<十一>
長くなったので2話に分けて2日連続投稿予定。
アルガの16日。
ディーは昨夜のヒュームとの会話を思い出していた。
昨夜の会話は見事に平行線だったのだ。
危険すぎる、と部屋への侵入に難色を示すヒューム。
このままでは埒が明かない、と主張するディーとフィリア。
最終的にはディーが押し切る形で、今日の調査を行うことに決定した。
(心配するのはわかるけど…。)
それだけでは先に進めない。
怖くても。
その怖さを認めながら一歩前に踏み出すこと。
無謀でもない。
慢心でもない。
今の自分にできることを全力ですること。それが一番良い方法だ、ということをディーは、あの迷宮で学んでいた。
「…始める。フォローをお願い。」
フィリアに声を掛ける。
「まかせて。」
それに応えるフィリア。
今回操作する人造生命は昆虫型ほど遠距離で操作することができない。代わりにより細かな作業を行うことができる。
しかし操作に集中するため、やはり無防備に近い状態になるのでフィリアによるフォローが必要なのだ。
現在いるのは、弟子の男の家に近い広場である。できれば建物の中の部屋から行いたかったのだが、距離の関係で適切な場所がこの広場しかなかったのだ。
ディーが人造生命の操作に集中するのと同時に、フィリアも精霊魔術を行使する。
-我は願う-空に漂いし風の精霊-害-探知-『風精陣』
これで自分たちに害意を持つ存在が近づけばすぐに探知できる。
表面上はのんびりと広場で休憩する2人。その実、眼に見えぬ戦闘状態に突入していた。
(…部屋に侵入、探索。)
人造生命の操作に集中するディー。今、彼女の眼は人造生命の眼であり、人造生命の手は彼女の手であった。
人間の数十倍は鋭い人造生命の5感。その全てを駆使してディーは部屋の中を探っていた。
(ここには…無い。ここにも…。)
丹念に部屋を探索していくディー。
探索を始めてから2ジアン余り。
ここには何も手がかりはないのか、とあきらめ掛けた頃に。
ディーは微かな違和感を憶えた。
(…血の臭い?)
それは床の敷物の下から漂ってきていた。
人には感じられないどころか、人造生命にも分かるかどうか、という程の微かなものだったため、気づくのが遅れたのだ。
慎重に敷物の下を探る。
床板が一部持ち上がるように細工されていた。
中には1冊の本と何かの生き物を象ったようなペンダントが入っていた。
(…本の題名は…読めない。知らない言語…。)
中をめくってみても読むことはできなかった。一瞬持ち去るかどうか悩むが、侵入を気づかれるのは不味い、と考え持ち去るのは止めた。代わりに題名を文字の形ごと記憶する。 次にペンダントを調べる。
猿と狼と蝦蟇を一度グタグタに混ぜ合わせて、それから形を無理矢理整えたようなそんな意匠のペンダントだった。
見ていると微妙に吐き気を感じるような醜いその姿に、ディーは気分が悪くなり目をそらした。
他にめぼしいものがないか探索に当たろうとした時、フィリアから警告がある。
≪彼が戻ってくる!中止よ!≫
通常の声では聞こえないため、あらかじめ打ち合わせておいたとおり、部屋に配置した精霊を介した合図で、ディーは引き上げを決意した。
本とペンダントを元通りに戻すと、人造生命に自壊の命令を出し、精神のリンクを切る。
人造生命はその場で崩れ去るとみるみる消えてしまった。後には細かな灰のようなものが少し残ったが、それは殆ど床の埃と見分けがつかなかった。
数ピンの後、部屋の主が帰ってくる。
彼は部屋に侵入者があったことには気づかなかった。
その晩。
ディーとフィリアの2人はヒュームと会っていた。もちろん昨夜とは違う宿である。
「…本と、ペンダントか。」
考え込むように呟くヒューム。
「…題名に書かれた文字も、中も読めなかった。」
「それだけでは、何とも言えん。」
古文書の中には現在使われていない文字も使われていることがあり、しかも大概、そのような本は貴重品が多い。隠してあっても不思議ではないのだ。
「後は…気持ちの悪いペンダント。」
「それも、現物を見ていないのでは何とも言えん。」
腕組みをするとすっかり考え込んでしまうヒューム。
「本の題名は読めないんだったっけ?」
ディーに訊ねるフィリア。それにディーも答える。
「…うん、見たことのない文字だった…。」
「どんな字なの?」
「…ちょっと待って。」
そう言うと自分のポーチからペンと紙を取り出すと、そこに不思議な文字を書き始めた。
Pnakotic Manuscript
「確かこんな感じ。」
「確かに見たことない文字ね。精霊文字でもないし…。」
「…古代文字でもない。」
「…ふむ、私の知っている文字でもないな。」
「この文字についての調査が必要ね。」
「今後の調査はそこから、ということか。」
※Pnakotic Manuscriptは異世界からシィン達のいる世界に漂着したもの。我々の世界でもその存在を知られている「禁書」である。内容を読んで理解した場合は精神に重大な支障を来す恐れがある。もちろんシィン達の世界にアルファベットは無い。そのため、ディーは読むことができなかった為に助かった。




