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プロローグ①

見えない。

だが確実に『それ』はこちらに害意を持ち、私の肢体を切り裂こうとしている。

時折生温かい、そして嫌な空気を感じる。

気持ち悪い。逃げ出したい。

命の危機に脳が警鐘を鳴らしている。

逃げ出したい気持ちに反して、体は動かない。

地面にへたり込んだ足は震え、手にも力が入らない。


「危なかった。ギリギリセーフね」


突然自分ではない女性の声が聞こえた。

思わず一瞬恐怖を忘れて、声がする方を見上げる。


「任せて。『これ』は対処出来るから」


室内にも関わらず突如突風とともに竜人族の女性が私の眼前に現れた。

オレンジ色と黒が混じった長い髪が風に舞う。

私と「それ」の間に割って入った竜人族の女性が細くて白い腕を私に差し出す。


「君、私と同じでしょう?」


反対の手には髪と同じ美しいオレンジ色の炎が灯る。


「あ、あなたも?突然ここに?」

「うん、そう。とりあえずこの部屋を脱出しましょう」


彼女の差し伸べてくれた手を借りて、やっとの思い出立ち上がる。

『それ』は何故かは分からないが彼女の炎を恐れているかのように、こちらへ近づいて来なくなった。


「走れる?」


彼女の言葉に私は頷いた。


「よし、行くよ」


彼女に手を引かれて走る。

竜人族は人間よりも身体能力が高いのに私がつんのめらずに走れているのは、彼女が合わせてくれているのだろう。

導かれるがまま彼女と私は屋敷から中庭と思しき場所へ飛び出した。


「ふぅ、一旦撒いたかな?」


彼女が小さく安堵のため息をついた。


「あの、ありがとうございます」


ひとまず礼を伝える。

あのまま居たら私は確実に死んでいただろう。


「気にしないで。助けられて良かったよ」


彼女が柔らかくはにかむ。

初対面であるにも関わらず、不思議と彼女の笑顔を見ると安心する。


「ところで、ポケットとかにこういう紙って入ってなかった?」


彼女は自分のブレザーのポケットから四つ折りにされたA4サイズの紙を出す。

印字された文字があるが、紙自体は普通のコピー用紙に見える。

見覚えはないが自分のポケットを探ると、カサッという僅かな音と紙の感触がある。

そのままポケットから紙を出してみる。


「これ……ですかね?」


彼女に確かめつつ、紙を開いて中身を確認してみる。

そこには彼女が見せてくれたものと同じような印字がされていた。


「『生存者全員で中庭へ。開始時点では12名』って書いてあります」

「全く同じ内容だね」


彼女も自分の紙を渡してくれた。

改めて読んでみたが一言一句違わず同じ内容だ。


「これがあったから先に中庭に行ってみたの。他に比べて安全みたいだったからあなたもここへ連れて来た」


確かに文章の書き方は中庭であればしばらくは留まっていても安心というようにも捉えられる。


「でもまだ私とあなたしかいない」


彼女に言われて周りを見渡す。

確かに自分と彼女以外の人は見当たらない。

つまり、残りの十人は中にいるということだ。


「だから戻らないと」


彼女はそう言った。

戻る?危険の巣窟に?なぜ?

私の頭の中が疑問符で埋め尽くされる。


「生存って書いてあるでしょう?つまり残っている人は危険な目に遭ってるかもしれない」


私の表情から疑問を察した彼女が言う。

彼女の燃えるようなオレンジ色の髪が風に靡く。


「現にあなたは襲われていたし」

「確かに……」


彼女に言われるまで気が付かなかったが、確かにそうだ。

彼女は自分が助かればそれで良しとしない高潔な人なのだろう。

現に自分もそんな彼女に助けられている。


「あの!」


思いがけず大きな声が出た。


「役に立つかは分からないけれど……。私も行きます」


正直に言ってしまえば中庭は安全地帯の可能性はあるが、ここに一人で置いて行かれたくない。

そして綺麗事だとしても自分だけ助かれば良いと他の人を見捨てていけるほどの勇気もない。

何より自分を助けてくれた彼女に少しでも恩を返したい。


「戦闘能力は無いですけど……私は目と鼻、あと耳がすごく『良い』んです」


彼女に私の『能力』の説明をする。


「きっと危険にいち早く気が付けるはずです」


私は目と鼻、それから耳がすごく『良い』。

例えば目は視力が良いというのもあるが、それ以上に『必要なものを見つけることに長けている』。

鼻と耳も同じだ。

私の感覚期間は『必要な情報を拾うことに長けている』のだ。


「どうりで綺麗な髪色だと思った。あれ?目も違うの?珍しい」


何かしらの『能力』を持っている人は髪や瞳など体の一部が特殊な色になることがある。

『能力』があっても色が変化しないケースもままあるが、私の場合は髪が青色、目が黄緑色になっている。


「そうだね。ここに一人残していくのも不安だし一緒に来てもらおうかな」


彼女が少し思案し、そう答えた。


「そうだ。私は春晩夏秋冬(ハルバンカアキト)。あなたの名前は?」


彼女が私の名前を問う。


寧崎白(ネイザキシロ)です。春晩夏さん、よろしくお願いします」


自分の名前を答え、彼女――春晩夏秋冬さんへ軽く頭を下げる。


「ふふ、苗字は長いから秋冬でいいよ」


彼女が優しく微笑む。


「あっ、じゃあ私も白で……」


なんとなく自分だけ下の名前で呼ぶのも気が引けると思い提案してみる。


「分かった。よろしくね、白」


彼女が私の名前で呼んでくれた。

普段は苗字で呼ばれることの方が多いため、少しこそばゆい感覚がある。


「じゃあ行こうか」


彼女が元来た扉に向き直る。


「はい。私が先行します」


先ほどの化物のことを思うと恐ろしいが、私の『能力』は自分が先行しなければ意味を為さない。

それに初対面だが、秋冬さんは私を見捨てて逃げるということはしないだろうという安心感がある。

一人で襲われた時よりはだいぶ恐怖心は薄らいだような気がする。


「ありがとう。すぐ後ろにいるから、異変を感じたらすぐに下がって」


秋冬さんが優しくそう言った。

秋冬さんの気遣いに感謝しつつ、元来た扉に近づき耳をそばだてる。

特に異変は無さそうだ。


「大丈夫そうです。開けますね」


ドアノブに手を掛け、ゆっくり扉を開ける。

室内はかなり薄暗いが嫌な気配や物音はしない。


「秋冬さん、行きましょう」

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