4. 屋台飯
「セーキナちゃん。ニグモイくんが上の空なんだけど、何か呑んだ?」
エンの言葉に振り向くと、腕を組んだままぼんやりと屋台の看板を眺めるニグモイの姿があった。夕食のためにバーを後にして、屋台通りへと戻ってきたのだが、エンの言う通り心ここにあらずといった様子だ。
(いつもなら、誰よりもたくさん食べるのに……疲れてる?)
セキナ捜索の依頼を請けた意図をニグモイに共有したかったが、今日は難しいかもしれない。
「お酒は吞んでないけど、疲れてるかも。声かけてくる」
「そっか。じゃ、私は向こうで彩虹麺買ってくるねぇ」
エンと別れ、カレーパン屋の前で佇むニグモイに、セキナは声をかけた。
「ん?ああ、セキナ。なんかあった?」
「ニグモイが何も頼んでないから、調子悪いのかなって」
「……あー、いや。まあ、色々考えてた。セキナと最初に会った時の事とか」
ニグモイの言葉に、ドキリとセキナの心臓が跳ねた。あの時の銃撃騒ぎと、今回の捜索依頼は繋がっている。ニグモイが、それに気が付いてくれたのだろうか。
「銃撃騒ぎの、こと?」
「ん?……あー、そういや最初会った時の怪我って、例の銃撃騒ぎで出来たやつなんだっけ。銃創じゃなかったから、なんかいまいち結びつかねぇんだよな」
「……そう」
ぱくり、とセキナは手元のバインミーを頬張った。咀嚼して飲み込んでしまえば、胸の中にあるザラついた感情が和らぐ。
セキナは、妙な期待を抱いてしまったことに後悔していた。最近、根拠も無いのに、何故かニグモイに対して期待をしてしまうことが多い。
(ニグモイが鈍い……とまでは言わないけど、鋭い方じゃないのは分かってるはずなのに……変なの)
セキナは自身の脳や認知機能の状態を確認したが、異常は無かったので、なおのこと不可解だった。
「お、そのパン美味そう。俺もなんか買うかな……」
セキナが手元のバインミーを食べ始めた様子を見て、ニグモイは食欲が刺激されたらしい。行ってくると言わんばかりに片手を上げ、屋台の方へ向かっていく。セキナは同じように片手を上げ、ニグモイを目で追った。
(こうやってニグモイのことを目で追うのは、体さばきを参考にしたいから。近くに居ると安心するのは、珍しい善性とその強さから)
セキナが自分の行動や感情を振り返る。
ニグモイに対して抱く感情は信頼であって、意のままに操りたいという支配欲では無いはずだ。そもそも、本人が変化を望んでいないのに期待を押し付けても、思い通りにはならないことをセキナは理解している。
(ディーに相談しても「知らん。分からん。聞くな」で頼りにならないし……まあ、野良AIだから人間の心理なんて知らないってことかもしれないけど)
ディーはセキナの従兄妹ということになっているが、その実は都市伝説に語られる大戦時代の遺物――諜報用に開発されたが人の制御から逃れ、今もどこかを放浪していると噂される――野良AIだ。本人……本AIの意向で人間のフリをしている。
セキナが思案していると、カレーパンを片手にニグモイが戻ってきた。小脇に紙袋を抱えており、他にも色々と買ってきたらしい。
「セキナ、どこで食う?一応、エンとも次の仕事の話はするんだろ」
「ん、こっち」
いつもの調子に戻ったらしいニグモイに安堵しながら、セキナは集合地点へと案内する。椅子の無い立ち食い用テーブルが並ぶエリアの一画、エンが虹色に発光する麺をすすっていた。
「……まーたゲテモノ食ってんのかよ、エンは……」
「今度は侮辱飯を食べたいって言ってたよ」
「食の好奇心が斜め上すぎんだろ……」
侮辱飯――富裕層を揶揄するいわれを持った貧民層の憂さ晴らし料理だ。不謹慎な娯楽であり、味や量を重視するようなものではない。
「分かっているよ、ニグモイ君。彩虹麺は君の分も、ちゃーんと買ってあるからね!」
セキナたちに気が付いたエンが、満面の笑みで「きらめくレインボー!」と書かれた発泡スチロールの容器を机に置く。すかさずニグモイがツッコミを入れた。
