046・古樹の霊剣
(古樹の霊剣?)
初めて聞く名称に、僕は首を傾ける。
でも、3人は知ってるみたい。
レヴィン姉妹は目を丸くし、レオナックさんも驚いた表情をしていた。
「在庫があるのか?」
「当たりめぇよ。ここはグイド装備店、店主はガーランド・グイドだぜ?」
と、店主の彼は笑う。
僕は「あの」と聞く。
「古樹の霊剣って?」
「おう、坊主は知らねえか」
「うん」
素直に頷く。
ガーランドさんも頷き、
「要は、木剣だ」
「木剣?」
「ああ。ただし、素材は高濃度の魔素地域で1000年以上生きた樹木で、長い年月、たっぷり魔素を吸い、普通の鋼よりも堅いんだぜ」
「へぇ……!?」
僕は、青い目を見開いてしまう。
姉妹の姉も言う。
「古樹の剣の内、特に優れた素材のみを厳選し、作られたのが『古樹の霊剣』です」
「厳選なの?」
「はい」
頷き、
「霊剣の名の通り、実体のない霊体の魔物も殺せます。とても希少ですよ」
と、教えてくれた。
ガーランドさんも「よく知ってんな」と笑う。
(へ~、凄いんだね)
僕も目を輝かせる。
師匠も頷き、
「しかも、木剣じゃ。恐らく、稽古用の木剣より軽いぞ」
「へ~?」
「ただ、高価じゃ」
「…………」
「まぁ、魔法武具ほどではないが、それでも数万リドはするじゃろうの」
数万……。
(つまり、数百万円……)
言葉が出ない。
今、僕の財産は、20万円ぐらい。
と、とても手が出ないよ。
だけど、
「買いましょう」
(え?)
突然、クレティーナさんが言う。
「お金は私が出します」
「え? え?」
「ちょ……姉上!?」
僕は慌て、妹も驚く。
でも、彼女は生真面目な表情で、僕に言う。
「現状、これほど、シーナに合う武器はないでしょう」
「で、でも」
「それに先も言った通り、『古樹の霊剣』はとても希少な品です。今回、逃せば、次、いつ手に入るかわかりません」
「あ、う……」
「買いましょう」
と、彼女は繰り返した。
判断に迷う。
困った僕は、師匠を見る。
師匠は、
「買え」
と、一言。
(本気?)
彼女は笑い、
「我は『金印』ぞ? クエスト報酬は10万は下らぬ。1人頭でも2万5000じゃ」
「え……」
「数回で、借金も消える」
「…………」
僕は、沈黙。
しばし考える。
未来のために、今、どうすべきか。
借金は怖い。
でも、
――こうして自分に1番合うという滅多に出回らない武器と出会えたのも、何かのご縁なのかもしれない。
(なら……)
僕は、緑髪のお姉さんを見る。
神妙に、
「貸してくれる?」
「はい」
彼女は微笑んだ。
レオナックさんは頷き、妹は『マジで?』って顔してる。
そして、店主は、
「決まったか」
「うん」
「よし、じゃあ、現物持ってくるから待ってろ」
と笑い、1度、店の奥に引っ込む。
2~3分で戻ってくる。
その職人の手には、1振りの鞘に納められた剣があった。
僕らの前で、
「――これが『古樹の霊剣』だ」
と、店主は鞘から抜く。
シュ
(わ……綺麗)
現れたのは、半透明の薄い青色をした片刃の剣だった。
長さは、小剣ぐらい。
一見、美しいガラスみたいで、けれど、よく見れば半透明の剣身には、確かに木目が残っている。
本当に、木剣なんだ……。
全員、魅入られたように見てしまう。
その木剣を、
「持ってみな、坊主」
「え、あ」
と、渡された。
実際に持って、より驚く。
(……本当に軽い)
鉄芯の入った稽古用の木剣や金属の小剣とは全然違い、見た目以上の軽さに違和感を覚えるほどだった。
でも、鋼より硬いという。
……凄いや。
僕は店主に許可を取り、『古樹の霊剣』を正眼に構えて、軽く振ってみる。
シッ
(ほわっ?)
