第3話 マースと旅の中で 前編
ラクストンの街から遠く離れた村。
一軒の宿屋から出てきた一組の男女が1頭の馬を前になにやら揉めていた。
「マース、ほら乗って」
「やっぱり前じゃなきゃダメか?」
「仕方無いでしょ、マースのサイズに合わせたらポニーになっちゃうわよ?」
馬を前に後込みするマース。
馬に乗るのは構わないのだが、後からハーメラに抱き締められるのは抵抗があるマースだった。
「分かったよ」
しぶしぶ馬に乗るマース。
馬車での移動も考えたハーメラだったが、万が一移動中にターニャと遭遇した場合の事を考え、小回りの利く馬に乗っての移動に決めたのだ。
彼女に下心は多分無かった。
『ターニャがマースを捜している』
1ヶ月前、その事を知ったハーメラはマースを連れて旅に出た。
もちろんターニャからマースを守る為に。
「次はどの街?」
「次はアラントの街よ。
この街で取れる薬草は珍しいの」
「アラントか...」
ハーメラはマースに旅の目的はポーション作りに必要な素材集めと説明した。
ターニャの事は伏せている、当然だった。
「胸が当たってるよ」
「あらごめんね」
ついマースに密着してしまうハーメラ。
それもそのはず、旅に出て以来1ヶ月の間1度も肌を合わせて無かったのだ。
見掛けに依らずタフなマース。
始まればハーメラの警戒が吹っ飛んでしまうのだ。
「今日はここで宿を取りましょう」
アラントの街に入り、宿の前に馬を止めた。
「分かったよハーメラ」
「あらマース、この旅では私をなんて呼ぶのかな?」
「分かったよ姉さん」
偽装の為、二人は姉弟という事にしている。
二人の服装も一般的な旅装姿だった。
「どうしたの?」
「な...なんでもない」
『姉さん』その言葉に何故か興奮するハーメラ。
マースは何故ハーメラの顔が赤いのか分からず首を傾げる。
その愛らしい仕草に益々ハーメラは興奮した。
「さあ、ギルドに行くわよ」
宿賃を払い、二人は一旦宿を出る。
行き先はアラントある冒険者ギルド。
表向きの用事はハーメラの所在をギルドに知らせる為。
しかし真の目的はターニャの居場所を知る為だった。
ギルドはターニャがラクストンに向かった事を把握していのだ。
「行きたくない」
「マース?」
「すまない、姉さん1人で行って来てくれないか?」
ギルドに行きたがらないマース。
こんなマースを見たのは初めてのハーメラ。
何か事情がありそうだ。
「分かったわ、それじゃ留守番お願いね」
「...ごめん」
マースはハーメラに頭を下げ宿屋に戻る。
その背中は寂しそうで、ハーメラもギルドに行くのを止めようかと思った。
「そうも行かないか」
首を振り、ハーメラは使い魔を召喚させた。
「ちゃんとマースを見張っててね」
使い魔は真っ直ぐマースの居る宿屋へ飛んで行った。
ギルドに着いたハーメラはギルドマスターを呼び、奥の部屋に行く。
そこでギルド本部に居るアレクと通信した。
『ターニャがラクストンに来たぜ』
「...そう」
『知っていたのか?』
繋がったアレクはハーメラに報告するが驚いた様子は無かった。
「家に張り巡らしていた結界が壊されたのを感じたからね、予想していたわ」
『そうか、丸焼けになったのは?』
「何ですって?」
さすがに予想外だった。
不在を知れば黙って立ち去ると思っていたのだ。
『発狂して火を放ったそうだ。
幸いお前の家だけ丸焼けで済んだがな』
「何が幸いよ!!」
ハーメラは家に置いていたマースとの想い出の品が燃えた事が一番のショックだった。
『落ち着けよ、そんな事じゃターニャに見つかっちまうぞ』
「分かってるわ」
何とか息を整えるハーメラ。
しかし怒りに震えていた。
『マースが転移出来りゃな、ギルドで保護するんだが』
「無理よ、転移にマースの身体は耐えられないわ」
『そうだな』
転移には膨大な魔力が必要。
安全に転移するには身体に纏う魔力も強力でなくてはならない。
残念ながらマースは魔法使いの素質に乏しかった。
「ターニャはどこに?」
『分からん、ラクストンのギルド連中が駆けつけた時は既に逃げた後だった』
「でしょうね、また何か分かったら教えて」
『了解だ』
通信を終えたハーメラはギルドを出た。
そして使い魔から送られてくるマースの様子を見た。
『はあ...』
流れてきた映像は宿のベッドで寂しそうに座るマースの姿だった。
「どうしたのかしら?」
例えようの無い不安がハーメラを襲った。
『...俺はなんて意気地無しなんだ、ハーメラに守られてばかりじゃないか。
4年前にアラントのギルドでされた事なんか忘れなきゃ』
苦しそうなマースの言葉。
ハーメラは再びギルドに戻り、受付に向かった。
「古参の職員は居る?」
「は?」
「答えなさい、4年前からここに居る奴を出して」
有無を言わせぬハーメラにギルドの内部は騒然とした。
「わ、私ですが」
1人の男がハーメラの前に来た。
酷く怯えて居る、ハーメラの正体をギルドマスターから聞いたのだろう。
「貴方、マースを知ってる?
