唯ちゃんの絵本
唯ちゃんの絵本――
『おかえり、パパ』は、小さな出版社から出版されることになった。
発売日。
本屋へ三人で見に行く。
優月はベビーカーの中で超ご機嫌。
「たーたー♪」
もう完全に店内BGMだった。
児童書コーナーへ向かうと。
あった。
表紙には、うさぎの家族。
疲れた顔で帰ってくるパパうさぎに、小さな子うさぎが飛びついている。
その後ろで、優しく笑うママうさぎ。
唯ちゃんは、その本を見た瞬間。
静かに立ち止まった。
「……ほんとに並んでる」
声が少し震えている。
僕は隣で笑った。
「唯先生、すごい」
唯ちゃんは照れながら笑う。
「やめて」
でも、目は泣きそうだった。
その時。
優月が突然、絵本へ向かって手を伸ばした。
「あー!」
そして――
ベシッ。
思いっきり本を叩く。
僕と唯ちゃん、固まる。
「作者の本を叩いた!?」
唯ちゃん、爆笑。
「優月、評価厳しい!」
しかも優月、そのまま本を舐めようとする。
「やめてぇぇ!」
発売初日に、作者の娘が本を食べかけた。
数日後。
その絵本は少しずつ話題になった。
“泣ける”
“家族っていいなって思った”
“パパが読みながら泣いてた”
そんな感想が届く。
唯ちゃんは、感想を読むたびに嬉しそうだった。
でも。
一番最初に届いた読者は――
僕のクラスの子どもたちだった。
ある日の授業後。
女の子が、ランドセルを背負いながら言う。
「先生ー!」
「ん?」
「これ、先生のおうちの話なの?」
その手には、『おかえり、パパ』。
僕は少し笑う。
「ちょっとだけね」
すると別の子が言った。
「うちのパパ、これ読んで泣いてた!」
教室が笑いに包まれる。
「えー!?」
「パパ泣くんだ!」
その空気を見ながら、僕は胸がじんわり熱くなった。
その日の夜。
僕はその話を唯ちゃんへした。
唯ちゃんは、優月へ離乳食をあげながら聞いている。
「そっかぁ……」
嬉しそうに笑う。
優月は口の周りをべちゃべちゃにしながら、
「んまー!」
って叫んでる。
完全に自由。
僕は笑いながらティッシュを持つ。
「優月、顔が大惨事」
すると唯ちゃんが突然スマホを向ける。
パシャッ。
「今の顔、次回作に使いたい」
「娘を素材扱いするな」
「かわいい資料ですー」
そのやり取りを見て、優月は大笑い。
最近、“家族で笑う”ことが増えた。
昔の僕は。
幸せって、“特別な人だけが持てるもの”だと思っていた。
でも違った。
疲れて帰った日に、
「おかえり」って言ってくれる声。
夜中にみんなで眠そうな顔して笑う時間。
転んで、泣いて、また笑う毎日。
それが、幸せだった。
夜。
優月が眠ったあと。
唯ちゃんはソファで僕に寄りかかった。
「ねえ」
「ん?」
「これから先も、いっぱい大変なんだろうね」
「うん」
「優月、絶対やんちゃになるし」
僕は昼間の離乳食惨事を思い出す。
「もう片鱗ある」
唯ちゃんは笑ったあと、静かに言った。
「でもさ」
「うん」
「この人たちとなら、頑張れる気がする」
“この人たち”。
その言い方が、たまらなく好きだった。
僕は唯ちゃんの肩を抱き寄せる。
隣の部屋からは、優月の小さな寝息。
テーブルの上には、家族の絵本。
僕たちはもう、“帰る場所”そのものになっていた