剣が異常に走る。
多分、重心とかの問題なんだろうけど、驚くほど正確に、思い描いた場所を剣が走り抜けた。
ああ、うん。
これが、名剣なのか。
と、この名剣を作っただろう鍛冶職人の方も、なぜか驚いた顔をしていた。
(ん?)
彼は唸るように、
「繊細だな」
「え?」
「剣の扱いだよ。大抵の剣士は、もっと雑だ。握りも、重心も、振り方も、そこまで神経を通してねぇ」
「…………」
あ~、うん。
(それ、多分、光合成のせいだね)
力が100倍になる分、100倍正確に剣を振ろうと昨日1日練習してたから。
それが、素の状態にも生きたらしい。
ガーランドさんは、
「さすが、炎帝の弟子だな。本当に剣を握って5日とは思えねぇわ。――これが、天才って奴か?」
と、しみじみ言う。
(ど、ども)
僕は照れながら、会釈。
少し赤面しちゃう。
そんな僕の後方では、師匠とクレティーナさんが『うんうん』と頷いている。
同い年の少女だけが渋い顔。
(……ん)
パルシュナの反応に、なんか安心する。
君はそのままでいておくれ。
やがて、ガーランドさんは職人らしく僕の手指の長さや握り方に合わせ、柄の部分を外し、太さと長さの調整を行ってくれた。
再度、素振りし、
(うわ、手に吸い付く感じだよ)
と、感触の変化にまた驚いてしまう。
職人って凄いね。
ガーランドさんも満足そうに頷いていた。
やがて、木剣を鞘に納め、その購入金を支払う時が来た。
告げられた金額は、
「――6万5000リドだ」
(おお……)
650万円。
彼は「ま、調整代は負けてやるよ」と笑う。
クレティーナさんは懐から財布を取り出すと、煌めく大型の硬貨を6枚とそれより一回り小さな硬貨を5枚、ガーランドさんに手渡した。
店主は一応、真偽を確かめるように触る。
重量や裏表の意匠も確認し、
「おう、毎度」
と、ようやく頷いた。
――取引成立。
つまり、この『古樹の霊剣』は、正式に僕の物となったのだ。
ドキドキ
心臓が高鳴る。
素朴で品のいい鞘に入った剣を、ギュッと胸に抱くようにしてしまう。
(…………)
大事にしよう。
僕の剣。
今の僕のための最高の剣。
――古樹の霊剣。
そんな僕の様子を、店内の全員が微笑ましげな表情で眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
お礼を伝え、グイド装備店をあとにした。
店主のドワーフさんは、
「成長期だろうから、調整はいつでもしてやる。小まめな手入れも大事だし、まぁ、気軽に持って来いや」
と、言ってくれた。
僕も「ありがとう」と笑う。
店を出たあとは、4人で通りを歩く。
僕は、買ったばかりの剣を抱えている。
(650万円の剣……)
ドキドキ
絶対、落としたり、盗まれたりしないようにしないと……っ。
何だか緊張する。
大人2人は苦笑し、パルシュナは呆れる。
「挙動不審ねぇ」
「え?」
「ずっと視線が落ち着かないし、しっかり抱えてるし、自分から『僕は高価で大事な物を持ってます』って宣伝してるのと同じだわ」
「…………」
「シーナって本当、馬鹿シーナね」
「うぐぅ」
悔しいけど、返す言葉もない。
優しい姉の方は、
「まぁ、私たちがいますから」
「…………」
「金印、銀印、白印の3人が護衛にいるようなものです。盗人に狙われても、心配は要りませんよ」
「う、うん」
そっか。
(そう考えると、確かに少し落ち着くかも……)
僕も、肩から力が抜ける。
でも、妹の方は、
「へっ、誰が助けるもんか~」
と、嫌味に言う。
言うけど、
(この子、悪いのは口先だけで、根は優しいからなぁ)
いざとなったら、絶対、助けてくれるね。
全財産、賭けてもいいよ?
