最悪の災厄
あれから三日が経った、悠輔は皆と同じように学校に通い始め、クラスに馴染もうと努力した。
一抹の不安はあった、ディンや悠輔のことを受け入れる気のない態度をとっていたクラスメイトもいた、しかし、それは仕方がないと割り切り通うことに決めたのだ。
二限目が終わり、休み時間、駄弁っていた浩輔と悠輔。
「今日の昼ってなんだっけ?」
「カレーじゃなかった?」
「カレーか……、食えるかな。」
「どうかしたの?」
悠輔が気だるげに呟くと、浩輔が不安そうに顔を覗き込む、悠輔の目の下にはクマが出来ており、どこかげっそりとしている。
「寝不足がな……。」
「そっか……。」
「また魔物が出たんだろ?悠輔、ほんとお疲れさまだよ。」
源太が口をはさんでくる、二人の話は耳に入っていたようで、悠輔の肩をぽんぽんと叩く。
「まあなぁ。」
「保健室で寝てきたら?」
「そうさせてもらうかなぁ……。」
大きな欠伸をしながら伸びをする悠輔、眠いというのは本当らしい。
「んじゃ保健室行ってくる、次の先生に伝えといて―。」
「わかったー。」
浩輔に伝言を頼むと、ふらふらした足取りで教室を出ていく悠輔、それを浩輔は複雑そうな瞳で見つめる。
「心配、か?」
「そりゃ、心配しないほうがおかしいんじゃない?」
少し言葉に棘が混じる。
「お、おう…。」
源太はそれに気づき、戸惑う、あの時と同じようだと思う、一年前初めて会った時のようだと。
「……。」
それだけ言うと黙って席に座ってしまう浩輔、他の生徒と話すつもりはないらしい。
「っ……。」
それを見て罪悪感と悲壮感が混じったような、苦虫を噛み潰したような顔になる源太、そこに、一人の女子生徒が話しかけてきた。
「あのさ、なんでそんな坂崎に構うん?」
「伊勢野、なんでってそりゃ……。」
「特に浩輔の方なんて、うちらと話すつもりもなさそうじゃん?」
浩輔を苦々し気ににらむ伊勢野、この女、顔は美人だが如何せん人を思いやるという回路が脳にない、悠輔を疎ましがってるグループのリーダー、といった所だろうか。
「だって、悪いのは俺たちの方なんだし……。」
「はぁ!?なんでうちらが悪いことになってるん!?」
源太が浩輔に聞かせまいと小声で話すが、俺たちという言葉が伊勢野の怒りに火を灯したようだった。
「だいたい坂崎が黙ってなきゃこんなことならなかったんじゃん!手かだいたいなんであんな化け物と一緒にいないといけないん!?」
「おい、声が……。」
「マジで意味わかんないんだけど!あんな化け物と一緒にいるなんて!」
源太の静止も意味をなさず、数日間目の前にいては怖くて言えなかったであろう鬱憤を晴らすがごとく、伊勢野の声は大きくなる。
「おい、聞こえるぞ……。」
眉間に皺を寄せる源太、これではまた坂崎兄弟を傷つけてしまう、それは本意ではない。
「だから何!?どうせあの化け物はいないでしょ!?それにあいつはうちらに手えださないってわかってるからいいんだよ!」
どんどん大声になり、口が悪くなる、その話を聞いた周りの生徒達は複雑そうな顔だ、同調できないといえば嘘になるから。
しかし、自分たちがした約束を破りたくない、何より恐ろしい、もしもディンや悠輔が自分たちと敵対したらと考えてしまう。
「……。」
張り詰めた空気が教室を支配する、生徒達の視線は、伊勢野と源太に集中していた。
「……けんな……。」
「何?なんか文句あんの!?あんただって化け物とか言ってたじゃん!」
源太に矛先を向け怒る伊勢野、どうせ男は女を殴れない、そんな打算が見え隠れしている。
「ふざけんな!」
しかし、その打算は外れた、源太の振りかぶった拳が、伊勢野の顔に吸い込まれる。
「……!」
驚きと恐怖で声が出せず、後ずさりする伊勢野。
「ああ言ったさ!怖かったからな!あんな強いやつが俺たちに剣を向けてきたらなんて思ったら怖くて仕方がなかった!だから化け物なんて言ってた!」
源太は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「だけどあいつは違うって言った!事実俺たちに剣を向けてきたことなんてなかった!」
