5 午後のお茶
今日はマイアがやってくる。
わたしが午後のお茶に誘う使いを出したからだ。
わたしは思いついた時にマイアの屋敷を訪ねることができるが、家格の低いマイアの方からわたしの方に突然訪ねてくるなどということはやってはいけない——というのがこの鬱陶しい社会の原則らしいからだ。
だからマイアに来てほしい時には(あるいはマイアがそう望む手紙をくれたら)わたしの方から招待の使いを出さなきゃならないのだ。
実にめんどくさい。ただ幼年学校の友達と会いたいだけなのに。
午後、マイアはぞろぞろと護衛を連れてやってきた。
「お招きありがとうございます、アナスタシアお姉さま。」
マイアが淡い色の山査子柄のドレスの裾を少しだけ持ち上げてカーテシーをする。
貴族のお嬢様としての振る舞いが、しっかりと身についている。さすがだ。
「わたしの部屋のテラスでお茶にしませんこと? 甘いお菓子も用意してますのよ。」
うわあ、アナスタシアもしっかり貴族が身についてるわぁ。
ぞろぞろついてきたマイアの護衛は1階の控室で留まってもらい、わたしの部屋にはドレイク1人がついてくる。
わたしの護衛もアリシア1人だ。
そうはいっても幼なじみの友人と2人だけで会うこともできないというのは、なんとも鬱陶しい世界だ。
アリシアとドレイクは気を利かせて少し離れた場所に立ってくれている。
ドレイクはがっしりした体躯の若者で、いかにも戦士、いかにも護衛といった雰囲気をまとっている。
彼が傍らにいるだけで、マイアに害をなそうなどという者はその意思をくじかれるだろう。
一方アリシアは小柄だが俊敏な猫のような、いや豹か何かのような少女で棒術と剣術に長けている。
2人が並んでいると、その凸凹感が見ようによっては滑稽にも見えた。
テラスのテーブル席にわたしとマイアが座ると、侍従が紅茶を給仕してくれる。
わたしは何もしなくていい。というより、させてもらえない。
そう。護衛のほかに給仕をする侍従もいるのだ。
わたしたちは2人なのに、見張りみたいにひっついてるのが3人。この3人は一緒にお茶するわけじゃないのだ。落ち着かないっつーか、なんつーか。
「どうぞ。召し上がれ。」
何にもしてないのにそう言うのも気が引けるのだが、伯爵令嬢たるもの、自分で紅茶を注ぐなどというはしたない真似をしてはいけないのだ。
杏奈はどうにもお尻の座りが悪いのだが、自分でやったりしたら彼女たちの仕事を奪ってしまうことになるから我慢しなければいけないのだ。
結局、貴族の作法というものの中には、集めた富を下々に分け与えていくという役割もあるのだろう。
まあ、喫茶店にいると思えばいいのか‥‥。
貴族のお嬢様の会話って、何すればいいんだっけが?
麻耶相手だったら、昨日観たアニメの話やら、推しの出てる映画をいついつやるとかだったけど‥‥。
昨日アニメなんか観てないし‥‥てか、アニメなんてそもそもないしこの世界。
アナスタシアはどんな会話してたんだっけ? マイアと‥‥。
「良いお天気ですわね。お姉さま。」
とマイアが言葉を発した。
「そうですね。」
とこれはアナスタシア。
こんな会話だったっけ? マイアとの幼年学校時代って‥‥。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
その後の会話が続かない。
何人も何人も、天使が通る。
マイアが困ったように鼻の頭に人差し指を当てた。
え? これって‥‥
会話が途切れて間が空いてしまったときの麻耶のクセ。
え?
まさか‥‥。
でも‥‥
この佇まい。
この空気。
見た目は全然違うけど‥‥。
いや、わたしだって見た目全然違うわけだから‥‥。
‥‥‥‥
わたしは思い切って、ひとつの冒険に踏み出してみた。名前が似てるから、違っていたとしても何かしら言い訳はできるだろう。
「マヤ?」
と呼んでみた。
この発音にマイアがぴくっと反応した。
顔を上げて、驚いたような目で私の目を見る。
唇が何かを言おうとしている。
わたしはもう一度、今度ははっきりと言ってみた。
「麻耶なの? あんたも‥‥」
転生したの? と言う前に、マイアの方から言葉が出た。
「杏奈?」
2人同時に立ち上がった。
テーブルがガタンと揺れて、お茶がこぼれる。
「こ‥‥これは、粗相を!」
侍従のシンシアが慌ててテーブルを拭こうとする。
い‥‥いや、粗相したのは私たちの方です。あ、ちゃんと言わなきゃ。
「粗相はわたしたちの方です。ごめんなさい!」
これはお貴族さまの言葉遣いではないな——。
だが、今は‥‥!
「杏奈! 本当に杏奈なの?」
「杏奈だよ。正真正銘! アナスタシアでもあるけど‥‥。あなたも麻耶なんだね? 転生したんだね? 同じように!」
2人ともテーブルを回って傍目もはばからず抱き合った。
お貴族さまの令嬢のやることじゃない。
シンシアがテーブルを拭くのも忘れて呆然としている。
いや、呆然としているのはシンシアだけではない。アリシアもドレイクも同じだ。この状況は護衛の警護パターンの中にはないだろう。
「もう‥‥会えないんだと思ってた‥‥」
麻耶が泣き出した。




