空虚な時間
事件の後、ディンは悠輔の遺体を持ち帰ると静かに死装束を着せ、全ての傷跡を消した。
ディンの魔法で狂った六人は精密検査の後、精神病棟へと運ばれた。
村瀬警部から事件の説明を求められた学校側は把握している事実を伝え、警察はディンを不問とするとともに事件によって心が傷ついてしまった生徒がいないか確認、いた場合は手厚いケアを出来る環境を用意することを学校側に伝えた。
浩輔、源太、雄也他数名が警察に説明する為に警察署に行くも、誰一人としてまともにその場の状況を説明できるものはいなかった、他の全生徒は帰宅、学校は一週間閉鎖となり、その間は自宅学習という形になった。
夕方、警察から解放された浩輔、源太、雄也は坂崎家にいた。
弟たちはまだ何も知らされていない為三人の様子を見て何が起きたのかを聞いたが、答えられるはずもなかった、ディンは部屋に籠って部屋の鍵を閉めていたから、状況はどう考えてもわからないだろう。
「……。」
悠輔の遺体の前で一人涙を流すディン、皆も悲しいのはわかっている、会わせてやらなければならないということもわかっている、そして、弟達に話をしなければならないということも。
「悠輔……。」
だが、今はそうしたくなかった、誰にも会いたくなかったし、誰にも会わせたくなかった。
今は一人で、悠輔が死んだことを悼みたかった。
「どうして……、どうしてお前が……。」
学校では生徒たちの手前悲しみにくれるわけにはいかなかった、悠輔を殺した伊勢野や六人を許せないという気持ちや、浩輔たちを守らなければならないという気持ちが先行していた為、悲しさはあと回しだったのも事実だ。
本当は今も弟達に説明したり、浩輔達の傍にいなければならないということもわかっていたが、今だけは、今だけは、ただここで泣いていたかった。
そして怖かった、自分がいるせいで殺されてしまった、それを責められる事が。
「祐治にいちゃ、浩にいちゃ達どうしたんだろう?」
陽介が祐治に問う。
リビングで三人が死にそうな顔をしていたので、皆二階の祐治の部屋に集まっていた、流石に、本人たちの前でそんなことを話すことは出来ないだろうと考えたのだろう。
「わかんない、悠にぃも部屋から出てこないし……、どうしたんだろう?」
といいつつ、祐治は何となく察していた、おそらく、悠輔かディンのどちらかに何かが起きたのだろうと。
「源太さんもいたよね、あとちっちゃい人。」
大志が口をはさむ。
「三人揃って暗い感じだったけど、何があったんだろう……?」
大樹も疑問を口にする、浩輔一人ならまだわからなくはない、しかし源太や雄也までいる事が、ただ事ではないと思わせる。
「んー。」
眉を寄せながら考える四人だが、さすがに予想の範疇を大きく超えた悠輔の死だという答えにはいきつかなかった。
「……。」
弟たちがそんな話をしているとは露知らず、三人は何を話すでもなくただリビングにいた。
浩輔はソファで項垂れ、源太は食卓に顔をうずめ、雄也はリビングのドア近くにしゃがみこんでいた。
「……。」
浩輔はもはや涙枯れ果て、眼を真っ赤にしながら一人考えていた、自分の考えは正しかったんだろうか、と。
もしかしたら、あの六人をディンが殺してしまった方がいっそ清々しかったかもしれない、あそこで自分が死んでいれば、楽になったのかもしれない。
しかし、そうしなかった、そして、その結果がここにある。
悠輔はもう帰ってこない、楽しいときは一緒に笑ってくれた、悲しいときは傍にいてくれた、最愛の弟は、もう帰ってこない。
「……。」
源太は放心していた、自分が悠輔とディンのことであんな提案をしなければ、悠輔は殺されずに済んだ、そして、誰も悲しまずに済んだ。