と、気が楽になった所で、僕はふと思い出し、レオナックさんを見た。
彼女も視線に気づく。
僕は、興味本位で聞く。
「あの、ガーランドさんって凄い人?」
「ふむ?」
「その、お店は言い方悪いけど、みすぼらしくて、でも、品物は凄かった。綺麗で、雰囲気があって、いい装備品なんだなって素人の僕でもわかったからさ」
「そうか」
彼女は笑った。
豊かな赤い髪を揺らして頷き、
「あの御仁は、先代の『宮廷筆頭鍛冶師』だった御方じゃよ」
「宮廷筆頭……?」
「フィーンレイド王国が直々に雇う宮廷鍛冶師の中で、1番腕があると王国が正式に認めた鍛冶師――ということじゃ」
「…………」
僕は、口を半開きだ。
(え、思った以上に凄い人じゃないか)
その反応に、3人は笑う。
でも、
「先代……? 今は違うの?」
「うむ。宮廷付きを辞し、今は市井の鍛冶師としてやっておる」
「何で?」
絶対、名誉や給料、権力もあったろうに。
赤髪の美女は、
「詳しくは知らぬ」
「…………」
「じゃが、酒飲みの席で『貴族の剣を作るのが嫌になった』と口にしておったの」
「貴族の?」
「宮廷筆頭鍛冶師の打つ剣じゃ。誰もが欲しがる。それこそ、見栄のため、あの御仁の作った剣を欲しがる貴族も多かったであろうよ。じゃが、多くの貴族は実際に剣を使うことはあり得ぬ」
「…………」
「ただ飾られ、1度も振るわれぬ剣じゃ」
「…………」
「魂を込め、生み出した剣をそう扱われることに嫌気が差したのかもしれぬの」
「そっか」
僕は頷いた。
彼は、鍛冶職人だ。
絵画や彫像など、美術品を作る芸術家じゃない。
(武器や防具は、使われてこそ。だから、宮廷鍛冶師を辞して、実際に使ってくれる人のいる市井の鍛冶師になったんだね)
本当、頑固職人。
うんうん、そういうの、嫌いじゃないよ?
僕は、手元の剣を見る。
――元宮廷筆頭鍛冶師ガーランド・グイド作の『古樹の霊剣』。
(ん、大事にしよう)
と、改めて思う。
そして、何度も使って、この剣に相応しい使い手になってやるぞ。
ギュッ
もう1度、強く抱く。
3人の内、年上2人は優しく微笑み、同い年の1人は肩を竦める。
と、クレティーナさんは、
「よかったですね、シーナ」
「うん」
「市井に降りても、彼の腕は健在で、多くの者がその装備を求めます。なので今は、彼自身が認めた人物にしか売らず、作らずだそうですよ」
「え、そうなの?」
僕は驚く。
古参の客らしい赤毛の美女も頷き、
「相手が銀印でも売らぬことはあるし、赤印でも認めれば売っておる。ま、偏屈な爺じゃからの。実際、9割以上は売ってもらえぬぞ」
と、苦笑する。
ええ~……。
(僕、よく売ってもらえたね?)
自分でも驚いちゃう。
と、パルシュナが、
「レオナック・オルンの紹介だからでしょ?」
「あ、そか」
なんだ、と、僕も納得。
だけど、年上2人は首を横に振り、否定する。
「いいえ」
「あの偏屈爺が、そんな理由で売るものか」
「で、でも~」
「まだ粗削りですが、シーナには才能があります。その秘めた原石の輝きを、ガーランド・グイドの目も見つけたのでしょう」
「で、あろうの」
と、美女たちは頷き合う。
少女は「うぐぐ……」と不満そうに唸る。
でも、僕は、
(…………)
あれ、なんか嬉しい。
今更だけど、そんな風に認めてもらえたのかと胸の奥が震えてしまった。
そっか。
そっか、そっか。
(えへへ)
頬がにやける。
僕の様子に、年上の美女たちは笑う。
そして、
「もう昼か」
と、空の太陽の位置を見て、レオナックさんが呟く。
僕らに視線を落とし、
「明日のクエストの話もある。近くで飯でも食いながら、話をするか」
「あ、うん」
「そうですね」
「やった! じゃあ、レオの奢りね」
パチン
少女は指を鳴らす。
その最後の一言に、レオナックさんは金色の目を丸くする。
苦笑し、
「まぁ、よかろう」
と、了承。
寛容なお姉さんだね。
僕も苦笑し、少女の姉は困ったように息を吐く。
何はともあれ、買い物帰りの僕ら4人は、近くのレストランで昼の食事をすることになったんだ。




