この子が生まれてから、楽しいが増えたね
優月が一歳半になった頃。
僕たちは、初めての家族旅行へ行くことになった。
行き先は――温泉旅館。
唯ちゃんがずっと行きたがっていた場所だった。
出発前日。
リビングは大 chaos。
オムツ。
着替え。
おやつ。
うさぎのぬいぐるみ。
荷物が、とにかく多い。
僕は必死にスーツケースへ詰め込む。
「これ本当に一泊?」
唯ちゃんは真顔で頷く。
「優月と行く旅行、なめちゃだめ」
すると優月、なぜかスーツケースへ入ろうとする。
「きゃっきゃっ♪」
「優月、それ荷物じゃない」
しかも、自分のお気に入りのうさぎを十匹くらい持ってこようとする。
「全部連れてくの!?」
唯ちゃん大笑い。
「うさぎ大家族」
当日。
新幹線の中。
優月は窓の外を見ながら大興奮。
「しゅー!!」
「新幹線だねぇ」
でも十分後。
飽きる。
そして車内を歩きたがる。
僕と唯ちゃん、交代で追いかけ回す。
完全に運動会。
ようやく旅館へ着いた頃には、二人とも少しぐったりしていた。
でも。
旅館の部屋へ入った瞬間。
優月、超元気復活。
「わぁぁー!!」
畳の上を爆走。
そして五秒後、転ぶ。
でも笑ってる。
唯ちゃんはその姿を見て、スマホで写真を撮りまくっていた。
「全部かわいい」
「今日だけで200枚くらい撮ってない?」
「まだ序盤」
温泉街を三人で歩く。
夕暮れの空。
優月は僕と唯ちゃんの手を、片方ずつ握って歩いていた。
小さい手。
でも、その温もりだけで胸がいっぱいになる。
途中。
射的屋さんを見つける。
僕は張り切る。
「パパ、かっこいいところ見せます」
唯ちゃん、ニヤニヤ。
結果。
一発も当たらない。
優月、ぽかーん。
唯ちゃん、肩震わせて笑ってる。
「先生、才能ゼロ」
「おかしいな……」
逆に唯ちゃんが撃つと。
一発命中。
景品ゲット。
僕と優月、同時に拍手。
「ママすごーい!」
優月、完全にママ派だった。
夜。
旅館の部屋。
三人で布団を並べて寝る。
優月はいっぱい遊んで疲れたのか、僕と唯ちゃんの間でころんと眠っていた。
ほっぺが赤くて、すごく幸せそうな寝顔。
唯ちゃんは、その小さな顔を見つめながら静かに言う。
「ねえ」
「ん?」
「この子が生まれてから、“楽しい”が増えたね」
僕は頷く。
「うん」
「大変も増えたけど」
「それも増えた」
二人で小さく笑う。
窓の外では、虫の声。
旅館の優しい灯り。
唯ちゃんは、僕の肩へそっと寄りかかる。
「昔の私、幸せって“頑張って手に入れるもの”だと思ってた」
その声は、穏やかだった。
「でも今は、“一緒に過ごすこと”なんだなって思う」
僕は、眠る優月の頭をそっと撫でる。
今日。
転んで笑って、走って、泣いて。
そんな一日だった。
でも。
その全部が、愛しかった。
僕は静かに言う。
「また来よう」
唯ちゃんは、優しく微笑む。
「うん。何回でも」
その時。
寝ていた優月が突然寝言を言う。
「……とりぃ……」
昼間の鳩、まだ追いかけてた。
僕と唯ちゃん、吹き出す。
笑い声を堪えながら、僕たちは顔を見合わせた。
この先もきっと。
騒がしくて、ドタバタで、思い通りにいかない日ばっかりだ。
でも。
“おかえり”って帰れる場所がある限り。
僕たちは、何度でも幸せになれる気がしていた。