「いや、分かってねぇよ!要らねぇわ!」
「えー!?ニグモイ君なら、良さが分かるから!食べて食べて食べて~~」
やだやだとエンが首を振りながら、ニグモイの頬に発泡スチロールの容器を押し付ける。驚くことにエンの駄々は珍しいものではない。その様子を見かねたディーが、ため息を吐いた。
『だから妙な絡み方をするな、大人げない……』
ディーのお小言でエンが止まった試しはない。セキナは食べ終えたバインミーの紙包みを丸めてから、片手を差し出した。
「私が食べるよ。エン、ちょうだい」
パッとエンの目が輝く。その横で頑なに受け取りを拒否していたニグモイがゲッソリした顔で、申し訳なさげな目配せをしてきた。
「やった~、セキナちゃんの優しさが染みるなぁ。んふふー、ディーみたいな大人になっちゃダメだよ」
『どう考えてもその言葉は俺じゃなく、エンに向けられるべきだと思うんだが……』
セキナは沈黙のまま、受け取った彩虹麺をすする。人体に害がないことは確認しているものの、ニグモイが食べようとしなかった気持ちが分かる珍妙な味だった。エンから感想を求められる前に、違う話へ持っていこうとセキナは口を開く。
「ディー、並行して進める仕事の候補は?」
『端末を出してくれ。候補は……輸送、用心棒、廃品回収、害獣駆除……あたりだな』
セキナがテーブルの上に端末を置くと、その画面上に仕事の概要が一覧で表示されていく。ニグモイがカレーパンを片手に端末を覗き込むと、眉をひそめた。
「んー……輸送は箱が60センチ以上だから、パスだな。中身が人間の可能性がある」
『……そんなことがあるのか?』
「前に診た患者から聞いた話だけどな。でも、ありえない話じゃないだろ」
絶句するディーをよそに、ニグモイと入れ替わりでエンが端末を覗き込む。
「害獣駆除も止めた方が良いかなぁ。再生動物は大概おかしなアタッチメント付いてるから、専門家に任せた方がいいよ」
「おかしなアタッチメントって?」
ニグモイの疑問に、エンはすすっていた麵を飲み込んでから答える。
「電気器官積んだスピノサウルスとか、尾に毒腺があるドエディクルスとか」
物騒な付加価値を与えられた古代生物たちの名前を前に、ニグモイが眉を顰める。
「それ、血清って……」
「無いだろうねぇ。再生規制法を破ってる反社の拠点へ殴り込みに行けばあるかもしれないけど」
「うえ、ぜぇってー関わり合いたくねぇわ」
何か嫌な思い出でもあるのか、ニグモイは辟易したようにため息を吐く。すると、セキナが手元にたぐり寄せていた端末から、小さな呟きがこぼれた。
『そうか……一度見てみたかったんだが、専門家に任せるか……』
ディーの声は、どことなく落ち込んでいるような気がした。
(見てみたかったんだ……野良AIって好奇心旺盛なのかな)
思ったことを口には出さず、セキナは用心棒と廃品回収の項目を見比べていた。
「用心棒の方は日数で終わるから、仕事としてはこっちのほうがやりやすいと思う。明後日から二日間、寺院で泊まり込み」
セキナが差し出した端末をエンが眺める。画面上の文字を追って動いていた瞳がピタリと止まり、エンの口が弧を描いた。
「ふぅん?……炊き出しの食糧強奪が想定される、ねぇ。慈善の精神を貫くのも大変だ」
「……何で俺のほう見て言うんだよ。俺の信条は別にそういうご立派な精神ってワケじゃねーから」
ケバブサンドを食べていたニグモイが、薄く笑うエンの視線に気が付いて肩をすくめる。エンは特に返答を返さず、どこか愉快気に笑みを深めるだけだった。
「ま、仕事内容的にはいいんじゃねぇの。報酬もそれなりだし」
ニグモイが視線をセキナに移して答えると、エンも片手を上げて賛成の意を示した。
「私もさんせーい。じゃあ当日のお昼に現地集合かな?」
「ん、それでいいと思う。巡回ルートとかの詳細も、当日現場を見て決めよう」
そして明後日――と、無事に日が過ぎることは無かった。屋台飯を終えた次の日、エンが何者かに誘拐されたからだ。