何も考えたくなかった、罪悪感と喪失感に押しつぶされそうだったから。
自分の恩人を死に至らしめてしまった、恩を返したかっただけなのに、全てが裏目に、仇として返してしまうことになった。
いっそ、自分もあの六人と同じ目に遭わせてほしかった、いっそ、許さないといってほしかった、そのディンの優しさが、源太の心を苦しめる。
「……。」
雄也は罪悪感と悲しみに押しつぶされていた、あんなにも自分を想ってくれていた人を、脅されていたとはいえ殺そうとしてしまった事。
そして、悠輔が自分を心配してくれていた事、ディンが優しくしてくれたこと、自分が殺そうとした相手なのに、あんなにも優しく抱きしめてくれた、あんなにも優しく声をかけてくれたディンに、言葉をかける事すら出来ない。
苦しい、すべて投げ出したい、そんな思いが、場の空気を重たくしていく。
「……。」
ディンはもう泣いていなかった、いや、涙も枯れ果ててしまったのだろう。
悲しみに暮れながらも、これからすべきことを考えていた。
自らがすべきこと、これ以上悲しみを増やさないこと、魔物を殲滅し、世界に安寧をもたらすこと。
そして、罪を償う事、悠輔を守れなかった事をどんな形でも償おうと、そう考えたディンは静かに立ち上がった。
「あ、ディンさん!」
祐治の部屋に入ってきたディンに気づき、陽介が声をかける。
「どうしたの?にいちゃ達悲しそうな顔してたんだけど……。」
「ねえディンさん、悠にぃは……?」
そんな陽介を遮るように祐治が問いかける、なぜ悠輔ではなくディンなのか、嫌な予感がしていた。
「悠輔は……。」
重い口を開き、か細く呟くディン。
「悠輔は……、もう、帰ってこないんだ……。」
「え?ディンさん今なんて?」
大樹が耳を疑うという表情で聞き返す。
「悠兄さんが帰ってこないって、どういうこと?」
「それは……。」
大志の問いに対して口ごもるディン、その姿を見て、祐治は察してしまった。
「もしかして……、死んじゃったの……?」
そして、それを口にしてしまった、その瞬間、の空気が変わる、張り詰めたような、信じられない言葉をかけられた時のような感じ。
「え……?ディンさん、嘘だよね……?」
「陽介……。」
ディンは説明しようとするが、言葉が出てこない、その姿そのものが、陽介の質問に対する答えになってしまっていた。
「嘘だ……、そんなの嘘だ!」
狼狽えるようにつぶやいた後、叫ぶ陽介、祐治や大志、大樹はディンの心情を察してかける言葉を選んだかもしれないが、まだ七歳の陽介にはそれは出来なかった。
「なんで!?なんで悠にいちゃが死ななきゃいけないの!?」
「陽介、ディンさんを責めちゃ……。」
「ディンさんが守ってくれるんじゃなかったの!?全部嘘だったの!?」
祐治が陽介を諫めようとするが、その言葉届かず、ディンを責めるように陽介は叫ぶ。
「ディンさんが!ディンさんがにいちゃを殺したんだ!」
陽介の眼から涙が零れてくる、三人の様子、そしてディンの様子、それを見て、さすがの陽介でも、ディンの言葉が本当だということは理解出来てしまう。
そして、悠輔が死んでしまった事にはディンが関係しているんだろうと考えてしまった、事実それは間違っていない、ディンが悠輔の中にいなければ、確かに同級生に命を狙われることはなかったのだから。
「陽介!そんな風に言っちゃだめだ!」
「どうして!ディンさんが嘘ついたのが悪いんだ!」
諫めるよう強く祐治が声をかけるが、それがかえって怒りを煽ってしまったようだった。
ぼろぼろと涙を零しながら、陽介は叫ぶ、そしてディンのもとに肩を怒らせながら近づき、言い放つ。
「ディンが悪い!全部ディンが悪いんだ!」
陽介は、ディンの腹部を殴る。
