8 政争の残滓
「……。」
ベックに教えられたジャクソンの境遇が意外なものであり、しばし沈黙する。
(『う~ん…、それほんと?』)
シアは別の理由で黙っていたらしく、どうやら話の真偽について考えを纏めていたようだ。
(「それは私も思ったにゃ。」)
マリーダも同意を示す。
正直な話、わたしもベックの言うことを鵜呑みにしているわけではない。
少しだけ話した印象としては、兵士というより武士としての矜持の下に振る舞っているようであった。
自身の道義に反していれば命令であろうと聞かないという雰囲気は、自分に上位者を置かないというように曲解されて「王」という渾名で揶揄されているようである。
「「狂王」にゃ?」
「王」という部分は分からないでもないだけに、どの辺から「狂」が来たのかが理解不能なのだ。
「ああ。
表向きには戦闘狂ってとこから来ているらしい。」
なるほど、尤もらしい。
態々面倒な手続きを踏んでまで、破落戸な服役者達にすら遠巻きにされるわたしに手合わせを申し込むだけはある。
加えて闘気術なる技能を習得しているだけあって、これまでの対戦者には手に終えなかったのであろう。
(『マルみたいな方ね?』)
(「私は必要だったから身についただけにゃ。
……ボソッ。(確かに強さを実感するのは楽しいと思
うけどにゃ…。)」)
しかしベックは“表向きには”と、まるで真実を秘匿するような言い方をした。
「…余り大声で話せないんだけどな……」
わたしが理解はしたが納得はしていない顔をしていたのだろう。
ベックは顔をこちらに寄せ、小声で話を続ける。
(「これって意味あるにゃ?」)
(『如何にも「秘密の話をしています」って感じだも
んね。』)
マリーダとシアからツッコミが入るが、社会を渡り歩くには必須の建前というやつだ。
「ジャクソンの罪状の上官殺しは余罪だ。」
何と!?
軍刑務所に入れられるのは軍規に違反した者たちである。
仮に、軍に所属する者がプライベートで何かしらの犯罪を犯した場合、法律に基づいた一般的な刑罰が下される。
そのことからすると、ジャクソンが入るべきは一般の刑務所である。
「まあ、親殺しってのも奴に関しちゃ重犯罪なんだが
な。」
キャトラスに幾つか存在する古き血脈を継ぐ家門。
それらの血脈は絶やされぬよう、法律でも保護が明文化されている。
該当する者が僅かゆえに知るものの少ないその法律に照らし合わせると、古代血統者の殺害は一般市民の殺害より刑罰が厳しくなっている。
ほぼ死刑確定の犯罪を犯して尚ジャクソンが服役となっているのは、ジャクソン自身も古代血統者であるからに他ならない。
「まあ、それは置いといてだ。」
話の軌道を修正するベック。
「フォレスト家には「当主足る者、武の道に進むべ
し」という家訓があってな。」
この家訓に従い、今は亡きフォレスト家前当主と、次期当主筆頭候補のジャクソンは軍に所属していた。
同時の階級は前当主が大佐、ジャクソンが少佐であった。
前当主より遥かに早い昇進、家門に伝わる秘術も高いレベルで習得。
フォレスト家派閥である誰もが、ジャクソンの次期当主内定を飛ばしての当主就任を求めた。
同時衰退を開始していたフォレスト家であったが前当主は中々引き継ごうとしなかった。
そして業を煮やしたジャクソンは前当主である父親を毒により暗殺。
弟の現当主であるフル-カスにより当主の毒殺が露見し、現在に至る。
…らしいが、
(「“無い”にゃ。」)
(『嘘!』)
まぁ、そうなる。
だいたいジャクソンが長男である時点で順当に当主となれたわけで、周囲の後押しで多少強引に当主を交代しても、殺害するよりは余程マシなことくらい明らかだ。
(「それにああいうタイプは毒殺とか好まないだろう
にゃ。」)
(『いかにも「決闘だ!」とか言いそうな方だった
ものね。』)
マリーダは同類としての見解を述べ、シアの感想に関しては正に現状の通りである。
(もしかしたらひょっとするにゃ?)
この違和感はわたしやベックに通ずるものがある。
(「可能性は高いにゃ。」)
(『その場合一番怪しいのは…。』)
しかし“そう”だとすると、何故ジャクソンが大人しく刑に服しているのかが分からない。
(「まっ、何かしら意図があるかあったんじゃないか
にゃ?」)
その意図が分からないから困っているわけだが…。
(「何にせよまずは奴との手合わせにゃ。」)
わたしの身体強化をした動きを見て、ジャクソンは接触してきた。
ならば手合わせをすることで分かることもあるかも知れない。
(『拳で語るってやつね!』)
語るほど多くを知るわけではないが、この手合わせで何かが動き出す予感がした。
~ジャクソン視点~
ここにきて何十年経つだろうか?
そう考えたきっかけは我が家門に伝わる秘術のようなものを行使して、自らより遥かに大きな雄を殴り飛ばす小柄な雌を目撃したことであった。
噂に聞く終戦の英雄が何故ここにと思い、いつかぶりに積極的な情報の収集を行えば、どうやら暗い事情が見えた。
英雄はまだ若い。
小賢しい年寄り共の保身のための工作にまんまと嵌まってしまったようだ。
それだけであれば「長じる者は疎まれる」、己の未熟と断じそこまでである。
しかし英雄の投獄には弟が関わっているようであった。
「フル-カス、貴様はやり過ぎた。」
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