源太の叫び声が教室を超え廊下に響き渡る。
「だから悪いのは俺たちの方なんだよ!在りもしない事に怯えて怖がって!苦しめた!」
どこまでも響き、悠輔とディンに届いてほしいと願う叫び。
「それにあいつは力なんて使わずに俺のことを守ってくれてた!傷だらけになりながら!死にかけながら!」
一年前、世界の滅びを願う者たちの襲撃を思い出す、あの時悠輔は、ディンの力に頼らずに自分を助けようとしてくれた。
そしてディンは自分と悠輔を守ってくれた。
「だから俺は償いたい!たとえそれが償えない罪だったとしても!」
「し、知らねぇよ!化け物を化け物って言って何が悪いんよ!」
たじろぎながらも虚勢を張る伊勢野、しかし、源太の気迫に気圧されてしまっているのか言葉が詰まる。
「……、彼らは化け物なんかじゃない、いい加減認めなよ。」
「!?」
源太と伊勢野がにらみ合っているところに一人の男子生徒が割り込む。
「坂崎は僕らを守ろうとしてくれてた、今だってそうだ。あれだけひどいことをしたのに認めてくれている。」
細いフレームの眼鏡をはずし、少し瞬きをしてから続ける。
「それは、彼らにとって僕らがまだ救いようがあるってことでもあるんじゃないかな?」
眼鏡を体操服の裾で拭き、掛ける、パッとしない顔つきだが、目つきが鋭い、そんな彼は、悠輔とディンに対しては中立的な態度の人間だった。
「君みたいな人がいるから彼らは言えなかったんだと思うよ、まあ僕もあまり人のことは言えないけどね。」
そう言い終え、口を閉ざす、反論があるならどうぞという雰囲気だ。
「佐々木……。」
普段全くと言っていいほど口を開かない佐々木がここまで言えるということに驚く源太。
「な!てめぇみたいな地味男がうちに口答えしていいと思ってんの!?」
「ああ、いいと思っているから言葉にしている。」
「ふ、ふざけんじゃねえぞ!」
源太から矛先を変え佐々木に掴みかかる伊勢野と、物怖じしない佐々木。
「てめぇ!あんまチョーシのってっとぶっ殺すぞ!」
叫ぶ、ここがどこで、自分が誰かも忘れたかのように、ただただ、怒りだけが伊勢野を突き動かす、そして怒りに任せた伊勢野の拳が振られ、佐々木の顔に直撃しようとしたその時。
「やめろ!」
という怒鳴り声とともに伊勢野が横に吹き飛んだ。
「……!」
吹き飛ばされた伊勢野が、胸ぐらを掴まれていた佐々木が、止めようとしていた源太が、クラスにいた全員が、怒鳴り声の聞こえた方向を見やる。
「浩輔!」
そこには思い切り拳を振りかぶった態勢の浩輔がいた、怒りで顔を歪め、何か言葉を発しようとしているが怒りで言葉に出来ない、そんな顔をしながら。
「な、なにすんだよ!」
怒りが頂点を超えた伊勢野が、鼻血を流しながら立ち上がると浩輔に殴りかかろうとする。
「……そこまで。」
刹那、その声が聞こえた、この場に相応しくないひどく落ち着いた声の主は、ゆっくりと教室に入ってくる。
「悠!保健室に行ってるんじゃ!?」
「んー、行く途中に声聞こえたから、盗み聞き。」
驚きながら聞く浩輔と、笑っていない目で冗談を言う悠輔。
「……。」
悠輔の登場で一気に恐怖に支配された伊勢野が、ゆっくりと後ずさる。
「おい。」
「な、なんだよ!」
それを見逃す悠輔ではなかった、元々ガタイがよく威圧感があり、加えて目元の傷、そしてディンの事がある、そんな人間に睨まれては、普通の人間は動けない。
「俺の事なんて言おうが勝手だけどさ、もっかい浩輔の事傷つけてみろ?殺してやるから。」
威圧感とともに、その言葉に嘘偽りがないことが伝わる。
「……!」
その言葉を聞き、言葉を発する事すらできず後ずさり、そのまま逃げ去っていく伊勢野。
「おい!」
「源太、別にいいよ。」
逃げるなんて許さないと怒鳴る源太を諫める悠輔、どこか寂し気な顔をしながら、ふと佐々木の方を見る。
「なんだい?」
「いや、お前ってそんなしゃべるんだなって思って。」
意外にも物怖じしない態度の佐々木、彼にとって、ディンが敵でないなら怯える理由もないのだろう。
「まあね、普段は言葉を発しても無駄だと思ってるからしゃべらないだけさ。」
「なるほどな。」
乾いた笑いをあげる悠輔をよそに、佐々木はさっさと席に戻る。
