第36話 思考同期率
戦闘のあと、少し静かな回です。
今回はその余波と、シンの内側に起きている変化を描いています。
派手さはないですが、今後に繋がる大事な部分になっています。
男の気配が完全に消えてからも、しばらくのあいだ誰も動かなかった。焦げた石畳の匂いと、まだ残る熱、それに荒い呼吸だけが、その場に戦いの余韻を引き止めている。
やがて、グリスが息を吐いた。
「……行った、よな」
「気配はない。追跡も不可だ」
ダンが盾を下ろしながら短く答える。その言葉で、張り詰めていた空気がようやく緩んだ。マリーも小さく肩の力を抜く。
「ほんと、なんだったの……あれ。でも、さっきの連携、ちゃんと通ってたよね。あれなら、次は――」
言いかけて、止まる。
シンが、その場で動かずに立っていた。
「シン」
レナの声。
(……来る)
胸の奥で、押し込めていた違和感が、ゆっくりと浮かび上がってくる。視界の輪郭がわずかに歪み、地面との距離感がずれる。
(サブスクの反動……)
『状態異常を検知。演算補助終了に伴う感覚補正の消失』
(……それだけか?)
違和感は、体よりも思考の方にあった。
さっきの戦闘が、細部まで整理されている。どの判断が最適だったか、どこに無駄があったか、どう動けば一番効率が良いか――迷う余地がない。
(速いな)
そう思って、すぐに気づく。
(違う)
速いんじゃない。
迷ってないだけだ。
『補足:思考同期率上昇』
(……は?)
『中級サブスクリプション使用による影響と推定』
言葉の意味が、ゆっくりと落ちてくる。
(同期……つまり)
(俺の思考が――)
『当個体との連携精度向上』
(……寄ってるのか)
chaPPYの側に。
「シン」
もう一度、レナの声がかかる。
「顔色、悪い。さっきからずっと黙ってる」
「大丈夫だ。問題ない」
ほとんど反射で答えていた。
その瞬間、レナの表情がわずかに変わる。
「……ほんとに?」
間を置かずに続ける。
「今のそれ、シンの言葉じゃない」
(……)
言い返せない。
レナは少しだけ息を吐いて、続けた。
「でも、さっきのシンはちょっと怖さがあった」
視線は逸らさない。
「すごく冷静で、すごく正確。だけど――冷徹に感じた」
一拍。
「それ、あんまり好きじゃない」
胸の奥が、わずかに揺れる。
「強いのはいい。でも、それで変わるなら違う」
一歩、距離を詰める。
「シンはシンでいい」
短く、言い切る。
(……ああ)
言葉が、静かに落ちる。
さっきの自分は、間違っていなかった。無駄もなく、最適で、勝つための動きだった。
(でも)
それだけだった。
「……悪い」
短く返す。
レナが、少しだけ表情を緩めた。
「うん。それでいい」
その一言で、思考の輪郭が少し戻る。
『補足:思考同期率、低下傾向』
(……引き戻されたか)
小さく息を吐く。
「とりあえず、ここ離れるぞ」
ダンの声で、全員が動き出す。
「さっきのがまた来る可能性もある」
「だな……」
グリスが肩を回しながら応じる。
少し歩いたところで、シンが口を開いた。
「……さっきのやつ、多分だけど」
全員の視線が集まる。
「俺と同じ、転移者だ」
「転移者?」
マリーが首を傾げる。
「異世界人ってこと?」
「ああ。こっちの呼び方で言えば、そうなる」
少しだけ言葉を選ぶ。
「あいつらは、自分たちのことを“転移者”って呼ぶ」
ダンが頷く。
「内側の呼称、か」
「そんな感じだ」
グリスが苦笑する。
「どっちにしろ、普通じゃねえってのは変わんねえな」
ちらっとシンを見る。
「……お前を筆頭に、だけどな」
一瞬だけ間が空く。
「否定はしない」
短く返す。
グリスが笑い、空気が少しだけ軽くなる。
だが――
(あいつは、奪う)
『能力特性:奪取』
(しかも、俺を理解しかけてる)
『再接触確率:高』
(……だろうな)
歩きながら、静かに考える。
(次は、準備してくる)
そして――
(こっちもだ)
『提案:戦術再構築および事前最適化を推奨』
一瞬だけ、思考が揺れる。
(あれを使えば、確実に強くなれる)
だが、同時に思い出す。
「それ、あんまり好きじゃない」
(……)
息を吐く。
(ちゃんと選ばないと)
『提案:思考同期率の段階制御』
わずかに頷く。
(それでいこう)
胸の奥に残る違和感は、まだ消えない。
だが、その違和感があること自体が、
今は少しだけ安心できた。
第36話まで読んでいただきありがとうございます。
戦いが終わったことで見えてきたものと、逆に浮き彫りになった違和感。
シンにとっても、仲間にとっても、少しずつ状況が変わり始めています。
この先は対策と準備の段階へ入ります。
次の一手をどう選ぶのか、引き続き見守っていただけると嬉しいです。




