第5話 エム
仁がエムと8歳の時に契約して今年で5年目に入る。
その間に魔力の使用方法をエムから学び、妖魔とは何度か戦ったが、悪魔とはまだ戦っていない。
魔力の訓練でエムが、”下僕”が呼び名は不名誉だが、その呼び名を覆す力を持っていることを仁に教えた。
仁が豪堂寺から名刺を受け取ってから、数時間の間に色々あり、一夜明け、朝の支度とエムのご飯の用意をしながら、昨晩叔母のあざみに、名刺を見せながら話をしたことを思い出していた。
「へ~、そんな事してたんだ」
あざみの部屋でエムと仁の3人で豪堂寺の話をするきっかけになったダンスの話をあざみにすると意外そうな顔で驚かれていた。
今までダンスに関して黙っていた仁は、少し恥ずかしそうにほほを赤らめていたが、あざみは茶化すわけでもなく、うなずきながらいいんじゃないと言ってくれた。
「今まで仁が何かやりたいとかあんまりいわなかったから、何かやらせるべきか考えていたけど、ダンスか。いいじゃない」
「ま、できそうだったから。けど独学だし」
「あんたのダンスを見て豪堂寺さんだっけ?声かけてきたんでしょ」
「たぶん」
「じゃあ、見込あるって思っていいんじゃない?まだ子供なんだし自惚れてもまだまだ修正できる時期なんだし胸張りなさいよ」
あざみの賛成の声を聞いて、今まで黙ってダンスの練習をしていて後ろめたさがどこかにあったが、仁はよかったと胸をなでおろしていた。
「よく、わからんのだが仁が”ダンス”?なるものを身に付けて何になるんじゃ?」
「それはこれから、仁が決めることだよ。エムちゃん。仁はプロになりたいの?」 「さすがにそこまでは考えてないけど。一回プロダクションには行ってみたいとは思っていた」
「ふむ。仁。そのダンスは我のご飯の時間に関わる可能性はあるのか?」
真剣な顔でエムが仁の顔を見る。
今までエムは仁が作ったご飯しか食べようとはせず、そのためスケジュールを組み食べる時間がとりあえずは決まっている。〔時間までに家に帰らないといつも玄関で倒れている。〕
あざみが作ったご飯がまずいとかいうわけではなく、どうしてもエムは仁が作ったものしか食べようとしないのである。
その為、仁は8歳から料理をする事になり、エムにご飯を作るのはいやだとは思わないし、おいしいと言って食べてくれるのもうれしい、そしてレパートリーは次第に増えていった。
はじめはあざみから料理を教えてもらっていたが、ある程度できるようになると、自分で料理本などを買い研究し、今ではあざみですら、仁にご飯を作らせる事もあるぐらいだった。
それと、ご飯の話以上にやっかいな話も仁の頭を悩ませていた。
(ののんの話をあざみさんにどうやってしよう・・・。)
あれからひと騒動あり、エムはののんを完全無視する事で現在は対処している。
下手にののんの話を蒸し返して、エムの機嫌を損ねるのも非常にまずい。
とりあえず、問題を棚上げして対応することにした。
「プロダクションにはいついく予定なの?」
あざみの質問に仁は、まだ考えてなかったことを話す。
「名刺もらったばかりだし、早いほうがいいとは思うけど、まだいつとは考えてない」
「こんなのは早いほうがいいんじゃない?次の休みの日にエムちゃん連れて行ってきなよ」
「確かに早いほうがいいと思うけどなんでエムまで?」
「さっき話に出ていたエムちゃんの疑問を目で見てわかってもらうためだよ」
「我がいれば百人力じゃ」
コロコロと笑うエムに戦いに行くわけじゃないと、思いつつ、仁は今度の休みに行くつもりだと伝える。
「保護者同伴じゃなくていいの?」
「う~ん。俺一人でもいいんだけど。エムも着てくれる話だし、あざみさんついてきてもらえますか?」
「わかった。けど仁、携帯電源いれておいてよ。いつも電話しても出ないし」
「使う機会がないから、どうしても忘れがちになるんです。携帯電源の件はわかりました」
あざみからついてきてもらう話を取り付けて、あざみの家を後にした。
結局ののんの話ができず、頭をかいているとタイムリーにエムからののんの話が出る。
「なぜ、あの猫の話をあざみにしなかったのじゃ?」