「すげえやつがいたもんだ。」
あきれたという声をあげ笑い、悠輔は浩輔の方を向き直る。
「悠、ごめん……。」
申し訳なさそうな浩輔、自分自身で何とかしたかったのだろうが、頭の回転が速い悠輔と違いおっとりしている浩輔からしたら、なかなか解決方法を見いだせなかったのだろう。
「なんで謝るんだ?俺の事なんだから俺が何とかしなきゃだろ?」
笑いながら浩輔の頭を撫でる悠輔、今度こそ保健室に向かう、なんとなくどこか満足そうな陽気さで。
「……。」
そんな悠輔を見て深くため息をつく源太。
「源太、ごめん……。」
「何がだ?」
言わんとしていることはわかるが、しかしとぼける源太、自分に責任があるのだから、気にしないでほしいと言いたげだ。
「何でもない、ありがとね。」
そういって笑う浩輔、少しだが、源太達を信頼出来ると思ったのだろう。
十分後、伊勢野が戻ってこないことを不思議がりながら、各々授業を受け始めていた。
悠輔は本当に保健室に寝にいったらしく戻ってくる気配もない、結局四限目が終わったあたりで悠輔は戻ってきて、さあお昼だと教室を出て廊下で話をしていた頃だ。
「坂崎ぃ!」
突然響く怒鳴り声、そして走ってくる音。
「ん?」
悠輔が声の方向に振り返ろうとした、その瞬間。
「っつぅ!?」
突然だった、突然背中に強烈な痛みが走った。
一年前と同じあの痛み、下腹部の裏側腰に近い位、そこにはアウトドア用の大振りのナイフが突き刺さっていた。
「この化け物が!死ね!」
「悠!」
ナイフを握っていた伊勢野が、それを引き抜き振りかぶる、浩輔が叫びながら、悠輔の盾になろうとする。
「が……!」
だが、間に合わなかった、伊勢野が振り下ろしたその凶器は、悠輔の左肩肩甲骨の下、心臓部に深く突き刺さる。
「が……ぁ……!」
驚きと苦痛の入り混じった表情をしながら、悠輔は体から力が抜けていくのを感じた。
「こ……う……。」
沈んでいく意識、暗くなっていく視界の中で、浩輔の名を呼ぼうとした。
「……。」
そして崩れ落ちる、うつぶせになり動かなくなる、心臓を刺され、すべてが一瞬で終わってしまったのだ。
「……。」
そして、悠輔の体はその活動を終えた。
「悠輔!」
ディンは叫ぶ、悠輔の肉体が活動を終えた瞬間に、まだ魂は消えていないと信じて。
「……、ディン……。」
ほの暗い空間中、悠輔の言葉だけが響いてくる、もう、魂も形を留めておけないのだろう、悲し気な声だけがディンの耳に響く。
「ごめん、ディン……。」
「悠輔……、いやだ……!」
空間のどこにも悠輔がいない事を理解してしまったディン、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ、涙を流しながら否定する。
「行かないでくれ……!頼むから……!」
「ディン、浩たちを、お願い……。」
その叫びも虚しく悠輔の声が響く、そして、何も聞こえなくなってしまった。
存在を感知することもできなくなってしまった、悠輔の魂は、その役目を終え力尽きてしまった。
「悠輔ぇ!」
ディンの叫びが虚しく反響する、何もない、ほの暗い意識という空間の中で。
「悠!悠!」
転びそうになりながら悠輔の隣に来た浩輔が、悠輔を抱き抱え叫ぶ。
何度も、何度も何度も何度も何度も呼びかける、そうすればきっと悠輔は眼を開けてくれるんだと、これはきっと悠輔のいたずらなんだと、きっと、すぐに眼を開けて笑ってくれるんだと。
「……。」
だが、現実は非情だった。
「ははは!はーっはっはっはっはっは!やった!うちが化け物を殺したんだ!」
二人の前で発狂する伊勢野、狂気に満ちた顔で、大声で高笑いをしている。
「化け物を殺した!あーはっはっはっははは!」
誰もこの状況を理解できていない、そんな中、突然悠輔の体が光り出す。
「悠!」
それに気づいた浩輔が悠輔の名を呼ぶ、もしかしたら、ディンが悠輔を助けてくれたんじゃないかと期待して。
「……。」
光が悠輔の横に移動し、収まる、そこには涙を流しているディンの姿があった。
「悠輔……。」
その場に崩れ落ち、泣き続けるディン。
「ディン……そんな……!」
