第7話 先輩
仁を見つめていた人物がプレハブの影から出てくる。
よつんばになって崩れ落ちていた仁だったが、まさかこの時間に人がいたなんて思っておらず、少し驚いた顔を向ける。
そこにいたのは女子生徒で、同じ制服を着ているので他校生ではないことはわかる。
しかし、向けられている眼差しはさっきダストから見た熱い眼差しだった。
(誰だ?この子は?どこかであったか?)
起き上がりながら、仁は彼女の事を記憶から呼び起こそうとするが、まったく身に覚えがない。
容姿は小柄で、少し浅黒い肌色をしており、水泳か何か外で行うクラブにでも入っているのだろう。
顔は、美人というよりまだ幼さが残るかわいさで、さっきのダクトとは対象的だった。
それに自分のことをこんなに熱く見つめてくる生徒とはあった事がない。
髪色のせいで不良グループと間違われることもある。
この女の子の雰囲気から仁がそんなグループと関わるようなイメージを持っている印象がない。
逆にそんなグループに所属するような子でもなさそうだ。
じゃあ、この女の子は誰なのか?
その答えは本人が話しかけてきたことで明かされた。
「あ、あの~。」
声をかけてきたが、どうやら仁の事を知っているような声のかけ方ではない。
このまま無視してやり過ごすこともできるが、今ダクトが空を飛んで移動したところを見られたに違いない。
口封じのために、一時的に記憶を消すことも可能だが、女の子にあまり手荒なまねはしたくない。
どうしようかと仁が悩んでいると、不安そうな顔で胸で手を組みもう一度声をかけてくる。
「あ、あの!」
声が震えているが、今度は少し強めの口調で声をかけてくる。
「なんだ?」
低い声で、少し威嚇するような目つきも付け加えて会話を逸らそうと試みる。
その仁の態度をどう捕らえたのかさらに熱いまなざしを向けて、女の子がこちらに近づいてくる。
(こいつ何を考えている?)
女の子はすごいキラキラした目を仁に向け、お互いの手が届く位置まで近寄ると、上目使いで、質問してくる。
「あなた後輩ですか?」
(ん?後輩?)
どういうことだ?という顔をすると、女の子が自己紹介と訳を説明してくれる。
「私は3年2組 櫛田 あや っていいますけど、3年にあなたのような人はいないし、それで後輩かなって思って。」
理由は納得できたが、どうみても同じ歳ぐらいにしか見えない櫛田先輩に口をあけてしまう。
各学年5組まであるのだが、1学年の生徒を把握するのに単純に30人x5組で150人もいる。
半分が女子としても男子75名の顔を把握するのにどうなんだろうと思う。
仁もそろそろ学校に入学して1年たつが、自分のクラスを把握するのに精一杯で、もしかしたらまだ、覚えていない生徒もいるかもしれない。
クラスの生徒とかかわりが少ない仁にとって、びっくりする内容だった。
「あなたが今考えている内容だと、私が3年全体の男子を把握していると思っているようだけど違うわ。あなた自分の姿を鏡で見たことある?」
「い、いえ。あまりないですけど・・・。」
櫛田先輩の勢いに押されて、なぜか敬語口調になってしまう。
今の仁を渋谷あたりにつれていけば、すぐにスカウトマンが名刺を持って飛んでくるだろう。
身長190CMで超がつくイケメン。
筋肉質だが、男臭さがなく自然体で女性が黙っていないフェロモンが吹き出ている。
