2 とりあえず現実を受け入れるしか
「麻耶は?」
と言ってしまってから、傍らにひかえているこの人が知るわけもないか——と思った。
傍らにひかえているのは、わたし付きの侍従兼護衛のアリシア・カルーネン。15歳。
むっちゃ若いやん。‥‥ていっても、今のわたしよりは年上か‥‥。
武術に秀でた護衛で、常にわたしに影のように付き添っている頼りになる護衛だが‥‥。
日本人杏奈の記憶もあわせ持つ今のわたしには、少し抵抗がある。
これからもずっと付きまとわれるわけだよね? 夜、寝てる時もずっとそばにいるんだよね?
プライバシーは‥‥? 気楽にオナラひとつできないじゃん?
これまでもそうだったし、そんなこと生まれた時からだったというアナスタシアの記憶もあるにはあるんだけど‥‥。
う〜〜〜。
馴染んで生きていくしかないのか? この先‥‥。
それとも、何かのはずみで向こうの身体が生き返って戻れるなんてことは‥‥。
転生ものには魔法がつきものだし‥‥。何か「勇者」として召喚された——というようなことは‥‥。
‥‥ないな。
そんな気配は全然ないし。
ってことは、わたしはやっぱり死んだんだ。あの事故で——。
そして、転生‥‥。
それにしても、あの事故。ロープウエイのロープが切れたみたいだった。あんな状況で、死んだのはわたしだけだったのだろうか?
麻耶は? 英人くんは無事だったんだろうか?
「お嬢様? どうなされました? 先ほどおっしゃられたのは、マイア様のことでございますか?」
「麻耶?」
「いえ、マイア様です。お嬢様と仲のおよろしい。『マヤ』では綴りが違いますが、別のお方のことですか?」
アリシアが静かに侍ったままで訊ねてくる。
「あ‥‥いえ。ちょっと夢を見ただけです。」
そうだ。もう、ここでは日本でのことは『夢』と同じだ。そういうことにして生きていくしかないんだ。
16歳の高校生だったわたし=杏奈は、ここでは13歳のアナスタシアになってしまったんだ。
13歳って‥‥‥ガキじゃねーかよ。
まあ、3年分若返ったと思えばいいか。
うん。前向きに考えよう。
さっき護衛のアリシアが言ったマイアとは、マイア・イヴァーシナのことだ。
わたしよりひとつ下の12歳。お隣の小さな領地、イヴァーシナ男爵家の長女。
幼年学校でアナスタシアと仲のよかった巻き毛のかわいい女の子だ。わたしはマイアを妹のようにかわいがっていた。
アナスタシアの記憶ではそうなっている。
なんだか杏奈と麻耶の関係に似ているな‥‥とも思うが、顔は全くの別人だ。似ても似つかない。
わたしはもう元には戻れないんだな‥‥。
そう思ったら急に悲しくなって、不覚にも涙がこぼれてしまった。
「お嬢様。どうなされました?」
「いえ、なんでもありません。まだ少し夢の続きが残っているようです。」
自然に出てくる伯爵令嬢に相応しい言葉遣い。
幼少期から徹底的に叩き込まれてきた貴族としての振る舞いと、教養。
そして、13歳になった今は幼年学校を卒業し、お屋敷の中で3年後には嫁ぐことになるカルホネン伯爵家の婦人としての知識と教養を身につけるために勉強をしなければならない。
その先生が2時間後にはやってくる。
午後からは詩のお稽古だ。
うっわぁー! うっざ!
自由なんてありゃしない。
貴族なんてやだぁ! 平民の高校生に戻りたぁい!
心の叫びを抑えて、わたしは伯爵令嬢らしく振る舞う。
そうやって、ここで生きていくしかないんだ‥‥もう‥‥。