その言葉と仕草を見て、真実を悟る浩輔、もう、悠輔は帰ってこない。
「そんな……悠輔……!」
一歩遅れて状況を把握した源太が、その場に崩れ落ちる。
「そんな、そんな……。」
「ねえディン!なんとかならないの!?ディン神様なんでしょ!?」
「……。」
悠輔を抱えたままディンに向かい叫ぶが、首を横に振るディン。
「どんな神でも……、たとえ命を創り出せる神でも……。人を蘇らせる事は出来ないんだ……。」
「嘘だ!嘘だうそだうそだ!」
ディンの言葉が信じられない浩輔は、パニックに陥り叫び続ける。
「どうして!どうしてだよ!」
目の前の現実を受け入れたくない、悠輔は死んでいない、その想いが、浩輔の思考を止めてしまう。
「ごめん……、本当にごめん……。俺が……。」
その横でただ謝罪の言葉を口にするディン、ディンもまた、冷静な判断が出来なくなっていた。
「……。」
もはや言葉すら出てこない源太は、ただその場に崩れおちて泣き続ける。
「化け物!まだ残ってやがったか!殺してやる!ウチがコロシテやる!」
そんな三人の前で発狂する伊勢野、言葉とともに泣き崩れているディンにナイフを振り下ろす、その刃がディンを貫こうとした、その瞬間。
「……。」
ディンの中で何かが切れる音がした。
「誰を、殺すって……?」
「ひぃ!?」
禍々しいオーラがディンを包み、その殺意に伊勢野が驚き飛びのく、普通の人間にも見えるほどの禍々しいオーラを放つディン、そんなオーラを纏ったディンが、ゆっくりと伊勢野の方を向く。
「死ぬのはお前達だろう。」
そうつぶやき、何かを唱える。
「ぎゃあぁ!?」
すると伊勢野の体が宙に浮き、、学校の壁のコンクリートに思い切り叩きつけられる。
「ぎゃぁ!」
それとともに複数の悲鳴が聞こえる、そして、何かを叩きつける音が断続的に5回響く。
「お前ら全員、殺してやるよ……。」
ディンは今しがた、壁に縛り付けた六人に向かって静かに言う、伊勢野の心と記憶を読んだディンにはわかっていた、あの後ディンをよく思っていない五人と密談をし、今日殺そうと決めていたことを。
「悠輔を殺したんだ、殺されても仕方がねえよなぁ?」
静かに言い放つと、ディンはまた何か唱える。
「ぎゃああぁあぁぁ!」
六つの叫び声が廊下中に響き渡る。
男の声、女の声、六つの声帯から発せられる不協和音。
「頼むぅ!やめてくれぇ!」
「やめる?何をだ人殺しども。」
殺気をさらに噴出させながらディンは問う、叫びの理由、それは壁にあった。
ディンが唱えたのは空間魔法の一種で、指定したものを指定した場所に転移させるというものだ。
今回ディンが転移させたのは半径60㎝程の回転ノコギリ、まだ回転はしていないものの、これから自分たちが何をされるかは嫌でも理解してしまう。
「頼むぅ!殺さないでくれぇ!俺はやってないじゃないかぁ!」
「殺そうとした時点で同罪だ、最初のやつが失敗したら次のやつがやる算段だったんだろ?」
悠輔を刺したのとは別の生徒が悲鳴を上げるが、それに対し冷徹に返すディン、そんなディンを見ていた浩輔は、二つの感情の間に挟まれていた。
一つは復讐、悠輔を殺したやつらを許せないという気持ち、もう一つは止めようとする気持ち。
どんな相手であろうと、ディンに人を殺してほしくない、二つの感情がないまぜになる、答えは一つしか選べない。
時間はない、浩輔はうつむいて、悠輔の顔を見た。
苦しみと悲しみに満ちた表情、目は瞑っていたものの、口元でどういう表情だったかは理解できた。
許せない、しかし、やってはいけない。
浩輔は答えを出した。
「ディン、だめだ……。」
小さく、しかしはっきりと聞こえる声で浩輔はディンを止める。
「そんなことしても、悠は悲しむだけだよ……。」
全てが静まりかえる、悠輔を刺した伊勢野も、壁に縛り付けられている五人も。
源太も、クラスメイトも、誰もが浩輔の言葉で口を閉ざす。
言葉を発してはいけない、その心理が場を支配する。
「……。」
浩輔の言葉を聞きディンも黙る、そんなことはわかっている、悠輔は何があっても自分に人殺しなどさせたくないだろう。
だが、それでもしかし。
「嫌だと言ったら?」