しかし仁にとっては別に今の自分の姿はどうでもよく、あくまでも戦闘モード用の姿でしかない。
櫛田先輩の考えと、仁の考えに”ずれ”が生じていた。
「あなたのように目立つ生徒が今まで学校内で噂にならなかったのよ。興味あるわ。」
どうしたものかと悩む仁。
そして取った行動が、元の姿に戻る方法だった。
銃を腰に収め、気分を落ち着かせると、自然と体が縮み、元の仁に戻る。
大きく目を見開き、櫛田先輩はどう表現していいのかわからないような驚きの顔をしていた。
仁は自分の姿をさらして、櫛田先輩がほかの生徒に話しをした所で、信じる人間が何人いるのか、むしろ信じない人間の多さを考えて、元の姿に戻った。
「自己紹介が遅れました。1年2組、一之宮 仁です。これで失礼します。」
何事もなかったように立ち去ろうとする仁の前に、櫛田先輩が移動し引き止める。
「ま、まって!」
「まだ何か?」
「どうやったの?」
「魔法ですよ。では。」
軽くさらっと答えてさらに立ち去ろうとする仁に、また前に立ちはだかる。
「まだ話は終わってないわ!」
「まだ何か?」
2度同じことを問うが明らかに少し敵意のようなものが仁から含まれている。
仁からはこれ以上関わるつもりはないと、体全体から雰囲気でアピールしている。 が次の瞬間思っても見なかった感触が唇にあった。
「「ん!」」
仁ははっきりいって驚きのあまり、一瞬真っ白になってしまった。
今自分におきていることがわからず、大きく目を見開いてしまう。
(お、俺何してるんだ?)
思考がクリアーになるまで何秒かかったのだろうか?
それとも何分もかかってしまったのだろうか?
その間、櫛田先輩と唇を合わせていた。
意識がはっきりし、櫛田先輩の肩を持って一気に引き剥がす。
「なにするんですか!」
右手で口を押さえつつ、仁は抗議する。
そんな仁を見つめて、自分でも何をしたのかわからないという顔で櫛田先輩は仁を見る。
すぐそこに教室へ降りる階段はあるが、このまま走って階段をおりようかと思ったが、なぜ自分が彼女から逃げなければならないのか?もっと抗議をしてもいいのではと思い仁はその場にとどまるが次の抗議の言葉が出てこない。
櫛田先輩が次に口にする言葉に合わせて抗議するつもりだったからだ。
次に備えて心に構えを取る仁がさらに驚く行動に櫛田先輩が出る。
仁の胸に飛び込んできたのである。
胸にしがみつきながら、顔を仁の胸で甘えるように振るとうれしそうな顔をする。 そんな意味不明な行動を取る櫛田先輩にあまりにびっくりして声が裏返って抗議をする。
「ちょ、ちょっとなにしているですか!?」
「しゅき~。」
完全に壊れた櫛田先輩をどうにか引き剥がそうをするが意外と力が強くなかなか離れない。
ようやく引き剥がしに成功したときには、はぁはぁと仁が肩で息をしているのに対してさほど体力を使った様子もなく少し離れて姿勢を低くし再度、くっついてくる姿勢を見せてくる。
関西のお笑いの劇でこんなやり取り見たことあるなと思いつつ、仁は低姿勢をとり再度くっつこうとする櫛田先輩に備える。
(どうしてこうなった?今日は厄日か!?)
ここ数年、女性関係といえばエムか、あざみさんだけだったはず。
なぜここ数日で急にこんなに女性に絡むことになったんだ?!
