22話 九条家の刺客
翌日。
なんとか寝坊せずに起きることはできたが、起きたのは厳密にいえば鈴芽ではなかった。
「あー。これはあれだな。鈴芽ちゃんは完全に寝坊してるやつだ」
起きたのは大樹こと俺だった。
本来なら魂の中にいるはずの鈴芽は、まだ夢の中にいるらしい。
まあ、完全に眠りについたのが深夜2時だったからな。育ち盛りの中学生にとっては遅すぎる時間だ。
「仕方ない。俺が代わりを務めるとしますか」
時刻は7時30分。そろそろ学校へ向かわないと間に合わなくなる時間だ。
朝食は寝坊した鈴芽に代わってお兄ちゃんが用意してくれていた。
テーブルにはトーストと、少し崩れかけた目玉焼きが置かれている。
お兄ちゃんの姿はどこにもない。もうとっくに学校へ向かったのだろう。
俺はお兄ちゃんお手製の朝食を胃に流し込み、急いで身支度を整える。
推しキャラの着替えを間近で見る――というか体験するのは男心が昂ったが、今は鈴芽の体だ。昂るだけで興奮はしない。
魂は男でも、体は女だからな〜。残念だ。
いや、逆に今はありがたいかもしれない。ここで興奮なんてしていたら確実に遅刻して、後から起きた鈴芽に嫌われてしまっていただろう。
前向きに考え、昨日受け取った赤を基調としたアルケミーの制服に着替えて家を出る。この時点で既に7時50分。
8時30分までに校門をくぐればいい。走れば間に合うはず。
そう思い、俺は小さな体で駆け出した。
桜場の街を軽やかに走り抜け、朝の住民とすれ違っていく。
春の風と朝特有の香りが心地よい。気分良く走っていると、道の真ん中に黒い車が停まっているのが見えた。
邪魔だな、と思いつつ迂回しようとすると、中から一人の女性が降りてきて――
「九条鈴芽ね」
声を掛けられた。
一体なんだ? こんなイベント、原作にあったか?
カツカツと革靴を鳴らしながら歩いてくるスーツ姿の女性。
サングラスで素顔こそわからないが、引き締まった体、凛とした声、結った黒髪。その立ち居振る舞いから20代前半くらいだと想像できる。
「俺、いやいや私に何か用ですか?」
スーツの女性に聞き返すと、彼女は左手で右手首を掴みながら回転させて骨を鳴らし、歩いてくる。
「君に恨みはないが、このままアルケミーに行かせるわけにはいかない。ここで足止めさせてもらう」
「は? それってどういう意味――」
そう聞こうとした瞬間、彼女は手を前に掲げ、
「戦機解放」
歯車の魔法陣を展開した。
そして地面からせり上がるように彼女の戦機が姿を現す。
それは漆黒の細い刀身。鞘に収まったその戦機は、まごうことなき刀だった。
「ウィザード。それに刀ってことは、あなた九条家の人?」
「ええ。そうよ。初めましてかしら? 九条家の汚点、忌み子の鈴芽」
やはり九条家! 昨日の叔母の登場から早くも手を打ってきやがった! だけど狙いが見えない! 俺を学校に行かせたくない理由なんてあったか? いやいや、原作でもこんな妨害はなかったはずだぞ。
俺の知らないルート。つまり特別強化実習生になったことでオリジナルルートが展開されているってわけか!
スーツの女性を睨みながら軽く挨拶を返す。
「初めまして。あなたのことは何て呼んだらいい?」
「お前に名乗りたくもないけど、変な呼ばれ方されるのも癪だし。教えてあげるわ。私は九条彩芽。茜お母様の娘よ」
従姉かよ! こんな殺伐とした従姉なんて嫌だな〜。これが鈴芽ちゃんを取り巻く世界か。
「ハード過ぎでしょ。まったく」
刀を振るいながら迫る彩芽に身構える。
こんな街中で戦ったら被害が出る。かといって彼女の実力も未知数だ。さてどうしたものか……。
「どうしたの? 戦機は出さないのかしら? それともあの見窄らしい戦機を見せたくないってことかしら?」
言ってろ。そんな安い挑発に乗るもんか。
決めた――今はなんで俺を学校に行かせたくないのか、できる限り情報を引き出す。
「私を学校に行かせたくないって? そう言われるとますます行きたくなっちゃうわよね〜。私って勤勉家なのよね」
「勤勉家かどうかは知らないけど、あなたにこれ以上雪也の近くにいてほしくないのよ。あの子は九条家が産んだ世界初の男性ウィザード。そんな奇跡の子のそばに、あんたみたいなゴミを置いておきたくないだけ」
ペラペラと情報を吐き出してくれやがった。
馬鹿なのか?
