つきよのうさぎ その一
雨上がりのネオン街は、やけに眩しかった。
濡れたアスファルトに光が滲んで、まるで誰かの涙みたいに揺れている。
僕はその日も、疲れ切った顔で店のドアを開けた。
「いらっしゃい!」
明るい声が飛んできた。
その声の主が、唯ちゃんだった。
風俗で働いている彼女は、誰よりも笑顔が上手だった。
だけど、その笑顔の奥に、簡単には触れられない強さがあることを、僕は少しずつ知っていった。
唯ちゃんは、誰かに流されない。
客に媚びすぎることもないし、自分を偽っている感じもしない。
「無理して好かれようとすると、疲れちゃうから」
そう言って笑った横顔が、僕の心にずっと残っていた。
僕は、そんな唯ちゃんを好きになった。
好きなところなんて、数え切れない。
でも一番は、“自分を持っているところ”だった。
唯ちゃんといると、不思議だった。
情けなくて、逃げてばかりだった自分を、少し変えられる気がした。
店を出る帰り際。
唯ちゃんは、いつもの笑顔で手を振った。
「いってらっしゃい!」
たったそれだけの言葉だった。
でも、その瞬間。
僕の心に、雷みたいな衝撃が走った。
ああ、と思った。
誰かに“いってらっしゃい”って言われるだけで、
こんなにも救われることがあるんだって。
冷たい夜風の中なのに、胸だけが熱かった。
僕は振り返る。
ガラス越しに見えた唯ちゃんは、
少し寂しそうに笑っていた。