自分でも驚くほど冷たい口調のディン。
「それをわかってる上で俺は許せないんだ。」
「でも……、僕は……。」
「殺してほしくない、か?」
声の冷たさに少ししり込みする浩輔と、冷徹に返すディン。
「そんなことを言ってたから悠輔は殺されたんだ。」
ディンは気づいていた、悠輔に殺意を抱いている人間がいる事に、そしてそれを、悠輔にも伝えていた。
しかし、悠輔は信じる道を選んだ、皆を信じいつかそいつらにも受け入れられる日が来ると。
そして、その夢は今儚く散っていった、今のディンにとって浩輔の発する言葉、願い、想いは全て綺麗事でしかない。
普段のディンであればそれを信じる事を選択しただろうが、悉く希望を打ち砕かれた今のディンにとって、最優先すべきは現実的に考えることだ、今目の前にいる女が悠輔を殺した、もしその刃が浩輔や弟たちに向けられたら、確率だがゼロではない選択肢、ならば摘み取らなければならない。
それが今のディンの思考、悠輔の守りたかった子供達の為なら殺人でもするという、ある意味必然的な思考回路。
「俺は悠輔を守れなかった、浩輔達まで失いたくない。」
暖かくはないが、先ほどより冷たくもない、そんな微妙な声色。
「だから……。」
「でもだめだ!僕はディンに人を殺してまで守ってほしくなんてない!」
ディンの声を遮り大声をあげる浩輔、実際に浩輔が今何を考えているのかは本人もわかっていない、今はただディンを止められればそれでよかった。
「……。それは俺を止めたくて言ってるのか?それとも本心か?」
「……、両方だよ、僕はディンがみんなを殺すっていうなら……。」
浩輔は悠輔を殺した凶器を握り、首元につける。
「僕もここで死ぬ。だってディンが人を殺してしまったら一緒に入れない、それなら僕は生きていけない。」
「……そんなことはないだろ?」
浩輔には育てるべき、支えるべき兄弟がいる、それがわかっているディンには、浩輔の言葉の意味が分からなかった。
心を読んでも、わからないのだ。
「お前にはあの子たちがいるだろう?」
「関係ないよ……。僕は悠がいてくれたから頑張ってこれた、それはディンがいたから頑張ってこれたのと同じなんだ、だからディンとまで離れ離れになったら僕は生きていけない。」
「……。」
悲しそうな声色の浩輔、ディンはその言葉で少し冷静になり、頭の中を整理してこれからどうするべきかを考える。
「……。わかった、こいつらは殺さない。」
「……本当に?」
言葉の真偽を問う浩輔、ディンの発する殺気は些かも変わってはいない、その言葉を信じろというほうがおかしいというものだ。
「ただし、こいつらにはそれ相応の苦痛を味わってもらう。」
「……。」
間髪入れずに話すディンと、口を閉ざす浩輔、ディンを止める為にはそれは呑まなければならない条件なのだろう、そう感じる。
「わかった……。」
「ははは!結局殺せねえよなぁ!臆病な化け物がよぉ!」
殺さないという言葉で安堵したのか風船がはじけたかのように悠輔を刺した伊勢野が叫ぶ、その言葉に周りはざわめく、こんな状況でそんな言葉を吐けるその女に対して、そして、それに対するディンの反応に対して。
「殺しはしないさ、ただ死んだ方がましだと思うけどな。」
引き攣った笑顔のディンを見て恐怖を感じたのか、六人が悲鳴を上げる。
「やめてくれぇ!俺は悪くねぇ!」
「だから言ってるだろ?殺そうとした時点で同罪だって。」
引き攣った笑みを浮かべながら諭すディン、それが、まわりの人間をさらに恐怖させる。
「ディン……。」
そんな中、絶望でその場から全く動けなくなっている源太。
「俺は……、どうすれば……。」
「源太、ごめんな。」
源太の声に気づいたディンが、声を掛ける。
「悠輔の事、守れなくて。」
「そんな……。俺が、俺があんなこと言わなきゃ……。」
「源太は悪くないよ、悠輔のことを想ってくれてたんだから。」
とても優しい声色のディン、そのにじみ出ている殺気とはかけ離れた、とても優しい声。
「だから、自分を責めるな。」
「ディン……。」
ディンの言葉が深く心に刺さる、罪悪感が拭えないのは当たり前だ、目の前で大切な人が殺されたのだから。
