声になる。
「金の亡者。」
その言葉が気に障ったのか、電話の向こうの声が怒りを帯び始める。
「あのね、人殺しに加担する人なんて、そんなにいないんだって。みんな罪は犯しても、人殺しはしたくないのよ。報酬だって大差ないのよ。そこのところ、分かってる?」
これ以上、しゃべられると面倒だ。出来る限り、携帯での会話は短くしたい。それは、向こうも分かっているはずなのだが、仕事終わりには嬉しいのか、会話が長くなる傾向がある。故に、適当に返事をすることにする。
「悪かった。これからもよろしく頼む。」
「よろしい。これからもよろしくお願いします。」
一気に明るくなった声を残し、電話を切る。こいつはいつも仕事が終わるたびに電話をしてくる。余計な会話はしたくないが、世話になっているから無下にはできない。
携帯が手の中でまた震える。俺は携帯を開く。今度はメールだった。送り主は『雉』。彼女は運び屋であり、ともに仕事をしている。俺は溜息交じりにメールを開く。
題名:無題
雀さん、大好きー
P.S.今度飲みに行かない?
絵文字も何もない味気ないメールだ。あいつは三十路前の女だというのに顔文字だの絵文字などには全く興味ないのか、白黒のメールばかり送ってくる。しかも、無意味なメールだ。俺は不器用に指を動かし、今来たメールを削除する。
俺は後ろを振り返る。空気が乱れるのを感じた。誰かが叫んだのか。俺はしばらく棒立ちになったが、数十秒後また歩き出した。星がきれいな夜だった。




