春の終わり
春の終わり。
桜が散り始めた頃。
僕のスマホに、一通のメールが届いた。
教員採用試験――結果通知。
その文字を見た瞬間、心臓が大きく鳴った。
手が震える。
何度も深呼吸して、やっと画面を開いた。
“合格”
その二文字が、しばらく理解できなかった。
頭が真っ白になる。
「……え」
小さく声が漏れる。
何度も見返す。
でも、何度見ても結果は変わらない。
合格していた。
その瞬間。
今までの夜が、一気に胸へ押し寄せてきた。
仕事帰りに眠い目をこすりながら開いた参考書。
教育実習で落ち込んだ帰り道。
「向いてないのかな」って呟いた夜。
全部、全部、繋がっていた。
気づけば、目が熱くなっていた。
震える手で、唯ちゃんに電話をかける。
コール音が鳴る。
「もしもし?」
いつもの唯ちゃんの声。
その声を聞いた瞬間、喉が詰まりそうになる。
「……受かった」
電話の向こうが、一瞬静かになる。
「え?」
「教員採用試験……受かった」
次の瞬間。
「えええっ!?」
唯ちゃんの叫び声が響いた。
ガタンッ、と何か倒れる音まで聞こえる。
「ほんと!? 嘘じゃない!?」
「ほんと」
すると唯ちゃんは、泣きながら笑い始めた。
「っ……やったぁ……!」
その声を聞いて、僕も涙が出そうになる。
唯ちゃんは何度も言う。
「すごい……すごいよぉ……」
「唯ちゃんのおかげだよ」
「違う!」
唯ちゃんは、少し強く言った。
「あなたが頑張ったんだよ」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
唯ちゃんは鼻をすすりながら続ける。
「ねえ、今どこ?」
「駅前」
「待ってて!」
電話が切れる。
二十分後。
唯ちゃんは本当に走って現れた。
息を切らして、髪も少し乱れている。
でも、顔はぐしゃぐしゃなくらい泣いていた。
「先生……っ」
そう呼ばれた瞬間。
涙が、こぼれそうになった。
唯ちゃんは僕の胸に飛び込んでくる。
「おめでとう……っ」
僕はその小さな背中を、ぎゅっと抱きしめた。
街には、春の風が吹いていた。
唯ちゃんは泣きながら笑う。
「覚えてる?」
「何を?」
「あの日」
唯ちゃんは顔を上げる。
「“自分のこと、少し好きになれた”って言ってた日」
僕は静かに頷く。
唯ちゃんは涙を拭きながら笑った。
「今のあなた、ちゃんと自分の人生歩いてる顔してる」
その言葉が、胸に深く響く。
昔の僕は、未来なんて見えていなかった。
でも今は違う。
誰かを安心させたい。
誰かの居場所になりたい。
そう思える自分がいる。
唯ちゃんは、少し照れながら鞄をごそごそ探した。
「実はね、これ用意してたの」
取り出したのは、小さな包み。
開けると、中にはうさぎの刺繍が入ったハンカチ。
角には、小さく文字が縫われていた。
“せんせいへ”
僕は笑ってしまう。
「唯ちゃん、泣かせにきてる?」
「だって、嬉しいんだもん」
夕暮れの駅前。
僕たちは並んで歩き出す。
あの日。
ネオン街で始まった物語は、
気づけば、こんなにも優しい未来へ続いていた。