それは浩輔も同じだった、正直な所、なぜ自分が正気を保っていられているのかがわからない。
ただ、自分が狂ってしまったらディンと一緒にいられなくなる、その考えだけが、浩輔の正気を保たせていた。
「さて、と。」
ディンは呟くと、ぱちんと右指を鳴らした。
すると。
「ぎゃああぁぁぁぁああぁぁぁあああぁぁ!?!?!?」
という六つの声が重なった、皆が声の方を見ると、縛り付けられている六人が悲鳴を上げていた。
目に見える限りでは何もされていないが、何故か六人の中学生が悲鳴を上げている、眼を見開き、よだれを垂らしながら叫んでいる、中には失禁している者もいる。
「ほら、死ぬ方が楽だろ?」
そんな六人に向け平然と言い放つディン。
ディンが放った魔術、それは一瞬で千通りの死を疑似体験させるというもの、脳に直接イメージを送り込み、無理やり刷り込み疑似体験させる。
そんなことをされて正気でいられる人間など、存在しえないだろう。
「……。」
恐怖で言葉をなくす大衆、誰もが阿鼻叫喚している六人を見つめている。
「さてと。」
そんな中、ディンはとあるところに目を向ける。
「もう一人、どうするか。」
と言いながら、見つめている方向を指さした、大衆がその方向を見やると、そこには怯えた顔の生徒が一人。
同級生なのだがとても小柄で、身長は百四十センチ程だろうか、ぱっちりとした目と坊主頭が特徴的なその生徒は、右手を後ろに隠していた。
「……。」
生徒の前まで歩き、その生徒に向かって指をさす。
「うわぁ!?」
その生徒は驚きの声をあげる、いきなり体が宙に浮いたのだから、驚くのは当然か。
「……。隠してるナイフ、渡してくれないか?」
「あ……あぅ……。」
恐怖で口が動かないが、体はディンの魔力によって勝手に動かされる、隠していた右手を、そこに握っていたナイフを、差し出すようにディンに見せる。
「……。」
無言でナイフの刃をつかむと、生徒から奪うように取り上げる、強く握っているのか血が垂れるが、しかしディンは何事もないようにナイフを投げ捨てた。
そして生徒を地に下ろし、膝立ちになって目線を合わせる。
「ごめんな……。」
「え……!?」
そして、抱きしめた。
「俺のせいで無理やりこんなことさせられて、雄也は悪くないのに。」
ディンは生徒、山内雄也の心を読んでいた、なぜナイフを持っていたのか、そしてなぜそれお持ちながら殺気を感じなかったのか。
「悠輔とも仲良くしてくれてたのに……。」
雄也は虐めに遭っていた、ただ小さいという理由だけで。
そして今、彼は脅されていたのだ、悠輔を殺す事に協力しない場合、凌辱の産物をネットに流す、と。
「ずっと辛かったろう?悠輔がずっと心配してたよ。」
いじめの内容はひどく、悠輔たちもそれを知っていた、しかし、本人が助けを求めてこないことには何も出来なかった。
「そんな……!」
脅されていたとはいえ、殺そうとしていたのに、それすら受け止めるディン。
悠輔がずっと心配していたという事、そんな悠輔を殺そうとしていた自分、嬉しさと罪悪感とがごっちゃになり、涙を流す雄也。
「俺……、悠輔の事殺そうとしたのに……!」
「……。」
それには返答せず、ただ抱きしめるディン。
「ぎゃあああぁぁぁああぁあぁぁあぁあぁあぁ!?」
六つの悲鳴が響いていることなど関係ないかのように、ディンと雄也を見た同級生たちはただ心を痛め、涙を流した。
ディンの優しさに、悠輔の優しさに、そして、その優しい二人を嫌悪してしまっていたことに、悠輔を失ってしまったことに。
ただただ、場を悲しみが支配する、ディンは、浩輔は、源太は、雄也は、皆が泣いていた。
悠輔という存在の大きさに、それを失ってしまったということの大きさに。
誰もが悠輔と深く関わっていたわけではない、しかし、悠輔を取り巻く環境は噂程度には知っていた。
肉親を失った子供たちを育て、学校では皆の良き相談役となり、万人に愛される性格とはいいがたいが、それでも、どこまでも優しかったその少年の死は、悲しみに包まれるには十分すぎた。
もう誰も恐怖などしていない、誰も憎しみなど抱いていない、誰しもが、ただただ悠輔の死を悼んだ。