「あざみさんに心配させたくなくて。とりあえずあいつは危害を加えてくるような奴ではないし」
「そんな事わからんじゃろ。現に我と仁の愛の巣を侵しておるではないか!」
「愛の巣なんて思ってもない事をいうな。恥ずかしい」
顔を赤らめる仁にとりあえずは落ち着きを取り戻し、機嫌もよくなるエム。
家に帰ると、普通の猫が、体を丸めて寝ていた。
「これってののん?だよな」
仁の独り言の質問に対して、猫が声に反応して、にゃ~と鳴きながら起き上がり仁に擦り寄ってくる。
「おかえりにゃ~。人に見つかるとご主人が困りそうだったので、そのへんの猫とサイズをあわせてみたにゃ~」
「そんなこともできるのか」
正直助かると心の中で思う仁をよそに、エムが不機嫌な声でののんに言う。
「おぬしはそうやって、無害な猫アピールをすることでここに住むつもりなんじゃろ!」
「にゃ、にゃんでわかったにゃ?!」
「ふ、何しろ我も仁にかまってアピールは常に考えておるのでな。こやつなかなかの朴念仁なのでな。我からかまってやらんといつまでたっても、話すらしてこんのじゃ」
なんのアピールだと仁は思ったが、鼻を高くドヤ顔のエムを見て、ため息しか出てこずどうやってこのあと話しを持っていこうかと考えていると、ののんが提案をしてきた。
「私が一緒にいた従者がどこかに行ってしまったにゃ~。あいつのおかげでなんとか暮らしていたけど行くあてもなくなったにゃ~、野良猫の姿で今まで過ごしてきたにゃ。お願いにゃここにいさせてほしいにゃ。ちょっとぐらいならエッチなことも考えるにゃ?」
「あのな。別にここにおいてやることにはエムの了解さえ取れればいい。見返りも別にいらない。だから、もっと自分を大事にしろ」
仁の真剣な瞳に、ののんは感情を爆発させるように体をすりすりとすりより、ありがとうにゃ~を何度も繰り返していたが、もちろんエムが許すわけもない。
「それはお前の事情じゃ。勝手に我が家に居座るのはだめに決まっているじゃろう」
「エム、動物を飼うぐらいだと思っていいんじゃないか?」
「仁がそうやって甘やかすから、こいつが付け上がるのじゃ。とっとと追い出してやればいいのじゃ」
口を尖らせてエムが仁と違う方向を向いて話はこれ以上聞かんぞとアピールする。 仁は仕方ないなと心でつぶやき、普段絶対に言わない、感情の一面を口にする。
「俺、優しいエムが好きだから」
仁のそっとつぶやきかけるような言葉に耳を真っ赤にしながら、まだ顔を背けている。
ののんが見るにエムはさっきまで怒っていたけど、これは違う意味で顔を背けていると思った。
ここでさらに一押しすればこの家で住めるかもと、エムに擦り寄る。
エムも険しい顔をしていたが、とうとう折れて仕方ないなと顔を元に戻す。
は~とため息をつきながら、小さなののんの為にエムがかかびながら、あるものをポケットから取り出す。
「猫、貴様から魔力が少しもれておる。このチョーカーをつけるのじゃ」
ハートマークがついたチョーカーをののんにつける。
「これは魔力を外に出すのではなく、体内にとどめる効果を持っておる。猫よ。魔力の使い方がうまくなさそうだからこれをくれてやる。しばらくはこれを使って魔力の訓練するのじゃ。ちなみにこのチョーカーではなかったが、同じ魔力を抑えるチョーカーを仁も使っておったんじゃぞ」
「へ~そうなのかにゃ~。ありがとうにゃエムエム」
「誰がエムエムじゃ!」
「じゃあなんて呼んでほしいにゃ?」
ののんの質問に、エムがにや~と笑みを浮かべドヤ顔で言う。
「当然エム様と呼ぶのじゃ!」
「なんのひねりもなくて面白くないにゃ~エムエム~」
「なんじゃと~~~!!」
考えを否定されて激昂するエムだったが、ののんは特に気にする様子もなく、エムから少し離れると体が光だし人間の姿に変わる。
ののんは服を着ておらず、全裸で特に気にする様子もなく、ソファに腰をかけるが恥ずかしくてそっちを見れない仁は後ろを向き、その仁を見たエムはさっきの怒りとプラスされて暴れだし、結果その後片付けで、仁は疲労していた。
「ののん頼むから服を着ろ。これがこの家で過ごす最低条件だ。じゃないとお前がその格好でいるとエムが家を破壊する」
