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ファインダー

んにゃ長編の方の書き方練習用にちょいと短い短編ひとつ。

ムードが出ていればいいけれど・・・・

「写真を撮り始めたのは高校のころからで、写真を撮られたくなかったからというのが主な理由です。」


 三十初めの小柄な男と横に並んで酒を飲む。カメラマンであるこの男だが一つのスタイルとして、いつの間にか人を撮ることをやめている。テーブルにはパワーバッテリーまで付けた大きな一眼レフが置いてある。カメラを構えたら顔はほとんど覆われてしまうだろう。つまみに手を伸ばしながら、時折カメラを愛おしそうに撫ぜる。一つの哀愁が完成されていた。


 グラスを覗き込みながら男は再び語り始めた。


 自分はフレームに収まらないっていうのかな。いや決して器が大きいからとかっていうわけじゃない。収まらない。フレームに馴染まない。こっちの方が正確かな。なぜか写真から弾き出されているって気がしたんです。運動会、遠足、音楽祭・・・。学校行事には様々な写真を撮らなくてはならない機会が多かった。集合写真以外は映らないように気を付けていたんですが無理な時も多い。今の学校よりは少ないと思いますけどね。えーっと保護者から文句が出るんでしょう。「うちの子より、あの子のほうが写っている写真が多いじゃない。ちゃんと平等に映しなさい」って。売れていないころはそういう仕事も引き受けていましたからね。そういう注意事項が学校から送られてきていましたよ。

あっと、すいません。話が逸れた。人生ここいらで話しておいた方がいいと心に決めたはずではあるんですが、どうにも臆病風に吹かれるようで。

写真の中の仲間たちと自分の顔がどうにも同じ空間を共有していないんです。どうにもそれが怖くて怖くて。笑っていたのか苦しんでいたのか、思い出してみてもパッとしない。仕舞にはそれが自分の顔なのかどうかすら怪しくなって来てどうにもたまらんってわけでカメラを始めたわけです。

気が付いたのはテーマパークで着ぐるみと写真を撮っている家族づれの一言ですよ。「お父さんが写真撮っていると映らないねー」っていう一言。まさしく神からの天啓。私の人生を決めた一言です。写真を撮っている人間は写真に写らない。これは真理です。いや、まぁ当たり前なんですけど。あとリモコンでシャッターを切ることができるカメラもあるっていうのはなしです。

高校時代は救われました。集合写真も卒業の時だけだったし、ちょうどうまく写真部もあって現像から学ぶことができました。

最初は安いデジタルカメラから、あっという間にのめり込んで高校一年の夏休みずっとカメラ屋でバイトをして一台の一眼レフを買いました。バイト先の店長が中古のレンズをおまけに付けてくれたりして。有頂天になって夜空や公園、学校内の風景何でも撮って、何でも現像して・・・。ピントの合っていない写真もそれはそれでいいもんです。高校三年の初めにようやくカメラ以外の諸々がすべて自分の部屋の中に揃いました。部屋には遮光カーテンなんかなかったけど、実家は田舎でしたから真夜中になれば自室は暗室になって昼間は写真撮って、夜は現像。学校は目蓋をこすりながらなんとか終わらせました。


ありきたりな話ですが、顧問の先生に写真科を進められ、親の反対を押し切って東京の芸大に進学。半ば家を飛び出し東京で一人暮らしを強行。それでも親は学費だけは振り込んでくれました。在学中、小さなコンクールでしたがいくつか賞を貰ったあと、教えていなかった下宿先にいきなりお祝いの電話をもらいました。自分は泣きながら鞄に賞状と賞金を詰め込み実家に戻りました。父親は賞状だけを受け取り、「賞金でカメラの道具でも買いなさい」と言ってくれました。自分はカメラを覗き込み続けなくてはならないと誓いました。順調でなかった時も確かにありました。それこそ学校依頼の写真なんていうものは自分の取りたいものでない。それでもファインダーの先にある風景を切り取り続け、軌道にようやく乗ってきて今こうしているわけです。


でも最近どうしても考えてしまうんです。それはどうにも仕方がない。けれども考えてしまう。それはとても寂しい。怖い。自分が覗くファインダーにじぶんはどこにも映ってはいない。結局写真から浮き出ていた自分はカメラマンになって写真に写ることがなくなった今でも風景から浮き上がっているのではないかと。ファインダーの先はテレビと同じようにどこかの風景を映し出していはいても何もないのではないかと。僕は写真が撮りたかったんでしょうか、そうではなく僕が写る写真、僕が当たり前のように存在している空間を手に入れたかったのではないか。ファインダーの先に映る皆の笑顔が僕には恐ろしい。お前にそんな空間があるはずがないだろうと最後通牒されているようで。撮らない、撮れない。いや探しているんです。僕の姿が当たり前のように映る風景を。

ずっと、探しているんです・・・・。


ウイスキーの注がれたグラスに映った彼はただ頬の引き攣った笑いを顔に張り付けていた。

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