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7. カオスティック・パーリナイ_前半


 二十一区の郊外。細い煙突が伸びる工場の近く、打ち捨てられたコンテナの脇に車が止まっていた。車内にはセキナとニグモイがおり、端末に表示された平面図を元に議論をしている。


『待たせた。エンを見つけたが、拘束されている。今、場所を送った』


 車内にディーの声が響き、端末の平面図に人間のマーカーが追加された。


「お疲れ……って、うわ。二階か……非常階段は使えねぇし、面倒だな……」


 この工場を取り仕切る組織はニグモイが使う仕入先ではなかった。そのため、交渉よりも潜入して秘密裏に救助した方が早いという結論になったところだ。


「てか、エンは何で捕まってんの?ここのマフィア、人身売買はやってないんだろ」


 ニグモイの問いに、ディーは言葉を詰まらせた。

 エンの言葉を思い返したが、そのまま伝えるには、なんというか――はばかられる。


「あー、ここのマフィアに私の恋人が居るんだけどねぇ。その愛を確かめたくって、喧嘩売っちゃった」


 喧嘩売っちゃった、ではない。

 結局あの後、構成員が近くにやって来たため、エンが捕まる原因しか聞けていない。それも先の一言だけである。


(何だあの落差……というか――クソ、まだ話した内容も整理できていないんだが……) 


 ディーは一瞬セキナを見てから、大きなため息を吐いた。


『エンがマフィアに喧嘩を売った。自業自得ではあるが……』


 腹立たしいことに、助けないという選択肢は今のディーに無い。しかし、助けるとまでは言えず、言葉を濁すことしかできなかった。


「はぁ?なんで、んなこと……え、マジで理由は?」


『知るか、本人に聞いてくれ。見張りが戻ってきて、詳しくは話していない』


 出来ることなら、このまま酒でも呑んで眠ってしまいたかった。身体の無いこの身には、出来もしないことだが。

 心の内で盛大なため息を吐いた後、ディーはセキナを見た。


(……初対面で都市伝説のAIに間違われたのは驚いたが、そちらの方がよっぽどらしい存在か)


 端末を操作していたセキナが顔を上げ、ディーと視線が合う。


「ディー、このルートで行く。構成員の配置を見てきて」


 セキナは、ディーの存在を認識している。ほかの人間には認識されず、端末越しに通話しているとしか思われていないが。


(いや、エンも分かっていそうだったな……。今までは、あえて分かっていないフリをしていたか)


 再びセキナを見る。まだ十代前半といった幼さの残る声と顔立ちは、髪や瞳の色こそ違えど、恩師の後ろに隠れていた少女と同じものだ。

 セキナ。恩師の娘と同じ名前と面影を持つ――エンいわく、接触してはいけない存在。


「……ああ」


 ディーは短く相槌を打って、工場へと向かった。

 何が真実で、何が偽りなのか。思考が鈍るのは、自分にとって都合の悪い真実に気が付きたくないからなのか……。


 今度こそ守る。そう、決めたばかりだというのに。


◇◇◇


 エンが部屋の扉に目を向ければ、解錠の音が響く。扉を開けたのは、スーツを纏った神経質そうな男だった。


「何故こんなことをした」


 感情の削がれた声を聞きながら、エンは男に向き合う。部下を伴わず、単身でやってきたこの男は、マフィアの幹部から目を掛けられるだけ優秀だが、情に脆い――エンの恋人だ。


「ジウに、組織を辞めて欲しくて」


 エンは笑った。その笑顔をジウは見たことがある。不当な排斥で故郷を追われた過去を語った時と同じ――隠すための笑顔だ。

 ジウは、怒りとも悲しみともつかない感情に襲われながら、沈黙のままエンを見下ろしていた。


(こいつは、どこかあの人に似ている)


 ジウの亡き母は、紛争から逃れ、見知らぬ国で自分を生んだ。口数の少なかった母と違い、エンはよく笑う。笑うが、その目は母と同じように遠くを見ていた。


「……こんなことをせずとも、俺はお前を選ぶ」


 ジウは膝をつき、エンの拘束を解いていく。

 最初に出会った時はおかしな女だと思った。ク族として背負わされた業に俯くことなく、飄々と笑う。それが強さだと気が付いてからは、目が離せなかった。


「ごめ――」


「いい。お前は、突拍子もないことを悪びれずにやってみせるほうが似合う」


 有無を言わさず、ジウはエンを自らの腕の中に引き寄せる。そのままエンを抱きすくめると、その耳元に口を寄せた。


「ここを出る。……そのあとは、お前の故郷で暮らそう」


 ジウの囁きに、エンは小さく頷いた。

 愚かな人だ、と心の中で呟きながら。


(……残念ながら、私の故郷は今やクレーターなんだよ)


◇◇◇


「は?エンのマーカー動いてるぞ!?」


 ニグモイの慌てる声に、外を警戒していたセキナが振り返る。端末に映るマーカーは言葉通り、部屋の外を出たところだった。


「ディー!そっち、どうなってる?」


『ちょうど今、見えた。……構成員に連れられて、部屋の外に出ている』


 ディーの返答にセキナは眉をひそめた。ニグモイが持つ端末を覗き込み、人差し指を顎に当てながら目を走らせる。


「出せる情報を全部送って。エンが見せしめにされるかもしれない、強行突破する」


 セキナの声には、静かな緊張があった。ディーは伝えそびれた情報に気が付き、セキナを落ち着かせるべく口を開く。


『いや、あの構成員は――協力者だろう。エンの拘束が解かれている』


 あれが恋人なのだろうとディーは察したが、協力者と濁すことにした。


「はぁ?なんだそれ。まさかエンの奴、わざと捕まってたってことか?」


「……助けるの、余計なお世話だった?」


 困惑する未成年組に、ディーはどう声を掛けたものかと考えあぐねる。エンはニグモイの言う通り、わざと捕まったように思う。しかし、工場に居る他の構成員は、ゆうに四十を超える。多勢に無勢の状況は、エンの安全が保障されていると言い難い。


「……ディー、害獣駆除の依頼って六区の郊外だったよね」


 セキナが静かな声で問いかける。脈絡のない話に戸惑うが、ディーは頷いた。六区と二十一区は深い谷で隔絶されているが、隣り合う区だ。


「え……まさか、アレって……!?」


 焦るニグモイが車のダッシュボードに身を乗り出す。フロントガラスから見上げた先には、一メートル弱の黒い影。月が照らす夜空を滑空していく――翼竜と呼ばれるものの群れだった。


「エウディモルフォドン、多咬頭たこうとうの歯を持つ翼竜。尾の先端には、放電する棘状きょくじょうの電極付き……だね」


 再生動物ネオ・アニマル――現代へ蘇った翼竜が向かう先には、エンの居る工場がある。人をたやすく感電死させるアタッチメント付きの尾が、ゆらりと振るわれた。

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