「……。」
何度も殴られながら、何もせず黙っているディン。
痛かった、陽介の拳がではなく、その叫びが、涙が。
「陽介……。」
陽介を止めることも出来ず、二人に声をかけることも出来ない、祐治は何とかその場を収めようと考えたが、自分自身の中にある陽介と同じ思いと葛藤していた。
「なんで?なんで僕たちがこんな苦しい思いしなきゃいけないの?」
大樹が呟く。
「お父ちゃんも、お母ちゃんも、それに悠お兄ちゃんまで……。」
「大樹……。」
祐治と大志が声の方を向くと、涙を流しながら苦しそうな顔をしている大樹がいた。
大志は大樹の名を呼びながら大樹を抱きしめた。大志も同じ思いはあったが、涙は流さなかった。
大樹は元々感情の起伏が激しく、特に悲しみが強く表に出ている子だった、そんな大樹と一緒にいた大志は、大樹を守ろうと、悠輔に心配をかけまいとして来ていた、だから、あまり涙を流さなかった。
「……。」
そんな三人を見てさらに罪悪感と悲しみを募らせるディン。
この子たちを悲しませてしまった、悠輔を守れなかった、その想いがどんどん強くなり、涙として頬を伝う。
「ごめん、ほんとにごめん……。」
「……!」
陽介は動きを止める、ディンがしゃがみこみ、陽介を抱きしめたから。
「なんで……、なんで……?」
殴っていた腕をディンの腰に回し、泣きながら問う。
「なんで……、そんなに優しいの……?」
怒ってほしかった、敵対してほしかった、それなら、思う存分怒りをぶつけられるから。
でもそれでも、ディンはそれをしなかった。
「ひどい事言ってるのに……、なんで……。」
「悪いのは、俺だから……。」
ディンは静かに涙を零し、語る。
「悠輔を守れなかった……、俺がもっとしっかりしてれば、悠輔が殺されることもなかったんだ……。」
「違う……、ディンさんは……。」
否定する言葉が出てこない陽介。
わかっていた、ディンは悪くないと、きっと、悠輔を守ろうとしてくれていたんだろうと、でも出来なかったんだと。
「ディンさんは、悪くないんだ……。」
「陽介……、みんな……。」
騒ぎを聞いていつの間にか部屋に来ていた浩輔達3人は入り口で立ち尽くしていた。
浩輔達もまた、弟たちに話さなければと相談していた、罪悪感や喪失感に押しつぶされながらも、それでも弟たちのために何かしなければならない、そう話し合ったのだ。
「浩にぃ、平気なの……?」
「うん、平気……。みんなはもう聞いたの?」
決して大丈夫ではなかったが、それえも本当のことは言えなかった、そんな浩輔の姿をみて気が抜けたのか、涙を零しながら答える祐治、涙は流すまいと決めていたが、それは無理だった。
「……。」
そっと祐治を抱き寄せ、涙を流す浩輔。
「……。」
そんな兄弟達を見て、言葉を失う雄也と源太、自分たちもとても大きなものを失ってしまったが、ここにいる六人はそれ以上のものを失ってしまった。
掛ける言葉など見つかるはずもなかった、ただただ悲しみが場を支配した。
大きすぎる存在、それをこんな形で再確認した子供たちの悲しみは、とてもではないが計り知れない、なぜ悠輔が殺されなければならなかったのか、こんなにも家族に愛され、あんなにも家族を愛した少年が、何故、どうして、その疑問はあれど、憎しみなど入る余地はない悲しみだけが胸を締め付ける。
その日の夜、家の庭で葬式のようなものが行われた。
ディンが魔法で作り出した美しい祭壇の上に眠っている悠輔に、皆別れを告げる。
「……。竜神術、竜炎……。」
綺麗な百合の花に囲まれた悠輔が、ディンの唱えた魔法によって焼かれていく、皆の涙が炎によって乾き、その上をまた涙が伝う。
炎が消えた時、そこには一つの黄玉だけが残された。