そう思っていると彩芽は刀を鞘から抜き、鈴芽に斬りかかってきた。
「いいっ!?」
咄嗟に彼女の袈裟斬りをバックステップで回避。
急な攻撃に心臓が跳ね上がる。
「何すんのよ! 殺す気?」
「ふふふ。逆に聞きたいのだけど。お前にすべてを話しておいて、生かすとでも?」
こいつ……! 最初から殺すつもりだからペラペラ話したのか!
つまり鈴芽は九条家から完全に見捨てられたってわけだ!
「戦機解放」
これ以上の会話は命取りと見た俺は、急ぎ戦機ライトニングスパローを召喚する。
地面からせり上がるように現れたレイピアを引き抜き、彩芽に向けるように構える。
彩芽はライトニングスパローを見て笑った。
さっき言った通り、この戦機を見窄らしいものと見ているのだろう。
そうやって舐めてると足元掬われるんだよ! 悪役はな!
彩芽が突きを放つ。
だがライトニングスパローを抜いた今の俺には、奴の動きが遅く見えた。
例えるなら赤ちゃんのハイハイくらいの速度だ。
先程までは目で追うだけで精一杯だったのに、今は余裕で追える。これはライトニングスパローの効果。
身体だけでなく、スピードそのものに全身が適応しているのだ。
俺は難なく彩芽の攻撃を躱した。
カウンターで突き返しても良いが、周りの街への被害が計り知れない。
ここは奴の死角に回り込み、軽めの一撃で意識を飛ばすのがベストだろう。
そう判断し、瞬く間に背後へ回り込む。
彩芽は未だ、俺が元いた場所に突きを放っている。
そんな彼女のうなじに手刀を当てようとした――が。
「甘いわ!」
驚いたことに彩芽は背後の俺に回転斬りを仕掛けてきた。
魔力を込めた一撃なのだろうか、先程の攻撃よりも素早く、切先が俺の鼻を掠める。
紙一重で回避した俺は、掠めた部分を手で触れながら彩芽を睨む。
「なに? 私がお前の速度に反応できたのが、そんなに驚き?」
口には出さないが、正直驚きだ。
光の速さで動いてるんだぞ? 反応できるはずがない! なにかカラクリがあるはずだ。
そう思い、奴の戦機――刀を見る。
恐らく仕掛けはあの刀にある。
考えていると彩芽は鞘に刀を納め、言った。
「気になるんでしょ? いいわよ教えてあげる。私の戦機《鴉丸》は、私を中心に半径3メートルの範囲にいる敵を自動で感知し、迎撃する能力がある。
いくらお前が速く動こうが、私はお前の動きを捉えられるってわけよ」
「だとしても、光の速さに追いつくなんて絶対あり得ないわ!」
彩芽は鞘に納めた刀を握る手に力を込める。
「お前、何も分かってないのね?」
「なにが?」
「強化実習生に選ばれたお前の情報を、九条家が知らないとでも? そのお前の相手に私が選ばれた理由なんて考えるまでもないでしょ?」
鞘から刀を引き抜き、一撃必殺の居合が俺の胴体を上下に切り裂こうと迫る。
その速度――俺には目で追うのがやっとだった。
信じられない。ライトニングスパローの能力を持ってしても、こいつの速度を追えないなんて!
顔に焦りを浮かべる俺に、彩芽は告げた。
「お前を確実に倒せるから、私が選ばれたってことよ」
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