天使の様に愛らしい容姿をした冒険者よ。見た目と違い大人なんだけど」
「マ、マースですか?」
「知ってるのね」
男の態度にハーメラは確信した。
なにしろマースは目立つ、一度応対したならわすれないだろう。
「何があったか言いなさい」
「いや、その....」
「...いいわ、言いたくなる様にしてあげる」
「言います!言いますから!!」
ハーメラからの膨れ上がる殺気、男は慌てて叫んだ。
「マース...マースさんがこのギルドに来たのは4年前です。
『パーティーを追い出されたから仕事を下さい』と」
「それで?」
「はい...あの冒険者として実力も無かったので....あの...」
「早く言いなさい!」
苛立つハーメラ、殺気を再び男にぶつけた。
「はい!男娼館を紹介しました!」
「...何て事を...」
「すみません!!
あの容貌なら活けると思ったんです。
だって何も取り柄が無かったんですから魔力も殆ど有りませんでしたし。
でも断られましたよ、『ふざけるな』って...」
「......」
「ヒッ!!」
無言でギルド職員の首を捻り上げるハーメラ。
怒りに彼女の手が震えていた。
「...ふざけるな」
「すみません!!」
「ふざけるな!
マースは私の命の恩人なんだぞ!
貴様は遺跡に閉じ込められて真っ暗闇の中に一週間居た事があるか!」
「あ、ありません!」
「そんな絶望の中、マースは...自分の携帯していた水と食料を私に...俺は食べたから大丈夫だと嘘をついて...マースは!」
ハーメラは職員を床に叩きつけるとギルドを飛び出した。
彼女の頭に遺跡調査での悪夢が甦る。
それはハーメラの油断とギルドの事前調査不足から起きた。
誤ってトラップを踏んだハーメラ。
調査隊は分断され、ハーメラは数人の隊員と奈落の底に転落した。
生き残ったのはハーメラとマースだけだった。
ハーメラの荷物は他の隊員が持っていた。
そしてハーメラは転落の際、全身を強く打ち付け数本の骨が折れてしまっていた。
しかもハーメラ達が落ちた先は魔法が発動しなかった。
『大丈夫、助けは来ますよ』
真っ暗闇の中、絶望するハーメラにマースが励ました。
『気休め言わないで子供のクセに』
ハーメラはマースの声から子供だと思った。
『こう見えて20歳です』
『嘘でしょ?』
『本当です、実は立派な体格なんですよ』
『本当に?』
『はい、見せられないのが残念です』
暗闇の中、マースは出来る限り明るく振る舞った。
時には冗談を、時には真剣な話を。
それはハーメラを絶望から救った。
『どうぞ』
『ありがとう、マースは食べた?』
『はい、先にいただきました』
暗闇の中、マースはハーメラに自分が携帯していた食料を差し出した。
助けが来ないまま数日が過ぎたある日、ハーメラが聞いた。
『マース、貴方はこんな状況でも絶望しないのね』
『もっと凄い絶望をしましたから』
『それって?』
『助かったら教えてあげますよ』
『約束よ』
『はい』
そんな会話から更に数日が過ぎた。
『すみませんハーメラ様...もう食料は尽きたみたいです』
弱々しくマースが呟く。
明らかにハーメラより衰弱していた。
『しっかりしてマース!』
ハーメラは痛みも忘れマースの声がする場所へと這いずった。
『....』
『何?何を言ったの?』
マースの声は掠れ、ハーメラに届かない。
『...ターニャ...どうして...』
『ちょっとターニャって誰?』
ハーメラが叫んだ。
すると、
『ハーメラ様どちらですか!?』
上から聞こえた声、ハーメラを探していたギルドの人々だった。
『ここよ!早く来てマースが死んじゃう!!』
最後の力を振り絞りハーメラは叫んだ。
こうしてハーメラとマースは救出されたのだった。
『...何よ...何が立派な体格よ嘘ばっかり』
陽の下でようやく見たマースの姿。
それは愛らしい少年の姿だった。




