<四>
お話が少しずつ進み始めます。
「久しぶりだな、アルフォード」
少しうなり声のような音が混ざりながら、三人組のリーダーに声をかけたのはこの宿のマスター、ギドである。
種族は竜人。2ミトルを超える違丈夫である。姿形はドラゴンを人間に近づけて2足歩行をしている、といえばよいだろうか。
暗い夜道でいきなり出会ったら、気の弱い者なら気を失ってしまうかもしれないくらい厳つい顔をしているが、よく見ればその眼は存外に柔和で、全体の雰囲気にもどことなく柔らかいものがあった。
ギドの声に答え三人組のリーダーであり、アルフォードと呼ばれた男は、
「依頼があってきた。」
とだけ答えた。ギドはそれに、
「もちろん、冒険者の宿に用事なら依頼だろうさ。だが、アル、おまえがわざわざ依頼にくるなど、珍しいこった。」
と言葉を返した。
アルフォードはそれには直接応えず、依頼の内容だけを口にした。
「内容は逃亡者の捕縛の補助、場所はミズネルンの森からミズネ山脈の麓付近、拘束時間は1,2週間。日数毎に一人100リン、捕縛成功時は別途10000リン、保存食は支給する。」
「ほう、結構高額じゃねえか。ということはかなり難しいってことだな。」
「俺が3度逃がした。」
ギドはその言葉に驚いた。目の前の男が標的を3度も逃した、ということが信じがたかったからだ。彼が知る限り、目の前の男ほどの腕利きはそうはいないはずだ。
「ホントか?だったらこの依頼料は納得だが…」
「できれば、野伏の心得がある奴がありがたい。」
「場所から考えれば当然だな。…ふん、条件に合うのは3組いる。」
「後、こいつの護衛も頼みたい。」
そう言うと、アルフォードは後ろにいた小柄な一人を示した。
「…私は、別に必要ない。」
答えた声は少女のものだった。
「俺の指示に従うのが条件だったはずだ。」
アルフォードが言うと、少女は不満げながらも、とりあえず沈黙した。
「その子は何の心得もないのか?」
ギドが尋ねると
「とりあえず、弓は人並みに使える。狩りの経験もある。」
という答えが返ってきた。
「まるきりの素人ではない、…が、腕利きでもない、ね…。」
ギドはしばらく思案しているようだった。
その様子を見ながらアルフォードは、
「条件に合うパーティはいるか?明日の朝に出たい。」
と声をかけた。
「急ぎだな、で、適当な奴等というと…、あいつ等だな。」
そう言うと、ギドは何組かの冒険者が居る中で、宿の一隅にいる冒険者達を指さした。そこには、4,5人の冒険者達が、なにやら話をしていた。
「おい、カイト。ちょっとこっち来い。」
ギドが呼ぶと、その中の一人がカウンターに近づいてきた。
「何だ、親父。今日は俺等に合う依頼はないから休みのはずじゃないのかよ。」
カイトと呼ばれた男がギドに向かって文句を言った。内容は文句だが、その表情が裏切っていた。むしろ、これで退屈から解放されそうだ、と何か楽しみしているような笑顔だったので、本気でないこともわかった。
ギドは、カイトに向かって
「うるせえ、野伏がいて、護衛ができて、ヒマな奴等といったら、うちのボンクラ達の中じゃ、おまえ等しか居ないんだよ!」
と怒鳴りつけた。
これは、カイトとギドのいつものやりとりなので、店の中の冒険者達は聞き流していたが、先ほどの少女だけが反応した。
「ボンクラじゃ困る。」
それを聞きつけたカイトは、
「一応、この宿でトップクラスだぜ。」
と片目をつむりながら話しかけた。
少女は訝しげにギドの方を見ると、
「おう、腕だけならトップクラスだな。ただし、問題児でもある。」
とギドが返した。カイトは慌てて
「何が問題児だよ、俺たちはいつもきっちり依頼はこなしてるだろ!」
と食ってかかった。ギドはそれに対し、
「確かに依頼はちゃんとこなすよな。だけど、依頼人に同情して後金を断ったり、依頼にはないことまで、タダでやってきたりするから、俺としては大弱りなんだが。」
と余裕たっぷりに返した。
旗色の悪くなったカイトは仲間達に目線で応援を頼む。
すると仕方ない、というようにショートカットに髪をまとめた女性が近づきながら、
「まあ、兄さんの取り柄はお人好しなところぐらいなんだから、大目に見てやってよ。」
とフォロー(?)に入る。(カイトは「お人好しだけじゃないぞ」とか、呟いているが)
それもギドは返す刀で、
「そう言うケイトもこの前、依頼人をぶっ飛ばしてたよな?」
と、さらにつっこむ。ケイトは慌てて、
「あ、あれは、あのバカ貴族がお尻に触ってきたから、つい…」
と真っ赤になりながら言い訳を始めるが、
「おかげで後金がパーになっちまって、おまえ等のツケは返ってこないし、宿の評判に傷はつくしで、宿としては大損害だったんだが。」
の一言で撃沈した。
兄弟がそろって撃沈したところで、今まで黙って見ていたもう一人がアルフォードに向かって、
「少なくとも悪人ではないようですし、腕が良いなら…」
と声をかけた。アルフォードもうなずき、
「では、彼等に依頼しよう。仲介料は?」
と言った。ギドは200リンの銀貨を要求した。
これは依頼を冒険者の宿に出す仲介料である。依頼の難易度によってこの仲介料は変わるが、大体、成功報酬の3~5%が普通である。今回の依頼から見るとかなり安い。(カイトは「誰がお人好しだよ、自分のことを棚に上げて…」とぶつくさ言っていたが、ギドににらまれて慌てて口を閉じた。)
「それじゃあ、詳しい話はそいつ等としな。後、宿はどうする。ここで泊まるか?」
ギドに言われ、アルフォードは答えた。
「そうだな、部屋はあるか。あるなら2人部屋と1人部屋を頼む。」
「じゃあ、2階の突き当たりの2部屋使いな。ほら、鍵だ。」
鍵を受け取るとアルフォードはカイトの方に向き直り、
「では、早速依頼の話をしようか。」
と声をかけた。カイトはうなずき、
「親父、奥の部屋借りるぞ」
と言うと、仲間達も連れて、アルフォード達と奥の部屋に向かった。
会話らしい会話が始まりました。
掛け合いは難しい。