64 その後
もうあまり語るべきことは残っていないかもしれない。
わたしは「アノスタコビッチから縁を切るカルホース」という構図の中で、新当主となったエイドリアン伯爵から正式に「婚約破棄」を言い渡された。
フェール公爵家の浄化槽は完成し、イヴァーシナ家が進言した王国の水環境改善策は王国の正式な政策となり、予算がついた。
イヴァーシナ家はこの功をもってフェール公爵の後押しもあり、伯爵家へと昇進した。
わたしとマイアは王城に水洗トイレを作ることを依頼された。
王の裁きの庭で、ガルディーはわたしを睨みつけるようにして叫んだ。
「よくもこの父を裏切ってくれたな! おまえのようなものはアノスタコビッチから追放してやる! おまえを産んだ母親も離縁だ! ただのカシャーグに返るがいい!」
「ガルディー・」アノスタコビッチ! この期に及んでまだそのような高言を吐くか! アナスタシア嬢がいなければアノスタコビッチの家そのものがなくなっても不思議はないほどのことをおまえはしたのだぞ!」
王宮の高官が唾を飛ばしてガルディーを糾弾する。
ガルディーが権勢を持っていた時にはあんたがヘコヘコしてたの、わたしは知ってるからね?
戦闘が行われている間、門を閉ざして縮こまってたの知ってるからね?
情勢変わったら、途端にエラそうになるんだね。
でも、わたしのショックはそこではなかった。
衆目にはガルディーはわたしを睨みつけて恨み言を言ったように見えたかもしれないけど、わたしは見てしまったのだ。
その目の中に憎しみではない必死さがあるのを——。
その必死さは自らの命乞いでも、わたしへの恨みでもなく‥‥‥
その瞬間、わたしは彼の心底を悟った。遠い席にいて、まともに顔を見たこともなかった彼の心底を。
彼は、母とわたしを助けようとしているのだ。
悪態をつき、ことさら敵であると強調して、連座から外そうとしているのだ。
母とわたしは、愛されていた!
わたしは涙を止めることができなかった。
きっと人々の目には、父親からこんなひどいことを言われて‥‥‥と映っただろうけれど。
わたしは父の命だけでも助けることはできないかフェール公爵に聞いてみたが、答えは否だった。
「彼にとっても、生き恥を晒すことの方が辛いでしょう。」
アノスタコビッチ家は男爵に格下げされて領地も大幅に削られたが、兄や姉の命までは奪われずに済んだ。
「何も知らなかった者まで子だという理由で殺されるのは納得いかない」というわたしの言葉を王が受け入れてくれたのだ。
「王城を守ってくれたそなたにそう言われれば、返す言葉がないな。」
というのが、重臣たちの反対を押し切った王の最終決定だった。
削られたアノスタコビッチの領地は多くは王領となり、一部がフェール公爵家とイヴァーシナ伯爵家に与えられ‥‥。そして、男爵に格上げされたカシャーグ家にも少しばかり与えられた。
フェール公爵が「アナスタシア様がカシャーグの当主となられるならば、伯爵にも推薦できますが?」と言われたが、冗談じゃない。そんな重責、担えるもんですか。
とりあえず、わたしは水洗トイレ作るんです!
わたしにとっては嬉しいことが3つあった。
ひとつは、住み慣れた館の建つ場所がカシャーグ領になったこと。そのまま馴染みの使用人たちと(シンシアもだ)一緒に住むことができること。
ここにも浄化槽作らなきゃ。あと、このゴテゴテした悪趣味なインテリアももっとシンプルなものに改装したい。
ふたつ目は、英人くんと麻耶が正式に婚約したこと。
よしよし。キューピッドの任務完了!
そして、みっつ目。
アリシアの名前が、アリシア・カシャーグになったこと。
カシャーグ家の当主である伯父さん(母リリアナのお兄さん)がアリシアを養子に迎えてくれたのだ。
これでアリシアは、奴隷の身から晴れて男爵令嬢になった。
「アリシアお姉様♡」
「な‥‥な‥‥およしください、お嬢様!」
「お嬢様じゃない! 妹なんだから名前で呼んで。アナスタシア‥‥いえ、アンナって。」
「そ、そ‥‥そのような‥‥!」
アリシアが真っ赤になってわたわたしている。
「そうしてくれたら、わたしもお姉様をつけないで呼ぶから。」
「ア‥‥ア‥‥アンナ‥‥‥様‥‥」
「様いらない!」
慣れるまで少し時間かかりそうだね。
この先、王国は少しずつ良くなっていくだろう。
その日々に、わたしたちも少しだけ手を添えていこう。
了
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