と自問自答をしつつ、警戒は解いていない。
とにかく櫛田先輩を落ち着けようと手を前に出し、突っ込んできそうな彼女を止める体制を取る。
「先輩正気に戻ってください。」
「先輩なんていや。あやって呼んで。」
「どうして初対面のあなたを名前で呼ばないといけないんですか!」
「運命なの!」
「意味がわかりませんよ!」
このままチャイムが鳴るまで、この状態なのかと思ったが、それはさすがに面倒だと仁は次の行動を考えていた。
さっき逃げなかったことに後悔しつつ、次の一手に”逃げ”もあるなと選択肢にいれる。
じりじりと足を階段のほうへ向けるが、櫛田先輩は階段へ降りる扉の前に立ちはだかり退路を絶たれる。
「もうすぐお昼休みも終わりますし、この事はなかった事にしますから。もう勘弁してください。」
なぜか泣きそうな仁にさらに、キュンと着たのか絶対ここは通さないぞとオーラを出す。
(どうしてこうなった・・・?いやそれよりも、どうやったらこの状況を変えられるか考えろ。)
まずは彼女を落ち着ける事だと、何か話しをして突破口を開かないと、と考える。
「先輩。」
「あや。」
「・・・。ではあや先輩。」
明かに不満そうな顔をしているが、少しは先に進んだ気がする。
今まで人生の中でこれほどの境地に立たされた事がなかった。
”敵”と戦っても精神的にここまで追い詰められる状況になったことがなく、今人生の中で一番の危険な場面だった。
ここで選択肢を間違えるわけにはいかない。
しかし、選択肢のボキャブラリーが少ない仁にとって額から汗が吹き出ている。
「どうして、こんな事を・・?」
仁の心の声が表に出た。
本当になぜこんな事をするのか、ぜんぜんわからないのである。
そんな仁をうれしそうに見ながら櫛田先輩が聞いてくる。
「わからない?」
「ええ。」
「あなたが、”ひろと”君だからよ。」
「”ひろと”?え?」
すごい怪訝な顔をする仁に説明を始める。
「小説に出てくる私の憧れの主人公なの。」
「小説?!」
じわっと汗が背中を流れる。
まだ冬だというのに急に暑くなったと感じる。
いやな予感しかしない仁は話を切って終わりたいが、終わらせてくれそうもない。 目をキラキラさせて、話の続きを櫛田先輩がしてくる。
「魔法使いで、普段は少年の姿で、戦う時に姿を変えて世間の目を逸らさせて、普通の女の子と恋に落ちて、とにかくかっこいいの!」
「それで、俺とかぶっていると?」
「ええあなたは、小説の中から出てきた現実の私の”ひろと”君なの!」
「いえ、俺は。」
「言わないで!わかっている。自分でも馬鹿な事を言っているって。けど運命なの!」
だめだ、この人はもう現実世界にいないのかもしれない。
これは隠蔽操作をするべきなのかもしれない。
しかし、それは俺の自己都合で。
etc....。
仁は必死に自分に、言い訳できる何かを探して葛藤していた。
心を落ち着け、声は震えていたが、自分では気がつかず必死に考えを口に出す。
「話しはわかりました。ではこの状況をどうやったら、変えられるのですか?」
(とにかく何かを妥協して、一旦話を終了させ、二度と彼女に関わらないでおこう。)
仁の出した答えだった。
しかし仁の顔と言葉に、心の模様が完璧に映し出されていた。
それを見て櫛田先輩は展開を考えて話をしていく。
「私とお付き合いしてほしいの。」
仁の中で想定された内容だが、この問いに答えを持っているかと言われれば答えはNOだった。
いや、例えこの場で無理ですと断ってもこの場を切り抜ける事ができないだろうとさっきダクトとのやり取りで想定してしまったのである。
しかしこの考えは仁にとって悪手であり、間違えた答えだった。
ではどうするか。
一瞬ひらめいてキターーーーー!という顔になった。
「考えさせてほしいです。」
これが答えだ!
間違いない答えだ。
仁は心の中でガッツポーズをしていた。
しかし、すべては櫛田先輩の手の平の上だったと言うことをこの時、仁は気が着いていない。
「いつまで?」
「え?」
「いつまで待てば良い?」
正直これは想定していなかった。
告白される所までは考えていた。
そこから先のイメージなんてなかった。
”今”を回避できればいいんだと思っていたからである。
アドリブなんて出来るはずもなく、仁は余計な一言を言ってしまう。
「じゃ、じゃあ今日の放課後に。」
わかったとうれしそうに階段を降りていく櫛田先輩を見つめながら、仁は真っ白になっていた。