「猫の姿になると、サイズが合わなくて服が脱げるにゃ、それに猫のままだとしんどいにゃ~。服はめんどうだから裸でいいにゃ。ご主人も喜ぶし」
にゃ~と笑みを浮かべるののんに対して、コブシをゴキゴキ鳴らしながら仁が真顔で言う。
「寒い中、外に出たいのか?」
「うう~仕方ないにゃ。服着るにゃ。どの服を着ればいいにゃ?」
仁がエムのちょっとゴスロリちっくな服と下着をタンスから出し渡す。
「これちょっと胸の辺りがきついにゃ~」
確かにののんの方が胸まわりに関して、若干大きいような気はしていたが、まわりにエムがいないことにほっとしながら、人間の姿でも語尾に「にゃ~」をつけ話すののんに違和感はあるが、それよりも服を着てもらわないと色々やばいので、話をつけてほっとする仁ではあるが、エムがまだ怒っておりどうしようかと悩んでいると、ぐ~と音がなる。
ソファでぐったりしたエムを見て、何か納得して台所へ行くと解凍しておいた鳥のもも肉を取り出し、フライパンをかなり温める。
あらかじめ塩コショウと酒で肉をやわらかくしておき、熱くなったフライパンに皮のほうから焼いていく。
じゅ~といい音と共に皮がぱりっと焼けると右手に持ったトングで裏返しにし、今後中火でゆっくり焼いていく。
しょうゆベースのガーリックソースを隣のコンロで作り、たまねぎをみじん切りにした後一緒に炒める。
20分程度料理に集中していた仁はエムの様子を見るためリビングに戻ると、シナシナになっていたエムを見つけ、もう少しでできるからと声をかける。
少し涙目になりながら、うんうんと力なくうなずくエムを見て、俺がいないとこの”友達”はどうなるんだろうか?と思いながらキッチンに戻り、私もおなかすいたにゃ~と擦り寄ってくるののんの相手もしつつ、手早く料理を盛り付け完成させてる。 レトルトの味噌汁と、ご飯をお茶碗によそい、お膳においてエムの前に出す。
早速手をつけようとするエムに叱りながら、しぶしぶ手を合わせ”いただきます”と箸を取りご飯を食べ始める。
あざみとエムと3人でご飯を食べるときに、あざみから以前、「仁ってエムちゃんのお母さんみたいよね?」といわれた事がある。
その時はそんな事はないと答えたが、最近思い当たる節が多くなってきており、次に同じ事を言われて反論できそうにないなと思う。
ご飯を4杯おかわりしたエムは完全復活をとげ、ののんが住むことをイヤイヤながら了承する形になった。
朝6時、まだ眠い仁は、体を横に揺らしながらおにぎりを握り、エムとののんのやり取りを思い出してあくびをかみ殺す。
時計を見ると学校に行く時間になっていたので、まだ寝室で寝ている2人を起こしに行くと、ベットで抱き合って寝ている少女達がいた。
(何だろエッチっぽいな。)
ところどころ、服がめくりあがり肌が露出しているので、目のやり場に困るが、2人を起こさない事には自分は学校に行けないし、仕方なくベットの横につくと二人に声をかける。
「2人ともおきろ。朝だ」
仁の声にまったく反応しようとしない2人にこのままでもいいかと思ったが、起こさず学校に行ったら後で何を言われるかわからないと思い、何とか起こしてみようと試みる。
ののんに近づき、肩をつかんで揺さぶってみる。
「ののん。おきろ。ご飯できた。俺学校に行くから」
揺さぶられているのが気持ちいいのかふにゃ~とか言いながら、寝たまま笑顔を見せてまだ寝ている。
いい加減このままでもいいかと何度目かの気持ちを抑えながら、もう少しがんばる。
「エム、飯がなくなるぞ」
エムはバッ!とものすごい速さで飛び起き、横で気持ちよさそうに寝ているののんを跳ね除け、そのままベットから落とすと勢いよくとびおき、右手を上げてシュタ!と仁と挨拶を交わすとそのままリビングに直行する。
ベットから落とされたののんは痛そうに、頭をさすりながら同じくリビングへと移動する。
「今度からこの手で起こせるな」
仁が独り言を言うと、リビングからエムが味噌汁~~と催促してくる声が聞こえてくる。
こうして、新たに家族を一人迎えて、それ以外はいつもと同じ日常の朝を迎える仁だった。




