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9. 覗き込む


「エンは、しばらく療養だね」


 ドーム型の屋根を持つ白い宗教建築物とそれ囲う石門。一昨日、用心棒の依頼を請けた仕事先の寺院へやって来たのは、セキナとニグモイの2人だけだ。


「だな」


 ニグモイはセキナの言葉に、短い返事を返すことしかできなかった。

 自業自得に巻き込まれた憤りよりも、今は死を悼む気持ちの方が強い。工場で捕まっていたエンを逃がした構成員。彼は、エンを庇って亡くなった。


(自分が原因のいざこざで庇われて、相手が死んだってキツいよな……)


 ニグモイの師である闇医者の診療所で、エンは入院している。ニグモイが輸液の交換で病室へ訪れた時、感情が消え失せたようなエンの横顔に言葉を失った。エンはニグモイに気が付くと、いつもの笑みを浮かべたが、ニグモイは1度見たあの顔を見間違いだとは思えなかった。


「ニグモイ、大丈夫?私ひとりでも仕事はやれるから、無理はしないでね」


 黙り込んでいたニグモイの顔を、セキナが覗き込んだ。

 規模の大きい寺院のためか、用心棒はセキナたち以外にも、実績のある面子が複数集められている。ニグモイが休んでも、セキナの負担が増えるということは無い状況だ。


「や、大丈夫。俺も休んでられるほど、金があるわけじゃないし……」


「……私も、まだ今月の家賃まで稼げてない」


 まだ冬の季節までは遠いはずだが、木枯らしが吹いたような気がした。

 2人して遠い目になり、から笑いで向かい合う。セキナの端末に表示される残額は、4桁。もうあと3倍ほど増やさねば、家賃には届かない。


「ふはっ、俺といい勝負できるカツカツ具合じゃん」


「もう今回の仕事は拳銃使わない……弾がもったいない……」


「ぷっはははっ、違いねーや。俺も今月は、カレーパンが1個買えるくらい撃ったな」


「何その換算……ふふ。ニグモイ、笑いすぎ」


「はー、笑った笑った。いや、用心棒の仕事請けといて、弾の節約は笑うじゃん」


 ニグモイは自身の心が少し軽くなったことに、心の中で礼を言った。セキナに向けて、ニグモイは握り拳を差し出す。


「ま、お互い気合い入れていこうぜ」


 セキナが頷き、互いの拳を軽く突き合わせた。


「今日はディーも休むって言ってたから、2人で頑張ろ」


「だな。まー、でも、セキナも無理すんなよ?いざとなったら、2人で師匠の診療所に居候してやろーぜ」


 軽口を叩きながら、2人は寺院へと向かった。


◇◇◇


『……アニマ。anima、ラテン語か。意味が息、生命、魂……』


 誰もいないオフィスに、ディーは居た。機械の駆動音が響く薄暗い中、事務机の上に乗ったディスプレイには、様々な情報を調べた結果が表示されていた。


 アニマ、保安統制局、パーティション059、クェン。

 工場で捕まっていたエンとディーの問答があった際に出てきた単語たちだ。


『なし、なし、……ク族?』


 固有名詞として唯一情報が見つかったのは、クェンだけであった。一般にはク族と呼ばれる部族だが、本人たちはクェンと自称しているらしい。


『ク族の一部がテロ組織と協力して、独立を目指した。蜂起するも鎮圧され、関係者は逮捕されたが、長らく部族に対する差別が続く……』


 エンはクェンの復権を望んでいた。クェンか、その関係者なのだろう。情報には、まだ続きがあった。

 ディーは保護と題された項目を読み進める。


『少数民族保全協定により、構造的差別からは脱するも、まだ世間の心証は悪いといえる。過激的な集団が報復行為として、ク族の土地に水素爆弾を使用した……!?』


 国単位ではなく、集団レベルでそんなことが引き起こせるのかと、血の気が引いた。


(……いや。そもそも、技術レベルが違うんだろうな。……例えば、アニマ。たぶんこれは技術関係で当てられた名前だろう。俺に対して、エンはアニマの構想と結び付けて発言していた……)


 身体の無い意識体。魂になぞらえた表現としては適当だろう。しかし、そう仮定したとき「ニグモイ・ヴァルアーのアニマ保護」は謎の多い表現だった。


(ヴァルアー……おそらく苗字やミドルネームに相当するものなんだろうが、ニグモイは孤児だ。本人も名前しかないと言っていた。……そもそも、パーティション059とは、どこのことだ?最初はこの街に対するコードネームか何かとも思ったが……ニグモイとニグモイ・ヴァルアーが同一人物でなければ、違う場所なのか……?)


 頭の中が混乱し始めてきたディーは、1度ため息を吐いて思考を止めた。仮定しかない状態で思考を進めても、正解が見つかる可能性は低い。


『ある程度の裏取りはしたかったんだが……まあ、厳しいか』


 天井を仰いだ拍子に、“網”を見つける。あれから、ディーはこの“網”が、どこにでもあることに気が付いた。ふと、好奇心で手を伸ばす。


(あの時は遮断しろと言われたが、そもそもコレは何なんだ……?)


 “網”に触れた瞬間、明滅を繰り返す何かが波のように押し寄せた。身の内に入り込み、ときおり弾け、すり抜けていく。未知の感覚だった。そして、直感する――この網を辿った先に何かがある、と。


 ディーは魅入られたように、更に手を伸ばした。


少数民族保全協定って名付け、ずいぶん傲慢だなぁと思います。

分かりにくい治安の悪さ要素です。

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